日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

2015年10月15日号

2015年10月15日号  

名張事件 奥西勝さんが獄死 「国家による殺人」として抗議 国民救援会が声明を発表  

 三重・名張毒ぶどう酒事件の奥西勝さんが10月4日、東京・八王子医療刑務所で亡くなりました。89歳でした。奥西さんは事件発生以来、54年間無実を叫び続け、昨年から3回の危篤を乗り越え、病床から無実を訴え続けました。
 奥西さんは1961年、ぶどう酒に毒物を入れて5人が亡くなった事件の犯人として逮捕され、一審無罪、二審で逆転死刑判決となり、最高裁で確定。2005年に7度目の再審請求で再審開始決定が出されたものの、検察の抵抗により、再審開始が取り消され、現在、第9次再審請求を名古屋高裁に申し立てていました。
 日本国民救援会は5日、奥西さんの死去にあたって声明を発表しました。声明は、「奥西さんの死は、国家による殺人であり、断固抗議する」、「いまも冤罪で苦しんでいる人を救い出し、二度と冤罪で苦しむ人が出ないように奮闘する決意」を表明しています。

明治乳業争議団 ビラまきの自由守る  

警視庁が謝罪
宣伝への警告は誤り

 今年3月、明治乳業争議団の宣伝行動に、「ビラまきの許可を取っていないならやめろ」と警察が妨害したことに対し、争議団と国民救援会は不当な妨害はやめるよう、警視庁に申し入れを重ねてきました。8月26日、警視庁は、対応は誤りだったことを認め、関係者に謝罪しました。ビラまきの自由を守って、たたかった成果です。

 賃金・昇格差別撤廃をめざし、原告64人がたたかう明治乳業争議団。長期にわたる争議の解決を求め、毎月、明治ホールディングス前(東京・中央区)などで宣伝行動をおこなっています。
 3月10日の宣伝中に、中央署の警察官が多数あらわれ、ビラまきの許可を取っていないなら、直ちにやめろと干渉してきました。そして、ビラを配っていた一人ひとりに、「1時58分に警告した」と告げました。争議団の抗議に対しても、警察官はビラ配布をやめるよう強圧的な態度を取り続けました。

干渉を許さず
申し入れ重ね

 争議団では、警察の干渉が頻発していることから、事態を重視し、支援共闘会議、弁護団、国民救援会東京都本部と共同で、中央署へ申し入れを重ねてきました。また、日本共産党の吉田信夫都議会議員とも相談し、警視庁の見解を質していました。
 その結果、8月26日、都議会議員控室に、警視庁の総務部管理官(警視)らが訪れ、冒頭、起立し、「中央署のとりあつかいで、みなさんに不快な思いをさせたことは申し訳なく思っています」と述べ、深く頭を下げ、謝罪しました。
 管理官は吉田議員の質問に答え、「中央署の警告は誤りであり、お願い、注意、指導をすべきものであった」と回答しました。

許可いらない
判決で確定し

 警察は街頭でのビラまきに、警察署長の許可が必要だなどと言って干渉することがあります。

しかし、東京・有楽町の駅頭におけるビラまき弾圧事件(有楽町ビラまき事件)や、千葉・東金市での成人式会場前の署名行動妨害事件(東金国賠事件)の判決によって街頭のビラまき活動などに警察署長の許可を必要としないという判決が裁判で確定しています。

 これらの判決によれば、「ビラまきは一般交通に著しい影響を及ぼす行為」ではないので「警察署長の許可を要する行為に該当しない」と明確に述べています。さらに、東金国賠事件の判決では、こうしたビラ配りまで許可の対象とし、無許可を理由に取り締まることが出来ないことを警察官は「知るべきであった」のに逮捕したのは不法行為であると、警察官に損害賠償を命じました。ビラ配りへの干渉は不法行為なのです。
 明治乳業争議団では、憲法21条(集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する)を蹂(じゅう)躙(りん)する攻撃に屈することなく、さらに運動を前進させる決意を表明しています。
 いま、安倍政権がすすめる「戦争する国」づくりのもと、戦争や悪政に反対する団体や国民の声を抑え込み、運動に参加する人々を萎(い)縮(しゅく)させようと、警察が妨害や干渉を加えてくることが予測されます。
 支部や班で、憲法で保障された宣伝行動の権利や、干渉などへの心得を学び、のびのびと宣伝活動をすすめましょう。

滋賀・湖東記念病院人工呼吸器事件 西山さんの再審を認めず 可能性と推論の不当決定 大津地裁  

 2003年5月、滋賀県東近江市の湖東記念病院で、看護助手の西山美香さん(35歳・懲役12年が確定、和歌山刑務所)が、72歳の男性患者の人工呼吸器を引き抜いて殺したとの罪を着せられ、第2次再審請求を申し立てていた事件で、大津地裁(川上宏裁判長)は、9月30日、請求を棄却する不当決定を出しました。
 裁判所正門前には支援者のほか放送、新聞などのメディア関係者55人余りが集結。決定を受け取った弁護団から掲げられたのは「不当決定」の垂れ幕。ため息、怒りの声が沸き起こりました。支援者は、国民救援会滋賀県本部の中野善之助会長の発声で地裁に向かい、「裁判所は真実と向き合え」、「検察にすべての証拠を開示させよ」などとシュプレヒコールをあげました。
 記者会見と報告集会で井戸謙一弁護団長は、「事件は、西山さんの自白調書以外に証拠はなく、自白が科学的な物証と合わない点を証拠で明らかにしてきたが、可能性と推論で自白を信用できるとした」と憤りの声をあげました。
 西山さんが公判後一貫して否認している「自白調書」では、人工呼吸器を引き抜いて、カウントしアラームが鳴らないよう消音ボタン(外れて1分で鳴る)を押し、3分間したら、口をはぐはぐし苦悶の表情をして死んだ旨述べています。弁護団は、GHQの死刑執行の統計や延命治療の停止の際人工呼吸器をはずしてから心肺停止には3分間で至らないことを証拠や証言で立証してきました。これに対して検察官は「個人差」があり3分以内で死亡する場合もあるとの医師の意見書を出して反論。裁判所は、この検察の主張を取り入れ「急逝することがないとはいえない」という少ない可能性で弁護団の証拠をすべて否定しました。
 会見には両親も同席し「救援会の皆さんの支援に心から感謝。取り調べの可視化があれば娘はこんなことにならなかった」などと語りました。
 弁護団は、異議申し立て(即時抗告)をしてたたかう方針です。

兵庫・養父市議選不当捜査事件 検事呼び出し続く 時効までわずか、県本部が抗議  

 2012年10月に投票がおこなわれた養父市議選で、八鹿高校事件当時に在籍していた一部卒業生に届いた手紙を、公選法違反として兵庫県警と養父警察署が長期にわたって当事者を尾行したり、出頭を求める不当な呼び出しやを続けている事件が、10月21日に公訴時効を迎えます。事件は今年7月に検察庁に送致され、現在は検事から3度にわたる呼び出しが続けられています。
 当事者Aさんは、この事件で健康を大きく害しており、呼び出しがこれ以上続けばさらに悪化する可能性があるので配慮を求めるという主治医の診断書を出しています。それにもかかわらず、検事の呼び出しは7月の書類送検から3度目で、警察段階から含めると36カ月60回近く呼び出しが続いています。
 実質的な捜査をせず、狙った人物に対して時効まで制裁的な呼び出しだけを続けるということは過去に例がなく、こうした恣意的な「捜査」の手法が定着すれば、警察は簡単に国民の選挙運動を萎縮させられるとして、兵庫県本部は、神戸地検豊岡支部に対して毎月3回要請行動をおこなっています。
 団体署名は全国から400団体を超えて届けられています。現地対策会議と市民の会は毎月3回の提出、要請行動を行っています。

築地署公務執行妨害デッチ上げ事件国賠 暴行していない 原告が明快に証言 東京地裁  

 07年に、築地市場前の路上において、築地警察署交通課の女性警官から、不当な駐車違反の取締りに反論したところ、「公務執行妨害・傷害」で逮捕された事件の責任を追及して起こした裁判で、9月30日、東京地裁(松村徹裁判長)で、原告の二本松進さんと妻・月恵さんの尋問がおこなわれました。
 進さんは事件当時について、自分が買い出しに出かける間、月恵さんが「直ちに運転できる状態」で車の運転席に待機していたと証言。車の前に立ち発進を妨げる警官に、「放置車は見逃して、発車しようとする車の妨害をしている」などと言うと、警官2人が「免許証を出せ」と進さんの胸に切符ケースを何度も突き付けてきたと述べました。進さんは、「私は運転手じゃない」と言ってもやめてもらえず、突き出された切符ケースに反応したり、暴行するなどしていないとキッパリ証言しました。
 また、警官が周囲の見物者に「暴行、暴行」とアピールしパトカーを呼んだ時も、周りから「おかしいよ」「暴行なんてないよ」と声が上がっていたと証言しました。
 不当な逮捕のあと、取調べを行った検事には、「切符ケースに触って公務執行妨害になった判例がある」、「同意すれば悪いようにしない」と言われ、供述書に同意した悔しさを語りました。
 次回は12月4日午後1時30分で、結審する予定です。(東京都本部)

無実の人救おうと270人 北海道で白鳥決定40周年集会  

 国民救援会道本部主催の「白鳥決定40周年企画 袴田事件はまだ終わっていない!? 無実の人は無罪に!」が9月23日、札幌市内で270人の参加で開催されました。
 元裁判官の木谷明弁護士は講演で、再審制度の手続規定の不備から、担当する裁判所によって扱いが違いすぎること、検察の抗告権が放任状態にあることなどを指摘して、国民的議論を高めていく重要性を強調。つづいて木谷弁護士、袴田巖さんの姉・袴田秀子さん、布川事件の国家賠償請求裁判をたたかう桜井昌司さんによるパネルトークでは、秀子さんは巌さんの死刑が確定したときのことについて「家族は(巖さんが犯人でないことを)信じていた。死刑が決まったときは裁判官、弁護士はじめ周囲が全て敵と思った。いのちのある限り頑張っていこうと思った」と述べ、桜井さんは、「40数年間たたかってこれたのは救援会があったから」と語り、「裁判神話」「警察神話」を正していきたいと決意を述べました。
 桜井さんは30分のミニコンサートで、獄中で作詞、作曲した曲を熱唱。声が途切れて涙ぐむ場面もあり、共感にあふれた拍手がホールに響き渡りました。
 袴田事件と布川国賠に対し総額約13万円の募金の協力があり、救援会への入会者も2人ありました。当日の模様は北海道新聞、毎日新聞、読売新聞が写真入りで報道。民放テレビも報道しました。(守屋敬正)

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