行刑改革会議提言の法案化作業に対する救援会の意見

 日本国民救援会は第10回中央常任委員会(2004年6月5日)で行刑改革会議提言の法案化作業に対する救援会の意見を採択しました。

1 はじめに―行刑改革会議提言と、 提言にもと づく立法作業の開始
 2003年4月、法相の諮問機関として発足した「行刑改革会議」(宮沢弘座長以下委員14人ほか相談役1人。以下、会議)は、同年12月22日「行刑改革会議提言―国民に理解され、支えられる刑務所―」(以下、提言)を発表しました。法務省は、これを受けて、会議の委員全員を顧問とし、法務省事務次官を委員長とする「行刑改革推進委員会」(以下、推進委員会)を発足させ、最も早ければ来年の通常国会提出をめざして、法案化作業を開始しています。
 行刑問題(刑務所問題)は、永年、その時代遅れの野蛮な運用に対して、国の内外から、抜本的改革が求められてきました。しかし、1982年に拘禁二法案(刑事施設法案、留置施設法案)が国会に提出されて以降、冤罪の温床である代用監獄の恒久化と、既決・未決を問わず、被拘禁者の人権じゅうりんを内容とした法案に対する反対運動が主要な課題となり(その都度廃案を勝ち取っています。)、刑務所改革問題は、国民的な議論の条件がないままに今日に至っています。

 *「行刑」とは、自由刑(身体の自由の剥奪を内容とする刑罰。現行刑法では懲役、禁錮及び拘留がこれに当たります。)を執行することです。一方、現在の刑務所は、監獄法(明治41年10月1日施行)によって規定されています。刑務所とは行政用語であり、法律上は、刑務所の呼称は監獄です。監獄法によれば、監獄の種類は、拘禁される人の法的地位によって、懲役監・禁錮監・拘留監という、3種の、有罪判決確定者に対する執行を行う監獄のほか、刑事被告人などの未決者や死刑確定者を拘禁する拘置監があり、全部で4種類あります。したがって、行刑問題と刑務所問題では、その対象範囲が異なりますが、今回の提言は、行刑改革のみを対象としたものです。

 今回の提言は、2002年に発生・発覚した、名古屋刑務所での受刑者に対する暴行・殺人事件を発端として会議が発足したために、受刑者の処遇問題を中心とする行刑問題のみに焦点を当てたもので、刑務所(監獄法)全般に対する改革案の提示ではありません。ただ、提言の内容は、これまで法務省が準備してきた刑務所改革案と比べて、まったく視点を異にした抜本的で画期的な内容を含んでおり、ここに初めて、行刑改革、ひいては刑務所改革全般についての国民的な議論を推進する可能性が開かれたということができます。

2 刑務所改革問題に対する救援運動の視点
 ところで、日本国民救援会において日々進めている救援運動が、行刑改革に関して、第一義的に持っている関心とは、冤罪にもかかわらず誤判の実刑判決を受けて確定し、刑務所に入れられた人びとの、雪冤(せつえん。冤=うらみを、雪=そそぐ。)の行動に対する刑務所の妨害・攻撃を止めさせ、非人間的・非近代的処遇の改善を求めるものです。この人びとは、ほんらい刑の執行を受ける筋合いなどなく、受刑者の地位に甘んじなければならないという事態に耐えながら、再審およびその準備に努めています。
 刑事訴訟法に再審の章が設けられていることでも明らかなとおり、現在の刑事法も、冤罪・誤判が生じ得るという前提に立っています。ところが、提言では、この観点がまったく抜け落ちており、重大な弱点といわねばなりません。
 但し、救援運動が前記のような視点と関心から、受刑者の処遇改善を要求する場合に、この人びとだけを他の「一般」受刑者とは異なる特別扱いの処遇をするように求めているものではなく、現にそのような要求を行った事実もありません。救援運動が行う行刑に対する改革要求とは、事実、犯罪を犯して服役する受刑者と、冤罪犠牲者としての受刑者が、外形上はいずれも裁判所の有罪判決に基づくものであるという深刻な矛盾を、処遇のうえでどのように止揚(し よう)するかという問題の探求でした。それは、受刑者の処遇が矯正か規律維持かという皮相な対立観念にとどまることなく、刑務所問題の本質をより深く明らかにしなければ成し得ません。救援運動は、このような観点から、日本国憲法や国際人権規約に寄り添いながら、受刑者に対する人権保障と人間としての誇りを尊重することにより、更生と社会復帰を処遇の基本目標とすることこそが、冤罪犠牲者の理不尽な苦渋を軽減する前提であり保障となる、という立場に立って運動を進めてきました。
 提言は、その内容の基本とするところにおいて、こうした救援運動の要求と重なっています。

3 提言の内容の概要と救援会の評価
 提言は、受刑者処遇の基本として、「受刑者が人間としての誇りと自信を取り戻し、真の意味での改善更生と社会復帰を遂げるための処遇を施すこと」とともに、多数の訓令・通達によって監獄法を補う手法での行刑運用を止めて、受刑者の権利義務と職員の権限行使の限界を明確に法定することを求めています。そして、これを具体化する提案として、個々の受刑者の特性を無視した一律累進処遇制の廃止、1日8時間の刑務作業を確保することを前提として組み立てられた刑務作業の見直し、軍隊式行進や居室内における正座の強制、一瞬の脇見までも規律違反として懲罰するような所内規則の見直し、懲罰制度の法整備、電話の導入や面会の人的・時間的・回数的充実、など外部交通の一定の拡大、社会復帰に向けての受刑者の「生活水準」の向上や夜間独居とする住環境の改善などを提起しています。
 これらは、全体として画期的であり、歓迎できるものです。しかし、一面では、面会における立会存続や遮蔽板越しの面会方法を原則的に残し、友人・知人との面会も制限を原則とするほか、信書の発受拡大については極めてあいまいであるなど、不充分なままにされた点も残されています。
 提言は、また、施設運営の透明化のために、一般市民からなる視察委員会の創設と、この視察委員会による国民への情報公開、地域住民との連携強化なども取り入れました。これらの提言も積極的に評価できるものであり、実現のためにさらに具体化を図らなければなりませんが、一方では、視察委員会をはじめ、査察権限をもつ外部機関の創設は見送られており、不充分です。受刑者の不服申立に対する救済措置の点についても同様な指摘がされなければなりません。
 提言は、刑務所医療の問題についても、国民の医療水準と等しいものであるべきことを確認し、地域医療機関との連携の強化などを求めています。医療の充実は、受刑者の処遇問題においても深刻な実態が広く指摘されてきたとおりですが、ここでは、原則的には首肯できる提言の内容を具体化し、実効性を持たせるうえで危惧が残るという曖昧さを払拭できていません。
 提言は、さらに、職員の人権意識の改革のための研修の充実、職員の大幅な増員などの人的・物的体制の整備を提起しました。
 提言は、このような行刑改革の推進のために、監獄法の全面改正を求めています。

4 推進委員会による法案化作業に対する救援会の要求
 このように、提言は、直ちに実施に移すべき民主的・画期的改革を具体的に挙げており、推進委員会による法案化作業にあたっては、これらの提案を後退させることなく、早急に具体化することを求めるものです。
 同時に、提言には、反面で、なおそこまでに至らないであいまい、不充分なままの提案も含まれています。これらの不充分と評価せざるを得ない点が生じているのは、基本的には法務省矯正局の抵抗によるものですが、先に指摘したように、受刑者の内には冤罪犠牲者が含まれているという観点の欠落と無関係とは言えません。この点についての抜本的な意識改革を求めるものです。
 救援会は、今後の運用改善策や監獄法の全面改正に向けて、積極的に検討・提言していきますが、推進委員会による法案化作業に際しては、特に次の点を指摘しておく必要があります。
 提言は、冒頭に指摘したとおり、死刑確定者と未決拘禁者についての処遇問題を対象としませんでした。ところで、死刑確定者の拘禁は、身柄確保が唯一の目的であり、その他の処遇は未決拘禁者に準じたものとするのが原則ですが、一方では、実際上、未決拘禁者とは性格を異にする点があり、受刑者と同様の「処遇」対象者ともいえます。したがって、提言の内容は、死刑確定者に対する処遇にも適用されるべきことは明らかです。また、未決拘禁者を対象とした代用監獄(警察留置場)は、これまでも内外からつとに指弾されてきたとおりで、速やかに廃止されねばなりません。
 したがって、提言が求める監獄法の改正に際しては、これらの拘置監や代用監獄問題までに射程を広げて、推進委員会において自動的に改正作業を進めることには、絶対に反対します。これまでの拘禁二法の延長線上での「改正」となることが必定だからです。
 そして、これらの2点については、早急に本件会議と同様以上の審議機関を設置して、その提言を待ってから法案化作業を行うこととする態度を厳格に貫くことを強く要求するものです。

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