刑事司法改革についての意見(2000年11月)

日本国民救援会司法改革問題委員会

 司法制度改革審議会(改革審)で、今月20日には、中間答申がだされようとしています。
 これに先立って、7月から8月にかけて、改革審で、刑事司法の改革についての論議がすすめられ、9月末には、「「国民の期待に応える刑事司法の在り方」に関する審議結果の取りまとめ」(取りまとめ)が、発表されました。この「取りまとめ」の内容には、多くの問題をかかえる現行刑事司法を、さらに改悪するような重大な問題が含まれています。
 日本国民救援会は、今年の春に、「国民に開かれた司法制度へ―日本国民救援会からの提言(案)」(救援会の提言)を発表していますが、この「救援会の提言」の基本的視点から、「取りまとめ」に対する批判とおもな改善事項について、以下のとおり意見を述べます。

一 改革審における刑事司法の改革についての論議の問題点

 改革審の論議の基調は、「取りまとめ」に示されていますが、それは以下のような重大な問題点を持っています。

 「救援会の提言」が示すように、戦後制定された憲法とこれにもとづく刑事訴訟法は、戦前の司法が、戦争遂行と弾圧に協力・加担した苦渋の教訓と反省の上にたってつくられたものです。それゆえ、本来の刑事司法の役割は、憲法にもとづく刑事手続きにおける人権保障と刑事訴訟法にも示された適正手続きによる真相究明にあるのです。
 これにたいして、「取りまとめ」の「1.刑事司法に対する国民の期待ーその使命・役割」に、「適正かつ迅速に刑罰権の実現をはかることにより、社会の秩序を維持し、国民の安全な生活を確保すること」とあるように、国民が期待する刑事司法の中心に、社会秩序維持をおいていることは、重大な問題です。
 これは、いまの刑事司法の実態に目を向け、その問題を改善しようとする姿勢を欠くものです。いまの刑事裁判では、「無実の者」に有罪が宣告され、一旦確定してしまうと、えん罪を晴らすことは極めて困難です。こうしたえん罪事件で、免田、財田川などの死刑再審事件だけで4つの確定判決がくつがえされ、「無実の者」が死刑台から生還していますが、現在も続発している誤った裁判とえん罪をなくすことに目を向けるべきです。
 また、日本の捜査と裁判について、被疑者・被告人の権利保護がなされていないことが、国際的にも強く批判され、おおきな問題となっています。市民的・政治的権利に関する国際規約(B規約)に基づく「自由権規約人権委員会の第64会期最終見解」では、多くが日本政府への懸念や勧告などの批判にあてられ、「当局がその権力を濫用せず、実務において個人の権利を尊重することを確実にするためには効果的な制度的メカニズムが必要である」とし、遅れた人権状況を指摘し、「裁判官、検察官、行政官に、B規約に基づく人権研修……を強く勧告」しています。
 こうした人権保護がなされていない捜査と裁判の実態が、誤った裁判とえん罪を生む原因となっているのです。改革審の論議は、自白偏重の捜査と裁判、国際的な批判の的となっている「代用監獄」廃止などへの言及がほとんど無いことなど、「改革」の姿勢そのものに、深い疑問を持たざるをえません。
 憲法と国際人権規約にもとづく「権利保護を基調とする司法」こそ、求められるべき刑事司法です。裁判所が、捜査段階での人権侵害や違法行為を厳しくチェックしてこそ、国民の司法にたいする信頼と権威が高まることになるのです。
 治安維持の視点から、支配者・権力の側に抵抗する「犯罪者」を、迅速に加罰し社会秩序の維持をはかろうとする司法は、国民が期待する司法では決してありません。

 「2.刑事裁判の充実・迅速化」の問題についても、「国民が注目する重大な刑事事件が長期化し、国民の刑事司法全体にたいする信頼を傷つける一因ともなっている」と指摘していますが、これも現実を見ないものです。「充実・迅速化のための法律による審理期間の制限」などは、絶対に許すことはできません。
 殺人事件など重大な刑事事件で被告が否認している裁判は、慎重な審理が要求され証拠の鑑定や証人調べなど一定の時間を必要とするのは当然です。審理期間を法律で制限することは、捜査権がなく圧倒的に小さな力量しかもたない被告側の防御権をいっそう制約するものとなります。
 多くの裁判に取り組んできた救援会の実体験からいえば、本来裁判は、事実と証拠にもとづき行われなければならないのに、重要な証拠開示は行われないままに、状況証拠と自白にたよるなどの無理な犯罪立証、これにたいする反論のむずかしさなど、長期化せざるを得ない状況を生んでいます。
 また、裁判が長期化する問題のひとつは、検察側に上訴権を認めている国際的にも例外的な制度にあります。死刑判決を受け、再審を請求している名張毒ぶどう酒事件は、一審無罪(事件発生後39年7か月、確定していれば3年8か月で終結)、再審請求準備中の福井女子中学生事件も一審無罪(事件発生後14年8か月、確定していれば4年6か月で終結)、石川・星野事件も再逆転の有罪確定まで10年4か月でしたが二審は無罪(確定していれば2年4か月で終結)などです。
 被告にとっても、充実した迅速な裁判は、希望するところですが、強権的な訴訟指揮による、迅速処理を口実に形式的な裁判手続きで、秩序維持のための加罰が強行される事態を生む裁判は、治安維持と権力の支配強化につながるものでしかありません。
 審理期間の一律の制限は、真実の究明がおろそかになり、当事者や市民にわかりにくい、納得のできない裁判を招くことになり、賛成できません。

 被疑者弁護制度の実現や国選弁護人制度の充実(公的弁護制度の確立)について、この実現を救援会も強く要求しています。しかし、公的補助を理由にして、弁護活動の基準(弁護活動のガイドライン)を設けて国や裁判所が弁護活動をコントロールするような制度化は、いわば弁護活動の公営化であり空洞化につながるものとして、ぜったいに許すことができません。
 刑事弁護の基本は被疑者、被告人の基本的人権の擁護にあります。それには、弁護士会などの自主的運営が不可欠です。弁護活動が制限されることにより、現在でも実際には保障されていない当事者主義(起訴した検察側と被告側が対等に立証と主張を展開する)が、形式的にも保障されなくなり、被告側の防御権をいっそう制約するものです。

 「新たな時代に対応する」として、刑事免責制度などの「司法取り引き」を認める制度の導入を検討していますが、現在の警察の実態をそのままにした導入は、警察の腐敗を深め権力犯罪を拡大するものにしかなりません。
 こうした警察の捜査権の強化は、自白の強要や組織犯罪のいわゆる「身代わり」などを増やし、えん罪事件を増大させる危険があります。そして、有力政治家の圧力で犯罪を見逃す、暴力団と癒着する、捜査情報・個人情報の漏洩・悪用と現在でも司法警察による違法な「取り引き」が横行しているなかでは、有効な手続きとはなりえず、むしろ大きな犯罪を見逃すことになりかねません。
 「新たな時代に対応する」ためには、現在の腐敗した警察制度そのものを抜本的に改革することこそ、第一義的課題といえます。

二 刑事司法改革にわたしたちが求めるもの

 捜査段階で行われている警察の人権侵害と自白偏重の取り調べをやめること
 警察官に対して、人権規約に基づく人権研修を行うこと
 「自白」を強要しえん罪の温床となっている警察の留置場(代用監獄)を廃止すること。
 被疑者段階でも国選弁護人をつける、あわせて国選弁護人制度を充実させること、そのための必要な予算措置を講じること
 被疑者と弁護人との接見交通権を保障すること
 被疑者段階での23日にもおよぶ勾留が可能な制度の改善と起訴後の身柄拘束理由の厳格な審査をおこなうこと。
 軽微な事件でも被告が否認していると、「罪証隠滅の恐れ」を理由とした勾留請求がされ裁判所は検察いいなりの決定を出します。起訴後も同じ理由で公判中の長期身柄拘束が続けられるなど、現実には加罰に等しい処分がおこなわれています。そして、身柄拘束の間に検察側の立証・重要証人にたいする尋問が一方的にすすめられ、十分な反証もできないまま公判が推移するなど、審理の促進が早期の仮釈放の担保とされている事態が現在でも横行しています。
 刑事司法による身柄の拘禁制度について、拘置所や刑務所の在獄者の処遇を、すくなくとも、現在の国際的水準に合致したものに改革すること。
 裁判所の令状がほとんど捜査機関の請求のままに発布されている現状を改善して、とりわけ、勾留などについて、被疑者・被告人の意見を十分に聞くなど、慎重に審理すること。
 自白にたよる裁判でなく、事実と証拠にもとづく裁判を
 真実究明のためには、検察側と、被告・弁護側が対等平等の立場で主張と立証を尽くすことが求められます。捜査権限のない被告・弁護側に、捜査段階での警察調書、検証調書、その他の証拠類、基本的には検察側の手持ち証拠をすべて閲覧・開示させ、被告側の反論権を保障し、真の意味での当事者主義を徹底することです。
(検察は、起訴にあたって捜査段階で裁判所に提出した調書などもふくめ、都合の悪い証拠を隠して公判にのぞむ例が多く、検察側の隠していた証拠が裁判のなかであきらかにされ、無罪立証の鍵となった事例は後をたたない)
 事実と証拠にもとづく審理に不可欠な裁判記録を正確にとるために、速記官の養成を直ちに再開すること。
(そもそも、速記官制度は、戦後の新憲法のもとで、公正な裁判の制度的な保障として、記録の客観性・正確性を要請され導入されてきた。速記官の作成する調書には、裁判官も訂正を命令することはできない。この調書が、裁判官の予断や心証からも独立した正確な記録としてつくられ、それが公開されていることが、公正な裁判の保障となっている)
 無罪判決が出た場合は、検察官の上訴を禁止し、速やかな救済措置をとること。憲法39条は、検察官の上訴権を排除していると解すべき。
 再審請求においては、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則に従い、確定判決に疑いが生じた場合を再審開始の要件とすること。あわせて、開始決定に対する検察官の異議申し立てを禁止して、速やかに無辜の者の救済をはかること。
10 警察制度の民主的改革について(別項)

三 国民の司法参加、陪審制について

 自民党司法制度調査会が5月に出した「見解」は、陪審制度の導入を事実上否定するものとなっています。また、最高裁も、法務省も陪審制の導入に否定的です。
 過去の刑事裁判で、あやまった「事実の認定」によって、多くの無実のひとびとがえん罪に苦しんできました。前述のように、死刑再審事件だけで4つの確定判決がくつがえされています。こうした誤った裁判がおきる理由は、「代用監獄」や自白偏重の取り調べと裁判にありますが、最も重要な問題は、裁判において「事実の認定」が正しくなされたかということです。職業裁判官は法律については専門家ですが、事実を認定する点については専門家ではありません。一般市民によってこそ、社会的常識にかなった正しい判断ができるのではないでしょうか。
 陪審制では、事実と証拠の提示とこれにもとづく討論があり、多様な経験を積み重ねてきた市民により多面的集団的に検討がなされ評決がおこなわれます。こうした形で市民が司法に参加することは、憲法に明記された主権者国民の権利であり、民主主義のいっそうの実現をはかるものです。
 戦前15年間実施されていた陪審制度を復活させ、現行憲法と現在の裁判実態に合わせて適切に改正し、刑事だけでなく民事、行政事件にもこれを導入することを求めます。
 司法審のなかに「陪審員の評決を意見表明」だけにしようとする動きもありますが、「評決」に拘束力をもたせてこそ、陪審制の本来の意味があります。最高裁が言う「評決権を持たない参審制」も、形だけの「国民の司法参加」にとどめるものです。
 また、検察審査会制度は、国民の司法参加のひとつとみることができ、積極的に活動できるよう検察審査会の権限強化や事務局体制の改善などをはかるべきです。

四 司法改革の前提ー警察制度の民主的改革要求

 7月に警察刷新会議が発表した緊急提言は、「刷新」とは名ばかりの、現状追認でしかなく、見せかけの「改革」でお茶をにごし、国民のきびしい批判をかわそうとするものです。
 神奈川県警、新潟県警など多くの警察犯罪に警備公安出身の幹部が係わっていますが、現在の警察腐敗の根源は、警備公安重視の体制にあります。膨大な予算と人員をここにつぎこんで、国民の生命・財産を守るべき刑事警察が軽視されていることにあります。警備公安警察は、緒方宅電話盗聴事件について一片の反省もありません。警備公安偏重の体質を抜本的に改めることこそ第一にもとめられることです。
 警察庁は、国民の改革要求を逆手にとって、警察官の増員をはかろうとしていますが、これは絶対に認められません。警備公安部門の縮小・廃止によって、その人員は十分に確保できるからです。
 わたしたちは、強大な捜査権をもつ警察内部の犯罪と腐敗が広がっているなかで、適正な刑事手続きや国民の安全な生活を保障するために、以下の六点にわたる警察制度の民主的改革を要求するものです。

(1) 国民監視と民主勢力にたいする情報収集をこととする警備公安警察の廃止を求める
(2) 国民の前に開かれた警察とするために、警察をも情報公開制度の対象にして、財政を含めて公開を徹底すること
(3) 自治体警察を確立し、地方公安委員会の権限を強化し、公安委員の公選制と警察本部から独立した権限ある事務局を設置するなど、公安委員会制度の改善をはかること
(4) 警察活動のあり方、警察業務や警察官による犯罪行為を監視するために、現行の警察内部の監察官制度を改め、警察組織から独立した第三者機関、警察オンブズマン制度を確立すること
(5) 国会及び都道府県議会内に、警察官の不法行為を調査弾劾する機関を設置すること
(6) キャリアシステムを廃止して警察組織の民主的運営をはかり、警察官の労働組合を認めること。
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