日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

2015年11月15日号

2015年11月15日号  

東住吉冤罪事件 20年ぶりの自由 刑の執行停止が確定  

 大阪高裁で再審開始決定と刑の執行停止が認められた東住吉冤罪事件で、刑の執行停止に対する検察の異議申し立てが棄却され、10月26日の午後2時すぎ、青木惠子さんと朴龍(たつ)晧(ひろ)さんが、それぞれ収監先の刑務所から釈放されました。一方、検察は再審開始決定に対する特別抗告を断念することを表明し、近く再審裁判が開かれることになりました。

青空から娘が祝福 青木惠子さん

 報道陣が集まる和歌山刑務所前。門から出てきた青木さんは、長女のめぐみさんが好きだったという黄色い色の服を着て待ち構える支援者と報道陣の前に立ちました。緊張した面持ちで手にハンカチを握り次のように話しました。
 「やっと20年ぶりに当たり前の世界に戻ってくることができました。弁護団、全国の支援者の皆さま、専門家の皆さま、車の情報をくださった皆さまのおかげです。ありがとうございます。娘がこの青空のどこかから私の姿を見て、『ママ、よかったね』と言っている声が聞こえます。娘にもずっと見守ってくれてありがとうと伝えたい」

景色輝いて見える 朴龍晧さん
 同じころ大分刑務所では、釈放された朴さんがスーツ姿で支援者と報道陣の前に現れました。報道陣から心境を聞かれた朴さんは深く一礼すると、次のように話しました。
 「こうして自由の身にしてくださって感無量です。20年ぶりのことなので、遠い外国の地に立っているようで現実感がありません。夢のようで景色が輝いて見えます。この日のために力を尽くしてくださった皆さまには、心からお礼を申し上げたいです」

 20年ぶりに釈放された青木さんと朴さん。多くの支援者や家族との再会を果たし、喜びを分かち合いました。

支援者と共に喜びを分かち
 まばゆい日差しを浴びて和歌山刑務所から出てきた青木惠子さん。布川事件の桜井昌司さんが固い表情の青木さんに近づき、「良かったな。おめでとう」と告げ、頭にポンと手をやると、強ばった表情が崩れ目に涙を浮かべました。地元の救援会和歌山県本部からも中西イシさんと松下義和事務局次長が花束を手渡し、「長いことご苦労さま」と祝福しました。
 松下事務局次長は、裁判所宛のジャンボはがき要請や刑務所への面会行動などの支援運動を続けてきたことを振り返り、「青木さんの再審にかける強い意志があったからこそ支援運動がもり立てられた。何の制限もなく支援者とふれあうことができて本当によかった」と話しました。
 ニュース報道などで青木さんとともに国民救援会ののぼり旗が映ったことで、救援会の役割を再認識し、これまでに4人が新たに入会しました。
 一方、大分刑務所を出た朴龍晧さんは、乘井弁護士とともに大阪行きの飛行機の時間まで国民救援会大分県本部の事務所に立ち寄りました。歓迎した自治労連大分の委員長がコーヒーを振る舞うと、表情もやわらぎ、うまいうまいと何杯もおかわりしたそうです。
 大分刑務所に移送されてから7年間。地元・大分県本部では支援する会を組織し、毎月の面会や差し入れ行動をして朴さんを支援してきました。県本部事務局長の河野武男さんは、「朴さんと面会すると、いつも裁判をいかに打開するかという前向きな話になりました。窓から見える由布岳を見ながらリラックスしている様子で本当によかった。再審裁判に緊張感を持って臨みたいと言っていました」と話しました。
 県本部では、この決定を受けていち早く世論に呼びかけようと、11月3日、冤罪をなくすために取調べの可視化の必要性を訴える宣伝行動をおこないました。

待ち続けてる家族のもとへ
 釈放後、青木さんは、8歳で離ればなれとなった長男と20年ぶりに再会し「ただいま」と言って抱き合いました。翌日、亡くなった長女めぐみさんの墓を訪れ、めぐみさんが大好きだったひまわりの花を手向け、手を合わせました。
 朴さんも待ち続けた母と姉に再会。母の李文子さんは、「お母ちゃんな、20年長かったけど、この日が来るのを信じて頑張った」と言って朴さんの胸に顔をうずめて号泣しました。

次は無罪判決へ 支援する会 尾良江さん  

 大阪高裁の決定は、弁護団の主張を正面から受け止め、正義を発露した決定だと思っています。
 支援する会では、この間に密度の濃い運動を広げてきました。国民救援会の各都道府県本部へ署名や決議の要請をおこない、手紙や電話、近県には出向いて訴えました。おととし松川事件無罪確定50周年集会で訴えたところ、何人かが応えて署名をたくさん送ってくださいました。受け止めてくださった人の深い思いが運動の広がりを呼び、署名の束となって返ってきたのです。支援が広がった一例です。3月からは毎週裁判所に要請。5万3千を超える個人署名、800の団体署名を積み上げ、世論を示すことができました。
 皆さんのご支援のおかげで2人を取り戻すことができました。再審裁判で無罪判決を勝ちとるために力を尽くします。勝利して、再審が認められない今の冤罪事件の流れを変える力にしたいと思っています。これまでの支援にお礼を申し上げます。ひきつづきご支援をお願いします。

三重・名張毒ぶどう酒事件 名古屋高裁、高検 司法は責任をとれ 奥西さん死後、初の要請行動  

 1961年、ぶどう酒に毒物を混入して5人を殺害したとして1972年に死刑判決が確定している名張毒ぶどう酒事件で、10月23日、奥西勝さんの無念の獄死後初めてとなる名古屋高裁・高検に対する抗議・要請行動をおこないました。5都府県から15人が参加。要請に先立ち「司法は責任をとれ」などのプラカードや横断幕を掲げて裁判所前を行進し、その様子はマスコミでも報道されました。
 名張事件の第9次再審は10月15日に終了し、係属していない事件の要請は受け付けないというのが基本姿勢でしたが、前もって予定されていた日程でもあり、私たちの申し入れを受け、今回は特別に各地の代表から文書を受け取る対応をすると、事前に裁判所から連絡がされていました。さらに当日、とりあえず全員で要請場所へと行ったところ、全員の入室が認められ、要請することができました。
 各地の国民救援会都道府県本部大会決議を提出し、それぞれ「奥西勝さんの獄死は司法の責任、殺人だ」、「日本の裁判の汚点だ」、「とても証拠に基づく裁判とは言えない。証拠をきちんと開示させよ」などと抗議しました。また、これから申し立てられる第10次再審への支援の決意を伝えて来ました。
 その後検察庁へ移動。ここでも全員が庁舎内までは入ることができましたが、残念ながら会うのは各地の代表5人のみで書面を受け取るという対応でした。検察官の証拠隠しや不当な審理引き延ばしにより奥西勝さんは獄死をしなければならなかった、と強く抗議してきました。
 要請行動はこれからも毎月おこないます。11月6日には第10次再審請求が申し立てられ、奥西勝さんの無念を晴らし、名誉を回復する新たなたたかいが始まります。全国の皆さんのひきつづくご支援を心からお願いします。(名張毒ぶどう酒事件 愛知守る会事務局長・田中哲夫)

静岡・天竜林業高校成績改ざん事件 静岡地裁浜松支部 「お金渡していない」 作られた「自白」と元市長が証言  

 10月14日、静岡地裁浜松支部にて、天竜林業高校成績改ざん事件で、法廷での証言を覆した元天竜市長・中谷良作氏への証人尋問がおこなわれました。事件は、中谷氏が孫の進学のため、成績の改ざんを依頼し、当時校長だった北川好伸さんに謝礼として20万円を渡したとされるものです。警察の捜査で2人の生徒の成績改ざんがおこなわれ、それに4人の教諭が関わったことを認め、4人は起訴猶予になり、北川さんは虚偽有印公文書作成、加重収賄として有罪判決が確定しました。しかし、北川さんが改ざんを指示したことと、中谷氏が北川さんに謝礼を渡した証拠はなく、あるのは捜査段階での中谷氏と教員4人の供述だけです。北川さんは2014年4月に再審請求を申し立てました。
 記者会見で弁護団の報告によると、中谷氏は「金は渡していない」「(学校へ)会いに行った事実がない」と語り、「認めないと、孫と子ども(中谷氏の長男)と坂を転げ落ちてもいいのか」と取調べの刑事から何度も恫(どう)喝(かつ)され、家族への取調べに耐え切れず自白した経過を明らかにしました。検察官と裁判官から「(公判廷で違うことを証言しているため)偽証になるが」と問われた中谷氏は、「今日の証言が真実です」と答えました。
 証人尋問に立ち会った北川さんは、「検察官や裁判官から『賄賂を渡しておらず、悪いことをしていないのだから家族と坂を転げ落ちることはない。賄賂を渡して悪事を働いたから、家族も一緒に坂を転げ落ちるのではないか』と繰り返し執拗に質問を受け、中谷氏は動揺していた」と話し、「密室のため一般社会では考えられない悪質な誘導尋問が繰り返されている」と強調しました。
 また、証拠開示を拒んでいた検察は裁判所の勧告を受け、中谷氏に関する物だけ58点開示しました。弁護団はさらに2人の証人尋問を求めています。
 記者会見に「支える愛知の会」から、17人が参加しました。
 (北川さんを支える愛知の会・斉藤昭雄)

秋田・大仙市事件全国現地調査 「供述の犯行不自然」  

 2006年に交際中の女性の子ども(当時4歳)を暴行し、女性に殺害を指示したとして畠山博さんの懲役16年の刑が確定している大仙市事件で10月24、25日に第5回全国現地調査がおこなわれました。参加は岩手、福島、秋田県内で30人。
 一日目は畠山さんのご両親からお礼のあいさつがあり、山形刑務所に収監されている畠山さんから警察での取調べでの様子など、ウソの自白をした心境などがつづられたメッセージが紹介されました。
 その後現場へ移動し、2人の供述内容を再現。畠山さんが当時乗っていた軽自動車の中で、幼児の頭部にボトル缶で瀕死の重傷を負わせることができるかを検証しました。参加者からは「狭い車内で、子どもと大人が2人重なる状態で不可能」、「車内の微物検査をしても子どもの髪の毛や血痕など何一つ出ていないことは不自然」などの意見が多数出されました。
 2日目は、暴行したとされている「道の駅・かみおか」や、子どもが遺棄された用水路などで説明を受けました。最後に、三浦広久弁護士から、事件説明と質疑応答もされ、参加者は事件が冤罪であると確信を深めました。

面会制限やめよ 刑務所訪れ要請  

 国民救援会秋田県本部は10月7日、山形刑務所に対して、畠山さんへの面会が昨年8月以降、それ以前に手紙のやりとりがあった人だけに限定されていることについて、要請をおこないました。
 要請の中で秋田県本部の嶋田事務局長は、支援者との面会は畠山さんの心身の安全と健康、社会復帰に備えるものであり、刑務所による面会拒否は、受刑者の外部交通権の侵害で、面会制限を止めるよう要請。刑務所側は、面会の許可等は個別に判断しており、要望は受けることができないという頑なな対応でした。(県本部)

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