日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

12年5月25日号

12年5月25日号  

名張事件 再審の可否、5月25日に  

 奥西勝さんが51年間無実を訴え続けている三重・名張毒ぶどう酒事件で、再審の可否についての決定が5月25日午前10時、名古屋高裁刑事2部で出されることが決まりました。
 名張事件は一審無罪、しかし二審で死刑判決が出され、最高裁で確定。奥西さんは裁判のやり直しを求め、再審を請求。2005年、7度目の再審請求で名古屋高裁刑事1部が、毒物は有罪判決が認定したもの(農薬・ニッカリンT)とは違うとして再審開始を決定しました。しかし検察の異議申立てを受けた同高裁刑事2部は、「自白」を重視し開始決定を取り消しました。これに対し最高裁は、毒物鑑定について「科学的知見に基づき検討したとはいえず、推論過程に誤りがある疑いがある」とし、再審を取り消した異議審決定を取り消し、審理を名古屋高裁刑事2部に差し戻しました。そして差戻し審で鑑定が実施され、毒物がニッカリンTではないことがあらためて証明されました。
 名張事件全国ネットや各地の「守る会」、そして国民救援会は、「必ず再審開始を。奥西さんの釈放を」と、10万を越える署名を裁判所に届け、最後まで要請にとりくんでいます。

岐阜・関ケ原人権裁判 署名への圧力、再び断罪 名古屋高裁  

 岐阜・関ケ原人権裁判で4月27日、名古屋高裁(岡光民雄裁判長)は一審を上回る原告勝訴の判決を言い渡しました。判決は、岐阜県関ケ原町で、小学校統廃合に反対する署名をした住民宅を町側が戸別訪問し、「誰に頼まれて署名したのか」などと問いただしたことは、表現の自由、請願権や思想・良心の自由などの侵害だとして住民側の訴えを認めました。

 2005年、関ケ原町で町立小学校の統廃合反対の運動が起こり、住民が反対署名を町に提出したところ、浅井町長は町職員を署名者宅に訪問させ、「本当に署名をしたのか」「誰に頼まれたのか」「考えに変わりはないか」など内心に踏み込む質問をさせました。これに対し町民8人が、戸別訪問は、請願権・表現の自由・プライバシー権の侵害にあたるとして、町を相手取り、損害賠償を求めて提訴しました。

形式的だった一審での判決

 10年11月、一審の岐阜地裁は、「戸別訪問に行き過ぎがあった」として町側による署名への圧力を認め、町に対して合計1万5400円の賠償を命じました。
 しかし、この事件後、町で署名が集まらなくなったことや、戸別訪問が署名の効果を減殺する目的でおこなわれたこと、町が署名者の一覧表を作成したことなど、具体的な事実には踏み込まない形式的な判断をしたため、原告は直ちに控訴し、名古屋高裁で審理されてきました。

基本的人権の侵害を認める

 二審の名古屋高裁は判決で、町職員による戸別訪問は、町長が自身の意見を実現するために、自己に対立する考えをもつ町民の意見を封じるという目的のためになされたと判断。町の戸別訪問は、憲法が保障する表現の自由、請願権を侵害し違法であるとしました。
 また、反対意見が好ましくないと町長が考えていることを署名者に暗黙のうちに伝え、「いまでも気持ちは変わらないのか」など、意見の変更を迫ることは、憲法が保障する思想・良心の自由を侵害しているとしました。
 町が署名者の一覧表を作成したことについて判決は、重複があるので一覧表を作成すること自体は違法ではないとしましたが、戸別訪問時に担当職員に配布し利用したことや、署名者から一覧表を遠目に見ることが出来たこと、一覧表等がいまだ廃棄されていないことから、目的外利用であり、情報保護条例にも抵触する違法行為で署名者のプライバシーの侵害がなされたと認定しました。
 これらの違法行為に対し判決は、原告1人につき5万5000円の損害賠償を支払うよう町に命じました。

自由に意見が言えるまちへ

 報告集会で弁護団は、「憲法が定める4つの基本的人権に誠実に向き合った完全勝訴判決」と報告。原告代表の田中由紀子さんは、「署名をした人の気持ちに、町はひどいことをした。自由に意見を言える町にするため、町には二度としないと約束してほしい」と述べました。

名張事件がドラマに 東海テレビ 齊藤ディレクターに聞く  

仲代達矢さんが奥西勝さんに!? 東海テレビが、死刑囚の奥西勝さん(86)が51年間無実を訴え続けている三重・名張毒ぶどう酒事件のドラマ「塀の中の約束」(仮題)を制作しました。このドラマの脚本・監督を務めた齊藤潤一さん(東海テレビ・報道部ディレクター)にお話を伺いました。

名張事件が「原点」

――なぜ名張事件を。
 これまで、司法に関わるドキュメント8作品を作ってきました。今回9作目になりますが、本作を含め4作が名張事件です。
 2005年に再審開始決定が出されました。そのとき上司から、名張事件のドキュメンタリーを制作するように言われました。1年間取材をして「重い扉」という番組を作りました。そのときに、一度最高裁で確定した判決を下級裁判所の裁判官がくつがえすことができない現実を知り、「これはおかしい」と感じました。そこから司法についての番組を撮り始めました。名張事件が、私のドキュメンタリーの原点でもあります。

2人との「約束」

――「塀の中の約束」という仮題ですが。
 今回、奥西さんの母・タツノさんと支援者の川村富左吉さん、いまは亡くなったお2人と奥西さんが交わした「約束」、果たせなかったこの「約束」を通して奥西さんを描きました。
 タツノさんから奥西さんに送った969通の手紙があります。奥西さんはタツノさんに「無実を晴らして必ず帰る」と約束しました。タツノさんは、殺人犯の母親としての苦しみをかかえながらも、息子へは「大丈夫だよ」との手紙を送りつづけました。自分もつらい思いをしながらも息子を待ち続ける母の心情、「牛乳を飲みなさい」と60歳を超えた息子をいたわる手紙を見たときには震えました。名古屋拘置所にいる息子に面会するため、タツノさんは内職をして電車賃を稼ぎ、奥西さんは拘置所での作業で稼いだ少しのお金を母に送っていました。

――川村さんは、国民救援会愛知県本部の事務局長などを務め、長年奥西さんとの特別面会人として支援をしてきました。
 川村さんには亡くなる直前まで取材しました。
 川村さんは奥西さんと面会室のガラス越しに「今度は晴れて、塀の外で握手をしましょう」と約束を交わしましたが、私にも「塀の外で握手をしたい」と何度も話していました。

役者も冤罪と感じ

――出演者も豪華ですね。
 奥西さん役は仲代達矢さんにお願いしました。奥西さんの似顔絵を見たときに仲代さんをイメージしました。名古屋のローカル番組に出てもらえるか不安もありましたが、2010年に制作した名張事件の3作目のドキュメンタリー「毒とひまわり」のナレーションをお願いしたときに事件について勉強されたようで、「これはやるべきだ」と言っていただきました。
 タツノさん役は樹木希林さんにお願いしました。希林さんは、「事前に勉強したい」と名張の事件現場まで一緒に行き、さらに奈良県に住む奥西さんの妹さんにも会って、タツノさんの話を聞きました。その成果もあり、今回のドラマでは、タツノさんになりきって演じていただきました。お2人とも、冤罪の可能性を感じられていたからこそ、引き受けてくれたのだと思います。

狂わせられた人生

――ドラマを通して問いかけているものは。
 東海テレビでは、名張事件は冤罪の可能性が高いと考え、長年、報道し続けてきました。しかし、主役である奥西さんは、塀の中にいるため、これまで描くことができませんでした。そこで今回は、ドラマという手法で奥西さんの人生を表現することにしました。
 番組を通し、獄中の奥西さんが何を考え、どんな生活を送って来たのか、そして再審の扉をなかなか開こうとしない司法の理由を知ってほしいと思います。
*本ドラマは、6月下旬に東海3県で放送予定。3県で放送予定。

警察OBが福祉事務所に!? 生活保護申請者を威圧  

 全国の社会福祉事務所に警察官OBが配置され、生活保護申請者に、威圧的に「アドバイス」して、申請させない役割をしているとの報告が寄せられています。

保護世帯の増大

 厚生労働省が3月1日、関係する課長会議で、「警察官OBを福祉事務所に配置すること」を積極的に検討するよう指示しました。厚労省によると、既に74自治体で116人(2010年度)の警察官OBが配置され、05年から、「不正受給」対応で新規採用する職員の人件費を全額補助しています。
 厚労省は、警察官OBの配置により、「不正受給に対する告訴などの手続きの円滑化」、「暴力団員と疑われる者の早期発見」などが期待できるとしています。今年1月には生活保護世帯が151万世帯に達し、過去最高を更新しつづけています。リーマンショック以降の派遣切りなどで解雇が増大したことも大きく影響し、いまの社会保障切り捨ての政治のもと、保護世帯とケースワーカーを監視し、締め付けを厳しくして、憲法25条にもとづく生活保護制度を、完全に権利性を骨抜きにして、さらに保護費を削減しようとしています。

福祉職の増員を

 近年の不正受給率は2%弱で推移、金額も0・4%弱で推移し、大きな変化はありません。
 全国生活と健康を守る会連合会事務局長の辻清二さんは、「『不正受給』と言われている中には、高校生のアルバイト代の申告義務があることを知らず、未申告であったケースなど、悪質とは言えないケースも少なくありません。ケースワーカーが世帯員全員の収入の申告義務があることを知らせるなど、きめ細かな対応をすることで、『不正受給』は激減します。申請者が、窓口で職員と激しいやりとりになることもあるでしょうが、福祉事務所の機能で十分対応できます」と指摘。「そのためにも、1人のケースワーカーが100人以上のケースを担当している現状を改め、増員することこそ必要です」と強調します。

申請者を敵視

 さらに辻さんは、「市民と直接やりとりする福祉事務所の窓口に、犯罪防止が目的の警察官OBが、生活保護の『不正受給』という『犯罪の予防』と称して威圧的にいたら、申請者は萎(い)縮(しゅく)してしまい、申請をやめることになります。現状でも申請までいけるのは4割程度の自治体が多くあります。6割は申請書を渡されず追い返されています。長引く経済不況のもと、餓死や孤立死を増加させることになるのではないか」と、話します。
 実際に、大阪・豊中市福祉事務所では、生活保護費の支給が遅れていることについて抗議した受給者に、警察官OBが「虫けら」等の暴言を発言したことに対し、大阪弁護士会が二度と同様の人格権侵害が生じないよう勧告をおこなっています。
 横浜市は今年度警察官OBを全18区の福祉事務所に配置しようとしましたが、労働組合や市民団体の撤回運動の中で本庁に4人が配置されるにとどまりました。同市と交渉している寿支援者交流会事務局長の高沢幸男さんは、「野宿者は襲撃を受けて警察に相談に行っても、外で寝ているお前が悪いと追い返された人もいるので、福祉事務所に元警察官がいれば、どんなに困っても相談に行かなくなり、生存権が脅かされます」と話します。
 この間の悪政で貧困を生み出しておきながら、政府がその抜本的な施策をとらず、逆に生活保護申請者を敵視し、排除するために警察官OBを配置することは本末転倒です。直ちに撤回すべきです。

第22回裁判勝利をめざす全国交流集会  

 第22回裁判勝利をめざす全国交流集会での、「主催者あいさつ」と「討論のまとめ」の大要、記念講演「3・11後の司法の現状と大衆的裁判闘争の課題」の要旨を掲載します(文責・編集部)。

主催者あいさつ 裁判と社会の在り方批判する運動を  

自由法曹団事務局長
泉澤 章さん

 第22回裁判交流集会に、日本全国からご参集のみなさま方に、主催者の一団体である自由法曹団を代表して、ごあいさつを申し上げます。
 日々のご奮闘、ほんとうにご苦労様です。
 東日本大震災から1年が経ちました。この間、様々なところで人と人との「絆」が語られ、2012年こそ、人びとが平穏に暮らしを営める新たな社会を作ろうという機運が、多少とも、高まっていたのではないかと思います。
 しかし、この1年の現実はどうでしょうか。
 あれほど人びとを恐怖におとしいれた原発事故から1年も経たないうちに、政府は、国民の不安をよそに、再稼働へ向けてやっきとなっています。
 さらには、「税と社会保障の一体化」の名の下に消費税の増税をたくらみ、TPPをはじめとする歯止め無き自由化政策を推し進め、貧富の格差を拡大しています。
 2009年、期待をもって政権を交代させた国民の声は、経済的な疲弊と無能無策な政権を前に、怨(えん)嗟(さ)の声へと変わっています。そしてその憤(ふん)懣(まん)の思いが、「強力なリーダー」を演出する大阪市の橋下市長のような、新たなファシズム像へ向かうという、極めて危険な状況も生んでいます。
 橋下市長の下でなされた思想アンケート調査のような、思想・信条への権力介入が、「公務員バッシング」の風潮のもと、むしろ市民の喝采を浴びるような状況が生じています。
 そしてさらに危険なことには、このような風潮が、一地方にとどまらず、日本全体を席巻しようとしていることです。
 「既得権益」の粉砕という名の下に、憲法上の権利侵害を正当化し、市民どうしをたたかわせ、分断する。ここに、人と人との「絆」など、存在しません。むしろ「絆」の破壊があるだけです。
 ふりかえって裁判、司法の状況はどうでしょうか。
 裁判所も国家機関の一翼である以上、現在の情勢の影響を受けないはずはありません。
 情勢との因果関係を拙速に論ずることはできませんが、現実には、昨年後半から、イレッサ訴訟高裁判決、泉南アスベスト訴訟高裁判決、水俣病訴訟高裁判決など、とくに人びとの暮らしと密接に関わる分野で、一審勝利が逆転敗訴となる、いわば反動判決が顕著にあらわれています。
 なぜこのような司法の後退現象があらわれているのか、そして、これとどうたたかうべきなのか、根本にさかのぼった検討が必要ではないでしょうか。この後の篠原団長の講演をお聞きし、ぜひご一緒に考えていただければと思います。
 さて、今年の裁判交流集会における分科会のテーマは、労働事件、冤罪・再審事件、言論弾圧事件の3つの分野です。
 労働事件の分野が、現在の社会・経済状況のもと、後退局面にあることは、皆さんもご承知のことだと思います。
 今年に入ってからも、ホンダ、いすゞの非正規従業員切りを認める不当判決が出ています。また、JALの2つの裁判では、いずれも会社側の主張を全面的に認める不当判決が出ました。
 これらの判決から分かることは、裁判所は、正規・非正規を問わず、労働者蔑(べっ)視(し)、敵視政策を丸呑みする傾向にあるということです。
 これら不当判決に、どう根本的な批判を加え、勝利へと結びつけてゆくのかが、大きな課題となっています。旺盛な討議をお願いします。
 冤罪・再審の分野では、特に再審において、足利事件布川事件で私たちの勝ちとった無罪判決の成果が、福井女子中学生殺人事件の再審開始へとつながり、更には、名張事件、東電OL殺人事件袴田事件の、最近における前進へとつながっています。
 このことに確信をもち、更にこの成果を確かなものにして、冤罪全般の救済へと発展させる運動が不可欠ではないでしょうか。
 言論弾圧の分野では、さきほど話した新たなファシズムともいうべき現象は、現在最高裁にかかっている2つの国公法弾圧事件においても、裁判官の深層心理に影響することは大いにあり得ます。公務員を含めた、「人間」としての思想・信条、表現の自由が、権力によって奪われることを、絶対に許してはなりません。
 私たちはいま、新たなファシズム現象とたたかうための、反撃の論理を構築すべきときに来ているのではないでしょうか。
 最後に、私たちが対象とするすべてのたたかいにおいて、裁判は法廷だけで勝利することはできない、法廷を越え、裁判、そしてそれを支える社会の在り方をも批判する運動がなければ、勝利はこの手につかめない、これは、ここに集まっているみなさま方の共通認識であろうと思います。
 この2日間の交流集会における討論で、さらにこの認識を高め、みなさま方のこれからのたたかいが、有意義なものになるよう、主催者として願ってやみません。
 2日間、ともにがんばりましょう。

討論のまとめ 事実と道理によって裁判所を説得しきろう  

国民救援会副会長
本藤 修さん

 新自由主義・構造改革路線の本格的な巻き返しという情勢の下での攻勢的なたたかいで裁判勝利をめざすというのが、この交流集会の主眼です。
 情勢の変化と勝つための裁判闘争を考えてみます。
 第1は、裁判員裁判や相次ぐ再審開始・再審無罪などでの、裁判に対する国民の関心と注目の高まり・広がりです。このために、裁判や裁判所とは本来どうあるべきかという問題意識が芽生えており、ここに接近する通路が開かれたとも言えます。
 そこで、この情勢の変化と勝つための裁判闘争との関係ですが、大衆的裁判闘争というのは、個別事件のたたかいを通じて、憲法の基本的人権を守り、発展させるたたかいであり、国の民主的再生と発展をめざすたたかいと連動しています。
 情勢の変化のなかで、司法制度に対する民主的改革の展望を含んで、攻勢的な立場に立った新しい挑戦の時代を開いており、新しいせめぎ合いが始まっています。
 裁判所というところは、国民抑圧の国家権力体制を維持する性格を持つ一方で、具体的な事実関係の下で国民をある程度納得させるだけの判断を示さなければならないという、矛盾した特別の任務を帯びた機関です。したがって、どんなに政治や社会情勢が民主的に高揚している時期であっても、それによって裁判が自動的に勝つという条件整備とはなりませんし、逆にどんな反動期であっても、裁判の勝機はあると言えます。
 要は、個別事件において、裁判をめぐる全体動向を踏まえたうえで、どこまで事実と道理によって裁判所を説得しきるか、これにかかります。
 裁判勝利をめざす大衆的裁判闘争とは、「当事者の団結を基礎に、法廷闘争と連帯して、事実と道理に基づいて、事件の真実を法廷外に広く訴えることにより、国民の良心を結集し、その良心を裁判所に集めることによって、裁判を監視・批判し、裁判所・裁判体に対して、良心と勇気の発揮を呼びかけて、真の意味での公正な裁判を実現すると同時に、再び権利侵害を起こさせない力を国民的に強め、広げる運動です。それは、事件の真実を、事実に基づいて広く訴え、国民個々人の良心に支えられた裁判批判の世論を集めて、この世論を法廷に現し、裁判所・裁判体に対して予断と偏見を捨て、曇り無い目で事件を見るように、その良心発露を促す運動」(国民救援会『救援学校テキスト』)です。
 このような裁判の特殊性と同時に今日の情勢との関連と区別をしっかりと踏まえたうえで、集会の成果を各事件の勝利のために活かしてほしいと思います。

記念講演 裁判官の心揺るがそう  

自由法曹団団長
篠原義仁さん

 昨年8月25日、大阪高裁泉南アスベスト訴訟で、11月25日には、東京高裁イレッサ訴訟で、私たちは、国と企業に勝訴した一審判決を覆す敗訴判決を言い渡されました。
 3月29日、30日には、JALのパイロット76人、客室乗務員72人の整理解雇で整理解雇4要件の今までの判例理論に逆行する敗訴判決をうけました。
 国や国家事業を相手にする裁判で以前にもあったことですが、再び逆流現象が生じています。それにどう反撃してゆくのか、喫緊の課題となっています。
 いくつかの論点はありますが、公害薬害訴訟では、被害を訴えきる。まず、そのことから反撃を開始しようと確認しあっています。

被害を前面に立て勝利の展望見い出す

 被害との関係で、被害者が前面に出て、裁判所(官)の心を揺るがした時に、困難な事件でも勝利の展望を見い出すことができます。
 千葉野犬事件についてお話しします。千葉野犬事件は、一般的な法律論で言ったら、難しい事件です。
 昭和30年代、40年代でも、結構野犬が居たんですね。保健所が犬を捕獲できなかったため、4歳の子どもが買い物に行く途中で、3頭の野犬にかみ殺された事件です。これは警察の義務ですから、県が責任を負うわけですが、県が国賠法1条の責任を問われた事件です。
 この事件では、被害を押さえて、裁判所の心を揺るがしたから勝っているのです。
 被害を前面に立てて、この損害(被害)を法の正義の観点からだれに負担させるのが公平かと問いかけ、損害の公平な負担の原則から、被害者に泣き寝入りを強いるのではなく、国賠法上の責任を認めさせて勝ったわけです。
 被害論を全面的に展開してたたかう意義を整理しておこうと思います。
 私は、「被害論」には4つの側面があると思っています。
 1つは、勝訴判決を書かせるための動機付けとしての被害論。その例が紹介した千葉野犬事件です。この裁判は、大衆的裁判闘争とは無縁だと思いますが、やっぱり悲惨な被害は裁判所の心を動かしたのでしょう。
 2つ目は、責任論における被害の位置づけ。これは、国の権限不行使における違法性の追求に端的に示されているとおりです。
 3つ目は、損害論における被害の位置づけ。高額賠償にどうつなげるかです。
 4つ目は、大衆的運動を拡げるために必要不可欠な被害論、「被害の訴え」です。

裁判所要請にもアクセントつける

 裁判所への署名提出行動、要請行動についてお話しします。
 川崎公害訴訟では、やはり公害被害者だと裁判所の対応がいいのですが、それでも最初は書記官室で立って署名を受けとった。
 なんでこんな失礼な受け取り方をするのか、部屋をちゃんと用意しろと言って、部屋で受け取らせた。次には、事前に電話をしておくから、そして、必ず毎週火曜の昼休みに来るからと通知し、毎週1万、50万提出しました。毎週火曜日の12時15分にきちんと行きました。
 そして、部屋で、患者だといって椅子も用意させて、双方椅子に座って面談して受けとらせました。
 やっぱり、いきなり行く要請行動はダメですね。書記官には、「すいませんね。昼休みの貴重な時間を。あなたの昼飯時間削っちゃって」と必ずあいさつしてくる。礼儀正しい要請行動をしようよ、ということでやってきました。これも、裁判所の心を打つ工夫かもしれません。
 2つ目が、署名の提出・要請行動にアクセントをつけようと言いました。
 支援も含めてオーソドックスに普通に行く日。今日は婦人デー。女性だけに行ってもらう日。公害患者だけが行く日。夏休みだったら、親と子なのか孫なのか、子どもデー。子どもも連れて行く日。今日はお年寄りだけ行って、私が生きているうちにいい判決を書いてくださいという日。
 いつも労働組合だけ、救援会だけ行くという、あんまりアクセントのない要請行動というのは、受けないですね。
 何のためにたたかい、何のために署名を集めているのですか。勝ちたいために集めているのでしょう。どういうふうにしたら、裁判所の心に響くことになるのか、手立てを考えて署名を持って行きましょうよ。アクセントを付けて、「えっ、こんなに広がりある署名なのか」。これは裁判所に届きます、響きます。
 私が主任になる事件については、いつも言っているのですが、署名を集めて、裁判所の心を動かすということを、安直に単語だけで使っていませんか。
 みんなの知恵で、少しずつでも、工夫してゆきませんか、と。

私たちは負けない勝つまでたたかう

 勝利の教訓として、被害者が先頭に立ってたたかうということが大切でしょう。
 水俣や有明をたたかった馬奈木弁護士の言葉に、「私たちは絶対に負けない。なぜなら、勝つまでたたかうからです」という言葉があります。公害闘争も、私たちは一審で負けた時もあるんですよ。負けないというのは、手を変え品を変え、裁判を、運動をやるんです。
 よみがえれ有明訴訟でいえば、民事事件の差止をやったらダメ、負けても行政事件で取消訴訟をやる。県は開発に違法な公金を出しているんだといって、監査請求、住民訴訟をやる。仮処分をやる。本訴もやる。
 同じ裁判は同じ原告では二度起こせませんから、勝つまでやると言ったって、同じ裁判だったら一審、二審、最高裁で終わり、仮に本訴と仮処分を組み合わせてもそれまで。公害闘争のいいところというのは、別の原告団を組織して、二陣、三陣訴訟と次々提訴する。また、様々な角度で切り込むと、いっぱいたたかいができるという有利な条件があるので、これを使う。
 だから私たちはある局面で負けても、運動上は悲壮感はあるものの、少し楽観的に気持ちをもって、「私たちは絶対に負けない」と言います。なぜか。勝つまでたたかうからです。
 公害闘争は、別に裁判がすべてではない。裁判は手立てですから、大阪空港訴訟は最高裁で差止請求は却下で負けました。でも、ブリッジ協定を結び、夜間飛行は差止た。運輸省と地方自治体、地方自治体と原告団がブリッジ協定を結び、そういう知恵を出して運動で住民の悲願の差止を実現しました。
 名古屋新幹線訴訟も同じで、差止裁判は負けたけれど、敗訴後のたたかいで国鉄と原告団は協定を結び、スピードダウン、周辺の環境対策の実現ということで、騒音・振動の差止要求を実現した。

「勝つ」ことの意義しっかりつかもう

 裁判に一喜一憂し、裁判に勝たなければ絶対ダメなのか。勝った方がいいに決まっています。でも、裁判がすべてではないんだ。けっこう公害闘争は負けているんですが、負けたから終わりではなくて、しつこく行政闘争をやるし、地方自治体闘争をやる、勝利するまでやるのです。
 だから私たちは、絶対負けないんです。勝つまでたたかうからです。その勝ち負けの基準を裁判だけで私たちは決めていない。要求が実現したときは勝ちです。
 ちなみに私たちは、勝利解決した今でも、10年以上にわたって川崎公害のとりくみで、仝害の根絶、被害の救済、4超再生とまちづくりを3本の柱としてたたかいを継続しています。
 これは私のスローガンですが、川崎公害裁判では支援を訴えてたたかった以上、要求実現まで「解散しない原告団・弁護団」、「解散できない原告団・弁護団」と言っています。
 今の情勢は、国や国家的事業を相手にしたり、非正規雇用の大企業相手の裁判は、一定の困難性をもっています。しかし、「勝つ」ことの意義をしっかりとうけとめ、がんばり抜いていきましょう。

岐阜・小池代読裁判 市へ賠償命じる勝訴判決 名古屋高裁  

 発声が困難になった、岐阜県中津川市の元市議の小池公夫さんが、市議会で代読による発言を求めたところ、パソコンの音声変換ソフトなどを使った発言を強制されたため、参政権の侵害と障がい者に対する差別で損害賠償を求めている小池代読裁判で5月11日、名古屋高裁(渡辺修明裁判長)は、市に対して300万円(一審は10万円)の賠償を命じる原告勝訴判決を言い渡しました。
 判決は、表現の自由と参政権という「議員として最も基本的、中核的な権利」が侵害されたとして、市に対して慰謝料を支払うよう命じました。弁護団は、小池さんが求めていた議会での発言を保障しなかったことを重大な違法行為と認定したことは高く評価でき、判決で「健常者である議員の発言方法を制約する場合とは異なる配慮が必要」と、障がい者に対する配慮を求めていることが評価できるとしました。
 その一方、障がいを持つ議員の発言方法として、代読という手段を主張した小池さんの自己決定権については、議会の自主性・自律性に委ねられるとし、明確な言及を避けました。
 小池さんは、「障がいを持つ人が主権者として自分のことは自分で決め、障がいを持たない人と同じように生きていけるということを明確に判断してほしかった。私は議員である前に障がいを持つ人間です」と思いを述べました。

滋賀・JR山科京都駅間痴漢冤罪事件 検察・弁護団が冒頭陳述  

 JR山科京都駅間痴漢冤罪事件で4月24日、京都地裁で第2回公判がおこなわれ、検察側と弁護側双方が冒頭陳述しました。
 検察は、柿木さんが痴漢行為をしたのを2人の警察官が目撃したなどと主張し、警察官を証人に立てる方針を示しました。弁護団は、ぎゅうぎゅう詰めの状態では目撃が不可能で、警察官の不自然な動きを目撃していた証人を立てて冤罪を明らかにするとの方針を示しました。証人尋問や論告求刑、最終弁論まで、今後の公判日程が決定し、山場を迎えることになります。
 この日の法廷では、弁護団作成の再現DVDが再生され、目撃したとされる警察官からは、柿木さんの掌(てのひら)が被害者の臀部(でんぶ)に触れるかはまったく見えないことが明らかとなりました。(府版より)

埼玉・介護ヘルパー窃盗冤罪事件 最高裁が不当決定  

 埼玉・介護ヘルパー窃盗冤罪事件で最高裁第2小法廷(須藤正彦裁判長)は、4月26日付けで上告棄却の不当決定をしました。
 この事件は、NPO法人に所属し訪問介護のヘルパーをしていた安澤篤史さん(埼玉県在住)が、都内の全盲の利用者からキャッシュカードを盗み、現金3万円を無断で引き出したとされ、逮捕・起訴されたものです。
 一審の東京地裁は、被害者の証言を鵜呑みにし、どのように犯行がおこなわれたのか明らかにせず、被害者の証言の間違いや矛盾などを精査しませんでした。被害者の主張は正しいと決めつける一方、安澤さんの無実を証明する証拠には触れず、「反省が無い。ヘルパーの立場を利用した悪質な犯行」とし、懲役1年の実刑判決を言い渡しました。
 二審から支援要請をうけて国民救援会が支援をしてきましたが、東京高裁は、2回の公判で控訴を棄却。最高裁でたたかわれていました。
 最高裁の決定理由は、「上告趣意は、事実誤認の主張であって、上告理由にあたらない」とする、裁判官全員一致の判断です。
 国民救援会中央本部と、埼玉県本部、東京都本部は、この決定を「弁護団の重大事実誤認の指摘を受けとめることなく、合理的理由を示さない不当な決定」として批判するとともに、最高裁への抗議を呼びかけています。
〈抗議先〉〒102―8651 東京都千代田区隼町4―2 最高裁第2小法廷・須藤正彦裁判長

「国際人権」ってなあに? かけがえのない人権の宣言  

 国民救援会は、日本国憲法とともに世界人権宣言を羅針盤として活動しています。
 では、この世界人権宣言は具体的には何を宣言しているのでしょうか。「宣言」の前文は次の言葉ではじまります。
 「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である…」。
 ここでいう「固有の尊厳」とはどういう意味でしょうか。

人権保障は国際社会全体の課題

 それは、私たちは生まれながら、一人ひとりに人間としての尊厳がそなわっており、あなたも私も、永遠の時間のなかでたった一度だけ生まれ、この宇宙のなかにただひとつしかない命であり、すべてのひとが等しく、人類社会の構成員の一人として尊い存在であるということを述べているのです。
 「譲ることのできない権利」とは、そのひとの人権はそのひとだけにしかなく、他のひとと交換できないということ。たとえ、まだ名前もつけられていない赤ちゃんでも、命と同時に授かった人権をもっているのだということです。
 ひとことで言うと「宣言」は冒頭で、人権とは、かけがえがないものであると説いているのです。
 そして、この人権を守らなければ世界平和もありえないこと(平和と人権の不可分性)、それゆえに人権保障は国際社会全体の課題であることを確認しているのです。

人権全般にわたる全30条の条文

 前文は続いて、自由で、恐怖と欠乏のない世界こそが人びとの最高の願いであり、国連加盟各国が、「人権の普遍的な尊重及び遵守(じゅんしゅ)の促進の達成」を誓約したことを確認します。
 そして、この宣言が「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」であることを公布して締めくくられています。
 「宣言」は、人はみな、生まれながらに自由・平等で、生命と身体の安全が保障されること(自由権)、健康で文化的、人間らしい生活をおくる権利をもつこと(社会権)などを記した人権全般にわたる全30条の条文で構成されています(全文は『救援学校テキスト』を参照)。

世界人権宣言は人類の理性の到達点

 「宣言」の採択では一部の国が棄権・欠席しましたが、反対する国は一国もありませんでした。
 また、植民地で採択に参加できなかった多くの国が、その後、独立したときに、「宣言」の内容を憲法に採りいれました。
 世界人権宣言は、文字通り普遍的な人類の理性の到達点であると言えるでしょう。
 人類は、今日に至るまで言語に絶する人権侵害をくりかえしてきました。その犠牲を悼み、教訓に学び、地上のすべての人びとの人権保障を国際社会全体の課題と認識して、全人類共通の基準を宣言したのは人類史上はじめてのことで、とりわけ、この「宣言」に国家の責任を明記したことは画期的な意義があります。

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