【会長声明】

犯罪被害者等の刑事裁判参加制度導入に反対する

 法務大臣の諮問機関である法制審議会・刑事法部会は、2月7日、一定の重大事件(「故意の犯罪行為により人を死傷させた罪、強制わいせつ及び強姦の罪、逮捕及び監禁の罪並びに略取、誘拐及び人身売買の罪等に係る被告事件」)について、犯罪被害者や親族が「被害者参加人」として刑事裁判手続に加わり、証人や被告人に対する尋問・質問をはじめ、意見陳述や独自の論告・求刑が可能となる等の制度の導入を答申した(「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための法整備に関する要綱 骨子」)。現行刑事訴訟法を根底から改変するものであり、今次第166国会への法案提出・成立と、2009年の裁判員制度開始と前後した時期の施行をめざすと伝えられている。
永年にわたって冤罪事件の支援運動を継続・展開してきた日本国民救援会は、事件の真実を明らかにし、「たとえ真犯人を逃しても無辜を罰しない」という刑事裁判の根本原則を擁護する立場から、この制度の導入に強く反対する。

1 もとより、犯罪被害者(およびその親族等)の多くは、何の落ち度もなく、ときには理由すら不明な情況のままに理不尽・不条理な犯罪に遭遇して、人間の人格の尊厳をはじめ、生命を奪われ、あるいは傷つけられる事態に陥れられたものである。その無念とやり場のない怒りは、その後の人生にも重くのしかかることは必定で、深い惻隠の情を禁じえない。こうした犯罪被害者の心に寄り添い、その救済・支援と、事件に対する真実解明要求や責任追及権行使のための保障・援助措置の充実は、今日、その施策がきわめて不十分な実情にあることから、万人の望むところでもある。

2 しかし、その解決・改善策を、答申のような「被害者参加人」として刑事裁判手続に加わる方向ですすめるのは、根本的に誤っている。
 刑事裁判の手続とは、無罪の推定を受けている被告人に対し、処罰を求めて検察官が提起した公訴とその立証にもとづいて、裁判官が犯罪事実の存否について判断し、「合理的な疑いを超える確信」を抱くことができれば、有罪として適切な量刑を科すものである。弁護人は、検察証拠を弾劾し、被告人の防御権を行使する。そして、国民は、裁判を監視・批判して、裁判官に良心の発露を求め、裁判官がこれにも応えることによって、裁判の公正と正義が保たれるのである。
 「被害者参加人」制度の導入は、犯罪被害者等において、被告人が犯人・加害者であるという前提に立って刑事裁判に参入するものであり、それ自体ですでに無罪推定原則を動揺させている。このような刑事裁判は、事件の真実解明から逸脱し、厳罰要求とあいまった報復・復讐の場になる危険性がきわめて高くなる。公訴権が国家において独占されている刑事訴訟制度の原則は、被害者個人が感情のまま報復することを禁じた制度であることを十分に考慮すべきである。現に、これまでの冤罪事件において、マスメディアの報道によって、逮捕された時点で犯人と断定されて、否認すればそれを非難する記事が流されるなどした後、公判においては、いっそうそれが増幅されてきた事例は枚挙にいとまがない。こうした風潮が、社会一般にとどまらず、裁判体にも影響を与えたことは想像に難くなく、多くの誤判事案からは、そのような事実が存在しないとはいえない。それが、答申においては、このような流れを法廷内に持ちこむというのであり、刑事裁判の変質に道をひらくものである。

3 重ねて強調する。刑事裁判は、報復・復讐の場ではない。事件の実体的真実を解明することを第一義とした理性と正義を実現する制度である。この原理が軽んじられている今日、その抜本的充実こそが急務である。それは、犯罪被害者の救済・支援と矛盾しない。また、公訴事実を争わない被告事件とも齟齬するものではない。「被害者参加人」制度の導入は、犯罪被害者等にとっても、新たな混乱と困難を負わせ、近代刑事裁判の原則をくつがえすものである。


  

2007年3月13日

 

日本国民救援会
山田 善二郎