日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

2019年2月15日号

2019年2月15日号  

再審開始の確定めざし 滋賀の2つの冤罪事件がびわ湖一周キャラバン  

湖東記念病院人工呼吸器事件日野町事件事件当事者先頭に訴え

 国民救援会滋賀県本部とえん罪日野町事件再審無罪を求める会、湖東記念病院人工呼吸器事件西山美香さんを支える会は、1月22日から25日の4日間、事件支援と再審法改正を求めるびわ湖一周キャラバンをおこないました。この行動には、会員や支援者など56人が参加し、19カ所で宣伝を繰り広げました。
 (滋賀県本部事務局長 川東繁治)

 滋賀の二つのえん罪事件は相次いで再審開始が認められましたが、二事件とも検察の抗告によって再審が確定していません。湖東記念病院事件は最高裁に係属してから一年一カ月が経過。日野町事件は大阪高裁に係属してから6カ月が経過しています。
 そこで、地元滋賀県から再審確定をめざすことと併せて再審法改正の訴えをおこない、世論を喚起することを目的としてびわ湖一周キャラバンを実施しました。この宣伝には日野町事件故阪原弘さんの長男・弘次さんや湖東記念病院事件の西山美香さん、それに弁護団の井戸謙一弁護士も参加してマイクを握りました。

勝利が再審法の改正に影響する

 初日の1月22日、JR大津駅前での出発式にはテレビや新聞社が取材。滋賀県本部の中野善之助会長は「二つの事件が勝利すれば再審法改正に大きな影響を与えると確信します」とあいさつ。その日の夜にはびわこ放送テレビがニュースで流してくれました。日野町事件の阪原弘次さんは4カ所で「父の名誉を回復し無念を晴らしたい」と訴えました。また二日目にはJR守山駅前ビルの電光掲示板で京都新聞ニュースとして「日野町事件と湖東病院事件でキャラバン。再審確定訴え、滋賀県内を巡る」とのテロップが流れました。
 最終日の25日はJR彦根駅前で湖東記念病院事件の西山美香さんが「一筆、一筆の署名はわたしの宝物」「わたしは患者さんを殺していません。早く無罪判決が欲しいです」と訴えました。また井戸弁護士は「美香さんは殺人犯の汚名をぬぐわないと次の人生は歩めない」「最高裁はなかなか動きません。多くの人にこのことを分かっていただいて、一刻も早く最高裁が再審開始を決めるよう世論を盛り上げて行きたい」と訴えました。街頭宣伝に参加してくれた30歳代の女性が国民救援会への入会を約束してくれました。

日野町事件 1984年、日野町で起きた酒店の強盗・店主殺人事件で、なじみ客だった阪原弘さんが犯人とされ、無期懲役が確定。第1次再審請求中に阪原さんが亡くなり、2012年に遺族が再審請求、18年7月に再審開始決定。検察の抗告により、現在大阪高裁。
湖東記念病院人工呼吸器事件 2003年、湖東記念病院で看護助手の西山美香さんが、人工呼吸器を外して患者を殺害したとして起訴され、懲役12年が確定。第2次再審請求で大津地裁は請求棄却、17年12月、大阪高裁が再審開始決定。検察の特別抗告により、現在最高裁。

愛知・豊川幼児殺人事件 再審請求を棄却 事実調べ一切しない不当決定 名古屋高裁  

 田邊雅樹さんが無実を訴え裁判のやり直し(再審)を求めている愛知・豊川幼児殺人事件で、名古屋高裁刑事第1部(山口裕之裁判長)は1月25日、再審請求を棄却する不当決定をおこないました。田邊さんと弁護団は、決定を不服として名古屋高裁刑事第2部に異議を申し立てました。
 事件は、2002年、豊川市内のゲームセンターの駐車場にとめてあった車から当時1歳10カ月の男児が何者かに連れ去られ、その後、海に遺体が発見されました。警察は、当時、駐車場に車をとめていた田邊さんを犯人とし、監禁するなど不当な取り調べで「自白」させました。裁判で、田邊さんは無実を訴え、一審の名古屋地裁は、物的証拠もなく、「自白」は信用できないとして無罪判決を言い渡しましたが、二審の名古屋高裁は「自白」を信用できるとして逆転有罪、最高裁で上告棄却となり、懲役17年の刑が確定しました。その後、16年に、名古屋高裁に再審を申し立てました。
 弁護団は、再審請求にあたり、有罪判決の問題点を指摘する新しい証拠を提出しました。1つは、田邊さんが「自白」で男児を海に投げたとされる地点では、遺体の発見場所が矛盾するという専門家の意見書です。また、男児を誘拐し同乗させたとされた田邊さんの車の微物検査で、男児に結び付く証拠はいっさい検出されなかった点について、裁判所は乗車時間が短時間で付着しないこともあり得ると判断しましたが、弁護団による実験から、短時間でも乗車していれば必ず男児の衣類の繊維片などが検出されるとした鑑定です。さらに、田邊さんは「自白」で、男児を連れ去った後、赤信号で一時停止した際に男児のシートベルトをしたとしていますが、調査の結果、当時その信号は赤信号ではなく 赤の点滅信号であったとする証拠など、いくつもの新証拠を提出しました。
 しかし、名張事件でも不当決定を出している山口裁判長は、申し立てから2年半、一度も弁護団とも会わず、弁護団の求める協議や検察の隠し持っている証拠の開示、新証拠の取調べなどをいっさいおこなわないまま、一方的に棄却決定を出しました。その決定も、本文わずか9頁で、冒頭に有罪判決を紹介し、「請求人の犯人性は揺るがない」とし、新証拠についても条件が違うのであるから再現実験を重ねても無意味などと、なんらの事実調べもしないまま再審を棄却しています。「無実の人の救済」制度である再審に対する裁判所の責任を放棄した不当な態度です。

〈抗議先〉〒460―8503 名古屋市中区三の丸1―4―1 名古屋高裁・山口裕之裁判長
〈激励先〉〒918―8101 福井市一本木町52 田邊雅樹様

静岡・袴田事件 袴田さんの再審開始を 3月23日東京で全国集会 最高裁  

 袴田巖さんの再審無罪を求める実行委員会は1月24日、最高裁に係属して3度目となる独自要請行動をおこないました(写真)。
 9人の要請団は書記官に対し、最高裁白鳥決定に反した東京高裁の再審取消し決定を破棄し、あらためて再審開始を決定することなどを求め、署名3527人分を提出しました。
 要請した国民救援会東京都本部の藤田力事務局次長は、「やっていないことが事実とされ、命さえ奪われることに恐怖を感じる。国民に開かれた司法を目指して、司法制度改革がすすめられてきたはずだ。最高裁だけが過ちを正す機会がある。事実に真摯に向き合い、国民に開かれた最高裁であってほしい」と訴えました。

東京・三鷹事件 再審可否判断直前に集会  

 今年度中に東京高裁(後藤眞理子裁判長)で再審可否の決定が出されることが予想される三鷹事件で1月18日、都内で集会「三鷹事件から70年 無実・竹内景助の冤罪を晴らそう!」が開かれ、115人が参加しました(主催は、三鷹事件再審を支援する会/三鷹事件の真相を究明し語り継ぐ会)。
 事件は1949年の電車暴走事故で、自白強要された竹内さんの単独犯行として死刑判決が確定したものです。竹内さんが獄死し、遺族が2011年に第二次再審請求をおこなっています。
 集会では弁護団が、この間の主張の論点を解説。竹内さんの自白と事故車両の状況が異なるとする鑑定や、現場近くを歩く竹内さんの「目撃」証言を再現実験で弾劾したと報告。また、検察の開示証拠と妻・政さんの初期供述により、事故時に竹内さんが自宅にいたことが判明。申し立て当初のアリバイ主張を変更したと報告し、「政さんの言葉で竹内さんが救われる。再審開始決定を確信しています」と述べました。

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