日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

2013年8月25日号

2013年8月25日号  

生かそう憲法 国民救援会 独自の署名運動を開始  

 いま、憲法が危機に直面しています。参院選で、自公が議席を大幅に増やしたため、安倍政権は改憲に向けた策動を強めています。改憲を許さず憲法生かす署名を広げましょう。
 参院選の結果、自民・公明の与党だけで衆参両院の過半数を占めることになり、安倍政権は、施政方針演説で「強い国」を打ち出し、集団的自衛権行使のために内閣法制局長官に憲法解釈の変更に前向きな小松一郎駐仏大使を起用するなど、米軍とともに戦争をする国にしようとしています。
 原発事故、米軍普天間基地、TPPなど、どの問題でも、いま求められているのは、改憲ではなく、平和主義、国民主権、基本的人権の尊重を掲げた憲法を守り、生かす政治をおこなうことです。
 国民救援会は、第60回中央委員会で、憲法の役割と自民党改憲案の危険な中身を学び、憲法署名「日本国憲法の改悪をおこなわずいまこそ憲法を生かした政治を」を、当面5万人分を目標にとりくむことを決めました。
 全国で憲法署名のとりくみを大いに広げていきましよう。

「冤罪体験者の声聞け」 足利事件・菅家さんら法務省に要請  

 冤罪事件の被害を受けた当事者や元被告人たちが、冤罪を生まない刑事司法制度の実現を求めて7月31日、法務省に要請しました。
 要請したのは、冤罪防止を求めて活動している市民団体「なくせ冤罪!市民評議会」のメンバーと、足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井昌司さん、杉山卓男さん、袴田事件の袴田巌さんの姉・秀子さんなど冤罪事件の当事者・家族です。要請団は、取調べの可視化(録音・録画)の導入を検討するとして設置された法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」に対し、冤罪事件当事者の連名で、全ての事件で取り調べの全面可視化と検察官の手持ち証拠を開示するよう求める要望書を提出しました。
 要望書は、「検察官による証拠改ざん事件をうけて、取調べの全面可視化を前提にした議論が始まったが、いつの間にか論点がすり替わり、取調官の判断での可視化や、捜査手段の補強が前提となる論議になっている」と指摘。特別部会には冤罪を作った当事者である警察、検察から多数が参加し、法務・検察の言い分に賛同する御用学者を引き入れて議論していると批判したうえで、「冤罪体験者の話を聞かずに、冤罪をなくす司法制度は作れない」と抗議しました。

国会提出前に運動を 秘密保全法で院内集会  

 安倍政権が秋の臨時国会に提出する方針を示している秘密保全法の上程に反対しようと、7・30秘密保全法反対院内集会が7月30日、衆議院第1議員会館で開かれ、約50人が参加しました。主催は日本国民救援会も参加する「STOP!秘密保全法共同行動」。
 集会では「国民主権の下、私たち主権者が国家の情報にアクセスできる権利が奪われる」「改憲とあわせて、秘密保全法の制定をねらっており、改憲させないとりくみの一環として運動していく必要がある」などの意見が出されました。
 政府が国会に提出する前に、運動をおおきく広げようと確認しました。

埼玉・介護ヘルパー窃盗冤罪事件 出所報告・祝賀集会  

 介護ヘルパーの安澤篤史さんが、全盲の利用者からキャッシュカードを盗み現金3万円を無断で引き出したとされ懲役1年の実刑が確定した埼玉・介護ヘルパー窃盗冤罪事件で、安澤さんが長野刑務所を満期出所したことを受けて、出所報告・祝賀集会が8月1日、都内で開かれ30人が参加しました。安澤さんは、「無実をわかっていてくれるたくさんの人がいたから、刑務所生活も乗り越えることができました」と支援へのお礼を述べました。支援者からは、安澤さんの労をねぎらうと共に、不当な判決を出した裁判所への批判が次々と出されました。

三鷹事件現地調査 「百聞は一見にしかず」  

 戦後三大謀略事件の一つ、三鷹事件の現地調査が7月15日におこなわれました。「三鷹事件の真相を究明し、語り継ぐ会」事務局の石塚勝さんの報告です。
 竹内景助死刑囚の死後再審実現をめざし、「三鷹事件の真相を究明し、語り継ぐ会」は、事件からちょうど64年目の7月15日、事件に関わりのあるスポットを巡る現地調査をおこない40人が参加しました。
 午後4時に三鷹市の禅林寺に集合。墓所の一角にある事件の遭難犠牲者慰霊塔前に花を供え、不慮の死を遂げた6人の冥福を祈りました。
 つづいて、竹内さん一家が住んでいた国鉄官舎跡、電車庫と三鷹駅方面が一望できる跨線橋などを訪れ、最後は暴走電車が脱線した三鷹駅南口。改札口から二階部分を縦横に伸びるデッキの上から、電車が突っ込んだ交番などを見学。国鉄OBの手塚長三事務局次長が「不可解にも交番の巡査は事前に事件のことを知り、大事な資料や人は避難して無事だった」と説明しました。
 解散後、21人で近くの中華料理店で反省会。「百聞は一見にしかず。たいへん勉強になった」「事件の究明なくして戦後は終わったといえない」などの意見が聞かれ、事件を風化させまいとの強い決意がうかがわれました。

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