日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

12年4月25日号

12年4月25日号  

国公法弾圧2事件 最高裁勝利へ 署名15万突破  

 国家公務員の政治活動を全面的に禁止している国家公務員法は憲法違反と最高裁に訴えている国公法弾圧堀越事件(堀越明男さん)、世田谷国公法弾圧事件(宇治橋眞一さん)。「全国の声を最高裁に届けよう」と4月12日、世田谷事件の上告趣意補充書の提出とあわせ、最高裁への要請行動と衆議院議員会館で報告集会が開催されました。当日は8都県本部から65人が参加しました。(関連記事2面)

 満開の桜のもと、最高裁正門で、上告趣意補充書提出の激励行動がおこなわれました。
 まず国民救援会の鈴木亜英会長があいさつしました(別項)。続いて弁護団が紹介され、堀越さんと宇治橋さんが決意を表明しました。
 堀越さん「みなさんのご支援のもと元気にたたかってきました。猿(さる)払(ふつ)最高裁判例を覆すたたかいです。勝つことだけを目標に頑張っています。違憲判決を勝ちとれるようみなさんの熱いご支援をよろしくお願いします」
 宇治橋さん「訴えているのは『いまたたかわないでどうするのか。判決が出てからでは遅い』ということです。この事件は国公法を使った国民の言論活動への弾圧です。なんとしても勝利したいと思います」
 参加者は、上告趣意補充書の提出のため、正門から入る弁護団を拍手で激励しました。
 つづいて最高裁への要請行動に移り、署名を提出し、要請しました。この1カ月間に集まった5937人分を提出し、15万を突破して15万5153人分となりました。
 その後、衆議院第2議員会館で集会を開きました。集会には、日本共産党の田村智子参議院議員が駆けつけ、連帯のあいさつをおこないました。続いて、菊池紘弁護士が講演をおこない、「最高裁で言論・表現の自由を守る判決を勝ちとれば事態は大きく変わります。この国の民主主義の大きな前進、そして言論活動に公安警察が介入するようなあり方を改めさせることができる」と裁判勝利の意義を語りました。
 集会では、各地のとりくみが報告され、最高裁での勝利にむけて決意を固め合いました。

勝利めざし全力尽くす 国民救援会会長 鈴木亜英  

 国公法弾圧2事件は極めて大事な事件であり、国民救援会は文字通り全力で支援をしています。
 弾圧を許す国公法のような法律があることが問題であり、それを猿払判決が支持をしている。審理を大法廷に回付して、猿払判決を覆すということが大事です。
 私たちが頑張れば、状況を切り開くことができます。この事件で勝利することで、民主的な社会をもっともっと強固なものにできます。
 国民救援会は全国で約10万人分の署名を集めて頑張っていますが、状況に見合うような情勢をまだ作り出せていません。国民救援会は春・夏にかけて頑張り、勝利判決を勝ちとるために全力を尽くすことを表明し、あいさつを終わります。

事件学び運動を広げたい 報告集会の発言  

 国公法弾圧事件の報告集会で、各地の国民救援会の参加者からの発言(要旨)を紹介します。

自由にもの言える
職場にするために
 群馬・兼松 進さん
 群馬では、この事件を私たちの問題だと考え、事件が起きた時、そして今年の2月に学習会をおこないました。署名が大事だと、会員数を上回る970人分の署名を集めました。
 この事件は、公務員だけの問題ではありません。私は元東電の職員で、職場に表現の自由がなく、原発に対して危ないよと職場で言うと攻撃をされた。福島第一原発事故からも、公務員や大企業だけでなく、どこの職場でも自由にものが言えることが一番大事なことだとつくづく感じました。

違法は警察・検察
正義のたたかい
 愛知・竹崎義久さん
 15万署名ではまだ不十分だと思います。20万目標を掲げていますが、一つの通過点に過ぎません。愛知では全体の1割ぐらい集めています。
 8年前に堀越さんの守る会が発足し、2年後に東三河の会を結成。その後、守る会を世田谷事件と一緒に「言論弾圧を許さない会」に改組し、とりくみを進めています。県本部大会、支部大会などにお2人を招いての学習会や、支部での現地調査もおこないました。
 この事件は、市民の当たり前の生活を司法が守るかどうかが問われています。違法なのは、警察と検察なんだということを突きつけていく、正義のたたかいだと考えています。

事件を知ろうと
各支部で学習会
 千葉・岸田 郁さん
 中央での共闘会議結成を受け、千葉ではいち早く実行委員会を立ち上げました。この間、実行委員会主催の学習会も何度かおこなうことができましたが、署名のとりくみに反映させることができていません。
 ですが、ここ数カ月、国民救援会として各支部が事件当事者の話を直接聞いて元気をもらいながら実態を知って運動を進めようと、堀越さん、宇治橋さんを招いて、学習会にとりくんでいます。
 3、4月には、各地で3回の学習会をおこない、一番直近では、先週の日曜日、宇治橋さんを招き支部で学習会を開きました。今日の発言を聞き、さらに頑張りたいと思います。

全国行動にあわせ宣伝 岡山  

 岡山県本部は4月12日、最高裁要請全国行動にあわせ8支部が街頭宣伝をしました。県本部は岡山駅前で、7人が参加しビラ300枚を配り、署名15人分を集めました。
 ビラを受け取った人からは、「公務員といえども休日に何をしても自由なのに」との感想が聞かれました。また、「公務員が特定の政党の活動をしていたら中立でなくなる」と言う人に、「休日に、職務に関係ないことでも拘束されますか」と尋ねると、「休みの日に何をしてもとやかく言われることはないなー。この裁判はその点ではおかしい」と納得されました。(県本部)

世田谷事件上告趣意補充書 具体的事実の検討を  

 世田谷事件弁護団は最高裁に2つの補充書を提出しました。
 1つ目は、「日の丸・君が代」裁判で最高裁が1月に出した判決の考え方に従っても、宇治橋さんを有罪とした東京高裁判決は破棄されなければならないというものです。
 東京都の公立学校で、「日の丸・君が代」を起立・斉唱しないと1回目は戒告、2回目は減給など段階的に処分するとの条例にもとづき処分された教職員が「不当だ」と訴えました。これに対し最高裁は懲戒処分について、不起立や斉唱しないことについて、どんな動機で、どんな行動をとり、それがどう式典に影響を与えたのかなど、具体的に認定したうえで、減給処分は裁量権の逸脱だと判断しました。
 ところが、猿払判決は、刑罰を科すかどうかの判断にあたって、高級官僚か一般事務の公務員かなど職務の違いや裁量権の及ぶ範囲などを問わず、また、どんな弊害があったのかについても問わない、つまり具体的事実についてなんら検討する必要はないとの立場です。
 しかし、「日の丸・君が代」事件の判決(極めて不十分な判決ですが)に照らしても、堀越さんや宇治橋さんの行為についても具体的な事実を判断すべきであり、休日に一市民としてビラを配ったことが、何ら行政の中立を損なっていないなどの事実を検討すれば無罪判決しかない、と補充書で主張しています。
 もう1つは、カナダの最高裁の、公務員の政治活動を規制していた法律が憲法違反であるとする判決から、猿払判決が国際的な人権水準から照らしても維持できないことを明らかにしたものです。

シンイチとアキオ めげない、諦めない、立ち止まらない  

 「シンイチとアキオ」。まるで、布川事件のドキュメンタリー映画「ショージとタカオ」のような題名です(笑)。もちろん、シンイチとは宇治橋眞一さん、アキオとは堀越明男さんのことです。
 「シンイチは背が低いけど、アキオは大男。シンイチは冷静な口調だけど、アキオは意気揚(よう)々(よう)な話っぷり。シンイチのおしゃれはサングラスで、アキオの場合はカラフルなネクタイ。何かにつけて2人は対照的」そんな宣伝文句が浮かんできます。
*   *
 映画「ショージとタカオ」は、ありのままの桜井さんと杉山さんを映し、2人の身に起きた真実を伝えました。そして2人への共感や親しみを生み、冤罪を自分の事にしてくれました。2人の息づかいを感じるたびに、「めげない、あきらめない、立ち止まらない」生き様が私たちの財産になる。
 ある時、国公法弾圧2事件の2人にもあてはまると思いました。2人の訴えを聞いて、強烈な個性が会場で「せめぎ合う」ところにおかしさを覚えて勇気をもらったという人、結構いるのではないでしょうか。
 そんな私から見た2人の姿とは…。
 アキオさんは高らかに昔話をする、シンイチさんはニコニコしながら私にツッコミをする、ごくごく普通のオジサンです。ときにたたかいの厳しさや人生のストーリーが見えます。そんな時、「こんな2人のまっすぐな思いが社会に言えないなんて、おかしい!」と私は憤(いきどお)るのです。
*   *
 「国家公務員が休日に職務と関係なくおこなったビラ配りが犯罪にされた」という表現は正しいけれど、「普通のオジサンのビラ配りが逮捕・起訴された」という事実がなかなか伝わらないようです。以前、「(ビラ配りが)住居侵入罪なのは弾圧とわかるけど、国公法はピンとこない」と言われました。特殊な立場ゆえ制約が当然という前提があるようです。「政治活動したいから国家公務員にはならない」とも言われました。ショックでしたが、リアルでした。猿払事件最高裁判決は、それを利用して弾圧法規が合格する判定基準を作り、歪(ゆが)んだ事実認定をしました。表現の自由(私のイメージでは「脳」です)は、一度侵害されると回復がとても困難なものです。命がけで表現の自由を守ろうとしなかった最高裁の覚悟のなさに、怒り心頭です。
*   *
 国公法弾圧を自分事と捉えるには――私は、2人の個性豊かで真(しん)摯(し)な生き様、ありふれた普通のオジサンの姿にあると思います。
 「自分たちと同じく一生懸命生きてきて、世のため人のためと、自身の体験や願いから活動しただけ」と分かれば、人々は心が震えるほどの恐怖と怒りを持ち、更なる力が生まれると思います。
 最高裁が猿払事件判決を見直し、シンイチとアキオの生き様を肯定する違憲無罪判決を書くよう、2人の姿を伝えていきたいです。
(東京都本部・山友代)

たたかい人 滋賀・日野町事件 阪原弘さんの長男 阪原弘次さん  

 逮捕から25年間、無実を叫びながら、裁判のやり直しを求めつづけた滋賀・日野町事件の阪原弘(ひろむ)さん(享年75歳)。再審の願い果たせず、昨年3月に亡くなりました。1年後の今年3月30日、弘さんの妻、息子と娘たち家族は、弘さんの名誉回復のためにあらためて再審請求を申立てました。再びたたかう決意を長男・弘次さんに聞きました。(文責・編集部)

 「酒代欲しさにホームラン酒店(居酒屋)に押し入り、同店店主・池元はつを殺害。現金数万円と古銭、記念メダル類を強取し云々」
 これが父・阪原弘と、私たちの20数年にわたるたたかいの始まりでした。
 10年近くに及ぶ裁判の結果出た判決は、「被告人を無期懲役に処す」。犯行現場、犯行時刻は特定せず「自白そのものでは犯行を認められないが状況証拠等で犯行を認められる」つまり、いつ、どこで殺し、何を取ったのかは分からないが、お前が犯人だと言う無茶苦茶なものでした。それも、元々の訴因(具体的な犯罪事実の主張)では有罪判決が書けないので、裁判所が検察に現場と時刻をぼかすよう指示をし、追加訴因で出した判決です。
 大阪高裁では「目の前に金庫があるのだから欲しくなってもしょうがない」と、盗ったとされる金庫と店にあった別の金庫を混同した上で、状況証拠は信用できないが、自白の根幹部分が信用できると原審を支持してしまいました。
 最高裁で「法令違反や事実誤認はない」と上告が退けられ、父の有罪が確定しました。

裁判の度、帰り支度を

 滋賀の拘置所にいる時、刑務官が話してくれたのですが、公判が開かれるたびごとに父は、自分の荷物をまとめて帰り支度をした上で裁判に出廷していたそうです。裁判官が、「お前はやってないさかい、帰りなさい」と言ってくれると、父は思っていたのです。
 一昨年末、ほぼ危篤状態で収容された広島の病院でも、この病気を治したら自分の故郷へ家族の待つ家へ帰れるんだ、普通の生活に戻るんだと言う強い思いで、辛い治療にも耐え頑張っていました。
 朦(もう)朧(ろう)とする父に、「父ちゃん全部おわったんやで。病気終わったら滋賀へ帰れる。みんなでこれまでの人生、取り返そな」と声をかけると、泣きながらうなづいていました。20数年という長い拘禁生活も、自分の無実を晴らして家に帰るという、普通だったらごく当たり前のことを最高の夢にして、ともすればくじけそうになる自分の支えにして耐えてきたのだと思います。
 痰(たん)をのどに詰まらせ呼吸困難になり、症状が急変しました。医師の先生からは植物状態になったと告げられました。でも、看護師さんが痰を吸い取るとき、父は身体をのけぞらして苦しい表情をし、手を動かすのです。先生は意識はないというが、私たちはそれが信じられませんでした。「意識ありますよね。喋れないだけですよね」何度も先生に確認しました。

「楽になってええねで」

 父は亡くなりました。次女があまりにも辛そうな父を見て「父ちゃん、もう頑張らんでもええねで、楽になってもええねで」と声を掛けたときスーッと息を引き取ったそうです。
 父が何をしたと言うのでしょう、何を証拠にあまりにも長い拘禁生活を父に強いてきたのでしょう。本当ならもっと早くに無罪判決が出ていたはずだと今でも思います。犯行の時着ていたとされる作業服についていたホームラン酒店の滞留微物はどこにでもあるものだと分かり、店内から消えたとされる現金や古銭記念メダル類は無くなっていない事が判明しました。アリバイもインタビューで、父が来ていたことを示唆する内容の証言も取れました。何よりも、父の証言通りでは殺害など出来ないという検証結果も出ました。この事件は扼(やく)殺(さつ)ではなく絞(こう)殺(さつ)であるとの結果報告もあります。じゃあ、父は何のために、おばあさんを殺したと言うのでしょう。父が殺害などしていないと言う状況証拠が揃う中です。酒代欲しさに同店に侵入、殺害し数万円の現金と古銭記念メダルなどなど、検察の言うものはどこへ消えたのでしょう。
 私たちは、父の遺骸を前にして「父ちゃんよう頑張ったな、もう何も辛い思いをする事はないんやで、これで楽になれるんやで、ゆっくり休みや」と、それぞれが声を掛けていました。この数カ月の看病で、父の思いや辛さ、頑張りを強く感じ見てきたからです。

抑えられない怒り

 葬式が終わり、父の居ない寂しさ、辛さに耐えている自分がありましたし、家族の笑いの中にどこか寂しさも感じられました。ただ、父の遺影を見たとき、父の事をふっと思い浮かべた時、父の無念を考えた時、私たちの体の中から沸々と浮かび上がってくる抑える事の出来ない怒りがありました。
 父はこんな事になる人ではなかったんです。こんな事に巻きこまれるべきではないんです。父の無念を晴らすため、この怒りという呪縛から自分たちを解放するため、もう一度たたかいます。家族一丸となって。そして全てが終わった時、父の墓前に家族みんなでお参りに行きます。

〈激励先〉〒527―0038 東近江市聖徳町4―14 全教・滋賀湖東第一教組気付 えん罪・日野町事件再審を求める会

日野町事件 1984年12月、滋賀県日野町で酒小売店の女店主が殺害され、手提げ金庫が盗まれた事件。事件から3年後、阪原弘さんがウソの「自白」をさせられ、逮捕、起訴された。一審の大津地裁での審理の終盤、裁判官が担当検察官に働きかけ、検察に訴因変更をさせる。犯行場所を「店内」から「日野町内及び周辺」に、犯行時刻を、「午後8時40分」から「8時過ぎから翌朝まで」に変更した。裁判所は、随所で客観的事実に反する「自白」を信用できないとしたが、状況証拠によって有罪を認定できるとして無期懲役判決。二審の大阪高裁では、状況証拠のみでは有罪とできないと判断しながら、一審が否定した「自白」を「信用できる」と認定。証拠に対する評価が大きく違っていながら、最高裁は「事実誤認はない」と上告を棄却した(2000年)。01年に大津地裁に再審請求するが、06年に請求棄却。大阪高裁での即時抗告中の11年3月に阪原さんが亡くなり、裁判所が手続終了を決定していた。 [#j8c74ce5]

自衛隊監視差止訴訟 判決のポイント 内藤功弁護士に聞く  

 3月26日、自衛隊監視差止訴訟で、仙台地裁は自衛隊による国民監視は違法と断罪しました。弁護団の一員で、国民救援会顧問でもある内藤功弁護士に、判決のポイントを聞きました。

 まず、会員の皆さんが、裁判の傍聴、署名や宣伝などで、非常に力を発揮されたことに感謝申し上げます。
 この判決は、非常に困難な事件で突破口を切り開き、一定の成果を獲得しました。今後その突破口を広げて、成果をさらに大きく拡大するというたたかいが控訴審にむけて、裁判でも運動でもおこなわれると思います。

―国は内部文書の存在について否定も肯定もしませんでした

 中心的な証拠書類に対して、認めるのか認めないのかは、裁判の入口で当然にやるべきことです。被告国側の態度は、全く道理のないものでした。
 当初国は、情報保全隊は違法なことをしていないのだから、内部文書の認否は必要ないとしました。理解に苦しむものです。国がかたくなに認否を拒むので、裁判長は認否を促しました。そうすると国は、「認否をすると、情報保全隊の秘密を漏らすことになる」としました。暗に監視行為をやったことを認め、内部文書があるけれども、そのことを言ってしまうと情報保全隊の秘密が漏れてしまうので言えないと、「言わない」から「言えない」と変化し、おかしな話しとなりました。
 国の不誠実な態度に対して、判決では、自衛隊しか知り得ない情報が書かれ、文書の形式が防衛省の文書形式に関する訓令に合致していることから総合して、東北方面隊情報保全隊長など情報保全隊が作った文書だと認定しました。また、この文書が存在していることを明確に認めました。
 これはこの裁判での大きな争点であり、これを獲得したことが画期的だと思います。

―人格権の侵害を認めました

 判決でもう一つの画期的な点は、この種の裁判では初めて人格権の定義を明らかにしたことです。判決文で「自己の個人情報を正当な目的や必要性によらず、収集あるいは保有されないという意味での自己の個人情報をコントロールする権利は、法的に保護に値する利益として確立している」としています。憲法という言葉は使っていませんが、憲法の人権尊重という観点に立ったものであることが認められ、思想信条の自由というものを、重視した判決だと言えます。
 今後、情報保全隊の活動をチェックし、人権を守るうえで大いに活用していくべき判決だと思います。

―監視行為の差し止めを認めませんでした

 差し止め請求について却下をしたことは、非常に不当なことだと思います。
 情報保全隊の活動について、違法だと裁判所ははっきり言っています。ならば、賠償の対象となった、違法収集行為については、同じような行為は将来もやってはいけないということになって、初めて論旨が徹底するわけです。

―控訴審での争点は

 個人的な見解ですが、却下をされた情報保全隊による監視活動の差し止めを認めさせ、原告全員の人格権の侵害を認めさせていくことです。
 そして、情報保全隊の実態を明らかにするために、保全隊の責任ある幹部の証人喚問を実現させ、一審判決で、真の原本は存在するとした、情報保全隊が持っている文書を提出させることです。
 その他にも、憲法の思想良心の自由、結社の自由、言論の自由、プライバシー権、平和的生存権などをさらに充実させた判決を求めるなど、課題がいっぱいあると思います。

―今後のたたかいは

 自衛隊の国民監視活動をやめさせるためには、裁判所の厳正な審理だけではなくて、国会や地方議会、国民的な宣伝など、立体的・総合的なたたかいのなかで裁判は進んでいくだろうと思います。
 監視活動をやめさせるためには、差し止め判決だけではなく、国会と国民運動が監視をしていかなければいけません。
 国民監視は許さないという多くの国民の声があることを裁判所に知らせることが非常に大事なことです。
 国民救援会の会員の皆さんにお願いしたいです。

「国際人権」ってなあに?  

いま、なぜ国際人権なのか?

 国際人権を事件支援に活かすため、国民救援会国際問題委員会による連載を紹介します。
 「私の事件のとき、最高裁は『公選法は自由権規約に違反しないと解される』と一言述べるだけで、なぜ違反しないのか全く説明がなかった。今度こそ自由権規約の解釈を示して欲しい」――1986年の公選法弾圧事件をたたかった広島の祝(ほうり)一行さんは、国公法弾圧2事件の最高裁要請でこう語りました。たしかに数々の公選法事件が国際自由権規約を掲げて最高裁に判断を迫りましたが、最高裁は規約に言及はしても中身には踏み込まないのが常でした。
 しかし、そのかたくなな最高裁が、初めて国際人権を肯定的に活用する判決をだしました。「国籍法違憲訴訟」大法廷判決です(2008年6月4日)。

最高裁が国際人権を活用!

 法律上の結婚をしていない日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた子、いわゆる婚外子について、日本国籍を認めない国籍法の規定は憲法違反だと訴えたこの裁判。
 最高裁は、日本が批准した自由権規約や子どもの権利条約でも「児童が出生によっていかなる差別も受けない」と規定していることや国際化の中で親子・夫婦のあり方が多様化していることに言及し、国籍法の規定は憲法14条(法の下の平等)に反し、婚外子への不合理な差別だとして違憲判決を出したのです。
 そしてその2年後、国公法弾圧堀越事件で東京高裁は「わが国の国家公務員への政治的行為の禁止は、諸外国と比べ広範なものになっている。グローバル化が進む中で、世界標準の視点などからも再検討される時代が到来している」と述べ、逆転無罪判決を出しました。
 いま、国際人権の風が裁判所にも吹き始めました。この動きを一過性のものにさせないことが大切です。

変化を促した30年の蓄積

 何がこうした変化をつくってきたのでしょうか。
 国際人権条約である自由権規約と社会権規約の2つが日本で効力をもったのは1979年。それから30年、日弁連や人権NGO、学者・法律家がそれぞれの立場から日本の人権状況を国際水準に近づけるための努力を重ねてきました。裁判でも国際人権を活用した弁論が展開され、自由権規約委員会をはじめ国際的な人権機関にNGOから日本の人権状況が報告され、日本政府に改善を求める勧告がおこなわれてきました。
 国民救援会も1991年、ジュネーブの国連人権委員会に緒方宅電話盗聴事件「究明する会」や、公選法事件関係者とともに代表を派遣したのを皮切りに、20年にわたって国連や人権条約機関に日本の遅れた人権状況を訴えてきました。
 こうした努力の蓄積によって、国際人権の風が司法にも吹き始めたのです。

学んで、活かそう国際人権

 国民救援会が2006年の第53回全国大会で綱領を改定し、「憲法と世界人権宣言、国際人権規約を守り、生かして活動」することを確認したのも、国際人権を大いに学び、より主体的に変化を促進する立場からでした。
 国際人権はどうして生まれ、どんな内容で、どう活かしていくのか――次回から連載で解説します。

三重・名張毒ぶどう酒事件 10万人署名まであと6005人分  

 6月までに再審の可否の判断が予想されている名張毒ぶどう酒事件で、再審開始決定から7年、差し戻しから2年となる4月5日に、名古屋高裁前で「待ったなし」宣伝行動がおこなわれ100人が参加しました。
 はじめに阪本貞一愛知県本部会長が、「すでに入れられた農薬は科学的にも奥西勝さんの自白と違うことが明らかとなった。司法が裁かれていることを自覚して再審開始決定をただちにおこなえ」とあいさつしました。
 奥西さんの特別面会人の稲生昌三副会長は、「奥西さんは裁判所を恨むのではなく、裁判所が無罪判決を出さない限り、自分は救われないといっている」と訴えました。
 熱田支部の長澤やよいさんが「どうか最後になるやも知れない、最後のご支援を心よりお願いします」との、奥西さんのメッセージを読み上げ、愛知守る会の杉原祥子さんは、「無実の人を半世紀以上も苦しめる、こんな非人道的なことは許せません。冤罪だと知ってしまった者の責任として、奥西さんを救うまで頑張りたい」と話しています。
 最後に参加者全員で裁判所に向かって「名張事件の再審を、今すぐ開始せよ」「無実の奥西さんを、今すぐ釈放せよ」とシュプレヒコールをあげました。

桜のチラシで支援アピール

 尾北支部は4月6日から8日の3日間、連続で署名行動をおこないました。
 ドラマ「功名が辻」で一躍脚光を浴びた山内一豊ゆかりの地・岩倉市の五条川の千本桜に大勢の花見客が訪れるなか、「名張事件の一日も早い再審開始を」と書かれた横断幕を掲げ、桜の花の形をしたピンク色の事件チラシを配布し、10人近くの会員が署名の協力を訴えました。
 3日間で名張事件151人分、福井女子中学生殺人事件23人分、国公法弾圧事件50人分を集めることができました。天候にも恵まれ足を止め署名に応じる人や、「奥西勝さんは今年86歳、事件発生から51年が経ちました。無実の冤罪犠牲者を助けてあげてください!」の訴えに「まだ終わっていないのか?」「裁判が長すぎる」「がんばってください」などの声が多く寄せられました。10万人署名に向けてあともう少しと、春風の強い中でしたが、支部が一丸となって署名にとりくもうと励まし合いました。

雨にも負けず5時間の行動

 花見客でにぎわう名古屋市昭和区の鶴舞公園で4月9日、名張毒ぶどう酒事件の「お花見宣伝行動」がおこなわれ、5時間の行動で569人分を集めることができました。当初5時間で500人分を目標としていましたが、雨の中最後まで粘って、超過達成することができました。
 (再審開始をめざすニュースより)

大阪・泉南アスベスト国賠訴訟 2陣判決で勝訴  

 大阪府南部の泉南地域のアスベスト健康被害をめぐる集団訴訟(第2陣)について3月28日、大阪地裁(小野憲一裁判長)は、被害者33人のうち29人に約1億8000万円の賠償を命じました。
 判決では、アスベストの粉じんが飛散する屋内作業場に排気装置の設置を義務づけなかったことは違法であるとして、国の責任を認めました。
 原告団と弁護団、支援団体は声明を発表。国が2陣訴訟で、再び責任を厳しく断罪されたことを真(しん)摯(し)に受け止め、被害者に謝罪をするよう求めています。また、最高裁に係属している1陣訴訟を含めた被害者全員の早期救済に国が応じるよう強く求めています。

大阪・近大泉州高校争議 解雇無効が確定  

 大阪・近大泉州(元・飛翔館)高校不当解雇撤回裁判で3月21日、最高裁が学園側の上告を棄却したため、大阪高裁での解雇無効の判決が確定しました。
 解雇無効判決の確定を受けて、原告は学園に対し、解雇を撤回し原職に復帰させ、争議の責任を明らかにし謝罪するよう団体交渉を申し入れました。
 団体交渉で学園側は、当初原職復帰に難色を示していましたが、その後謝罪をし、現職復帰を認めました。

兵庫・井筒公選法裁判 上告せず、裁判終結へ  

 2009年の衆議院選挙で、井筒高雄加古川市議(当時)の「活動報告」が郵送されたことが公職選挙法違反として起訴された井筒公選法裁判で3月9日、大阪高裁は原判決を破棄し、罰金50万円、公民権停止3年の不当判決を出しました(4月5日号既報)。
 その後、当事者の井筒さんは家族と相談した結果、有罪判決は不当ではあるが、公民権停止の短縮を勝ちとり、次回選挙で政治活動に復帰できる可能性もあることを受け、上告せず裁判を終結することになりました。
 井筒さんは、「すべての市民が不安を感じることなく、『自由な政治活動、選挙活動』をできる仕組み作りに尽力していきたいと思います。上告を進言していただいた、国民救援会兵庫県本部をはじめ、全国の救援会員のみなさま、井筒前議員を救援する会のみなさまなど、多くの支援者の方がたには、たいへん感謝をしております」とお礼を寄せています。

兵庫 事件当事者の交流会開く  

 国民救援会兵庫県本部事件対策会議は3月3日、「兵庫県事件関係者交流懇談会」を開催し、事件の当事者や家族、現在調査中の事件の家族や守る会から26人が参加しました(写真)。
 えん罪西宮郵便バイク事件の鵜飼晴行さんは、「警察、検察のでたらめはみんな共通」。えん罪神戸質店事件の緒方秀彦さんのご両親は、「支援する会の結成はすごく頼りになります」と話しました。
 支援者からは「事件はみんな親類。励ましあおう」「夏の救援会全国大会には全国の仲間が集まるから参加して」と発言。大日岳訴訟をたたかった金増さんは、「みんな、あきらめたらあかんで」と元気づけました。(県版より)

個人通報制度の実現を 集会に250人  

 4月5日、東京・霞ヶ関で日弁連主催、国民救援会などのNGOの共催で、「今こそ、個人通報制度の実現を!大集会」が開かれ、250人が参加しました。
 集会は、国民救援会など6つのNGOが個人通報制度の実現に関して報告。国民救援会からは濱嶋隆昌中央常任委員・国際問題委員会委員が、言論・表現の自由を求めてたたかっている国家公務員法裁判と公職選挙法裁判のたたかいを紹介し、公選法裁判については最高裁までたたかいながらもなお救済されない人たちがたくさんおり、日本が個人通報制度を批准するために力を尽くすことを報告しました。
 集会で、安藤仁介元自由権規約委員長は、「就任中、日本が個人通報制度を批准していないことにずっと恥ずかしい思いをしていた。一日も早く実現しなければならない」と述べました。

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