日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

12年2月5日号

12年2月5日号  

すべての事件で狆〕の年瓩 最高裁要請行動  

 最高裁の姿勢は、全国の裁判所に大きな影響を与えます。この最高裁を「憲法の守り手」の立場に立たせ、裁判に勝利しようと、多くの事件関係者がたたかっています。1月18日には、今年初となる第197次最高裁統一要請行動と新年会が開かれ、「今年を勝利の年に」と決意を固め合いました。

「最高裁は人権守れ」
10事件40人が要請・新年会

 2カ月に1度おこなっている最高裁統一要請行動。この日は、最高裁に係属する10事件の当事者、支援者、国民救援会のメンバーなど40人が全国から参加しました。
 参加者は寒風吹くなか、早朝から最高裁の門前で職員にビラを配り、支援を呼びかけました。
 宣伝行動ではまず、国公法弾圧2事件の当事者、堀越明男さんと宇治橋眞一さんが訴えました。宇治橋さんは、「私の事件と堀越事件は、単に国家公務員が政治活動をして、国公法違反に問われたという現象的な問題だけでなく、最高裁が憲法に保障された国民の言論・表現の自由に対してどう考えているのかが問われている裁判です。公安警察・検察による言論弾圧に、最高裁がお墨付きを与えるようなことは許せません」と訴えました。続いて、冤罪事件などの事件関係者、不当解雇や労災・職業病で会社の人権侵害を訴える労働者、戦没者の妻国賠訴訟の原告の家族などが次々とマイクを握り、「最高裁は憲法にもとづき国民の人権を守れ」と訴えました。
 宣伝後、刑事事件、民事・労働事件に分かれて最高裁に署名を提出し、要請をしました。

「たたかえば勝てる」
貴重な成果・前進を確信に

 要請行動の後、毎年恒例の新年会がおこなわれ、23人が参加しました。
 事件関係者からは「今年をぜひ勝利の年にしたい」と、意気高い抱負が述べられました。
 昨年は、最高裁統一要請行動に参加していた、委託労働者の労働者性を訴えた新国立劇場八重樫裁判やイナックスメンテナンス裁判や、上段(うえんだん)過労自殺裁判で勝利判決を勝ちとりました。また、各地の裁判でも、オヤジ狩り国賠裁判での勝利、足利、布川事件につづき福井女子中学生殺人事件の再審開始決定や、検察がもつ証拠の開示や鑑定により相次いで無実が明らかになるなど前進を勝ちとりました。不当な判決も出されるなかで貴重な前進を勝ちとってきたことが、「たたかえば勝てる」との参加者の確信にもなっています。
 国民救援会中央本部の鈴木猛事務局長はあいさつで、「近年、最高裁がいくつかの違憲判決を出し、学者の間でも最高裁の変化が注目されています。これは、皆さん、そして先輩のたたかいによるものです。また、国民が裁判に参加する裁判員裁判によって、最高裁の裁判官のなかに国民が納得できる判決を書かなければいけないという意識が強まっていると思います。裁判官がこれまでになく詳しい補足意見や反対意見を書いているのもそのあらわれです。それだけに、事実を積み重ねて、裁判官を説得することが必要です。勝利めざし、ともに頑張りましょう」と述べました。
 参加者は、持ち寄った地元の珍味や手料理を味わいながら、和気あいあいとした雰囲気のなか、最高裁でのたたかいをともに頑張ろうと決意を固くしました。
 なお、この新年会で2人が入会しました。

滋賀・JR山科京都駅間痴漢冤罪事件 柿木浩和さん(49)無罪勝ちとり教壇へ  

痴漢された「被害者」に自覚がない、犯行を誰一人目撃していない――そんな事件で起訴され、人生を大きく狂わされている中学教師がいます。

 「無罪判決を携えて、一日も早く生徒たちのもとに戻りたい」
 1月18日、伊勢神宮に参拝し、手を合わせた中学校の体育教師・柿木浩和さん。ちょうど1年前のこの日、柿木さんは電車内で痴漢をしたとして逮捕されました。
 「身に覚えがない」と否認を貫いた柿木さんは起訴され、休職を余儀なくされました。京都地裁での審理は、期日間整理に付され、まもなく証人尋問、被告人質問(集中審理)がおこなわれ、大詰めを迎えようとしています。

■目撃者なしの「現行犯」

 滋賀から大阪方面に向かう通勤電車のJR琵琶湖線。その日の車内は、遅延の影響で普段以上に混雑していました。柿木さんは、京都駅を過ぎ、空いた座席に座っていたところ、近づいた私服警察官に下車を命じられ、ホーム上で「痴漢の現行犯で逮捕する」と告げられました。柿木さんは混雑した車内で、男女5人の警察官に監視されていたのです。
 身に覚えがないことで、説明すれば分かってもらえると思っていた柿木さん。警察署へ連行され取調室へ入るなり、逮捕した刑事にこう言われました。
 「君と彼女しか分からんことや」
 その言葉に柿木さんは違和感を覚えました。
 「つまり、刑事は私が痴漢をしたところを見てないゆうことなんですよ。それなのに『痴漢したやろ。認めろ、自白しろ』と。『認めなければ、不起訴で釈放されても、出迎える人たちの目の前で、再逮捕で手錠かけたる』言うんです。むちゃくちゃです」
 一方的に「自白」を迫られる柿木さん。「弁護士が来るまで何も話さない」と黙秘する姿勢を示すと、翌日の新聞に実名で報道されました。「現行犯逮捕された容疑者は『何も言えない』と話している」と。まるで痴漢行為の最中に捕まったにもかかわらず、口を閉ざしダンマリを決め込む犯人のような描き方でした。
 暗い留置場の中、卒業を間近に控えた受け持ちの生徒たちのことを案じながら、息が詰まる思いで29日間を過ごしました。

■人違いで尾行され

 警察は、なぜ無実の柿木さんをマークしたのか。実は逮捕の2カ月ほど前、2人の女子高校生の被害相談を受けて警察は捜査を始めました。髭面でジャージ姿という特徴から、体育の授業のためジャージで通勤していた柿木さんを「不審者」としてマークし、10日以上にわたって尾行を続けていたのです。その被害女性は、面割り台帳の中から柿木さんの写真をさして、「白髪交じりの髭が忘れられない」と言い放ちました。
 「ところがね、その痴漢被害があったとされる日。私、卒業アルバムの写真撮影のために、髭そってスーツ姿で通勤しているんです」
 事実、その年のアルバムにはネクタイを締めた柿木さんの姿が写っています。柿木さんを「痴漢の常習者」としてマークした警察がそもそも見当違いをしていたのです
 逮捕時の「被害者」とされる女性も、柿木さんを見ておらず、京都駅で下車して立ち去ろうとしていたところを、追いかけた女性警察官2人に呼び止められ、初めて「被害」に気づいたという状況です。柿木さんの手の微物検査もおこなわれましたが、女性の衣服の繊維は検出されませんでした。
 逮捕の現場にいた警察官の供述も矛盾だらけです。逮捕時、刑事は「犯行を見てない」と言っていましたが、期日間整理手続きで出てきた逮捕時の申述書には、「後ろから見た」となっていました。その後、「右後方から見た」に変わり、検事の前では「頭を入れて覗き込んで見た」と証言したのです。
 「私が持っていたカバンの持ち位置も、現行犯人逮捕手続書では『右』になっていたのに、途中から『左』に変わりました。右にあったら、現認することができないと気づいたからでしょう。でも、ふつう供述が変遷するのは被疑者のほうでしょう。警察が変遷(せん)しているってどういうことでしょう」

■留置場に手紙の山

 留置場には、柿木さんの身を心配する教え子や保護者、友人や家族から、たくさんの手紙が届きました。
 「先生は、私が中1のときの担任です。小学校のとき、やんちゃばかりしていた私を、先生は『あの子を変えてあげたい』と申し出て担任になってくれました。はじめはただの熱血教師とか、うるさいと思っていましたけど、私が苦しいときや辛いとき、喧(けん)嘩(か)したときに先生は誰よりも私のことを支えてくれて気持ちを理解してくれました。まわりの全員が敵になっても、柿木先生だけは、『お前の味方や』と言ってくれました。私は先生のおかげで人の気持ちも考えられるようになり、今の自分があると思います。先生の無実を証明できるなら、証言台に立ちたい」
 逮捕から20日あまりで集められた不起訴を求める署名は8700人分。差し入れられる膨大な数の手紙に目を通した刑事たちの態度が次第に変わってきます。
 「取調べの刑事は、『君は人望がある。君は学校に帰らなあかん』と言ってくれるようになりました。でも、結局は起訴されてしまいましたが」
 支援運動は急速に広がり、柿木さんの無罪判決を求める署名は、1年で1万8千人分を超えて裁判所に提出されました。

■体育で「人権教育」を

 20代のころ、柿木さんは京都の養護学校や中学校で講師をしていました。人を信じられず荒れる子どもたちを全身で受け止め、心血を注いで卒業させました。30代は、養護施設に勤め、子どもたちの親に成り代わって、社会でたくましく生き抜いてほしいと願い、多くの子どもたちを卒園させていきました。42歳で、長年の夢だった教員採用試験に合格。18回採用試験に落ち、19回目のチャレンジでようやく手にした教員の職でした。
 「体育って、苦手な子は人前で恥かくことがあるでしょ。だからこそ、人のことを考える教材やと思ってるんですよ。私は、必ず能力が均等なチームを作って、そのなかで得意な人は苦手な人に教えるよう指導しています。チームワークがよいところ、ともに教えあって伸びていくチームが勝つんやでと教えてます。体育が苦手な子ほど、体育を好きになってほしい。体育を通して相手の気持ちを考えられる場をつくっていきたい。体育で人権教育をしていくというかね。教育で大事なのは、その子の可能性を信じることやと思うんです。不登校の生徒が、私と出会って『学校行けるようになった』とか、『勉強わかるようになった』と言ってくれます。応援してくれる教え子や保護者のためにも、必ず裁判に勝って教壇に戻り、多くの生徒を救いたいと思います」

〈無罪判決要請先〉〒604―8550 京都市中京区菊屋町 京都地裁第3刑事部・宮崎英一裁判長

大阪・東住吉冤罪事件 3月に再審の可否決定 支援を集中し勝利へ  

 1995年、大阪市東住吉区で、青木惠子さん(48)と朴(ぼく)龍(たつ)晧(ひろ)さん(46)が、自宅に火を放ち、保険金目的で娘を焼死させたとして無期懲役が確定し再審請求をしている東住吉冤罪事件で、審理している大阪地裁第15刑事部(水島和男裁判長)は、3月に再審の可否について決定を出すことを言明しています。
 東住吉冤罪事件では、伊藤昭彦・弘前大学教授の監修のもとおこなわれた放火再現実験報告書が昨年6月に裁判所に提出され、朴さんの「自白」にもとづく放火行為が不可能であることが科学的に証明されています。
 国民救援会大阪府本部と「東住吉冤罪事件」を支援する会は、再審開始決定を勝ちとるため、事件現場近くの商店街や大阪地裁前での宣伝行動に集中的にとりくんでいます。
 また、裁判所への要請署名は1月現在で1万7985人分となり、2万人分の目標まであと2000人分ほどとなっており、目標達成のために奮闘しています。
 支援する会は、再審開始決定を勝ちとるため、署名を集め、再現実験が収録されたDVDを使っての学習会の開催、支援する会の会員を増やすことを呼びかけています。緊急に、「再審ひらけ」の声を裁判所に届けましょう。
 署名用紙とDVDについての問合せは、国民救援会大阪府本部筍娃供複僑械毅粥烹沓横隠気泙如
〈再審開始要請先〉〒530―8522 大阪市北区西天満2―1―10 大阪地裁・水島和男裁判長

国公法弾圧2事件 各地で宣伝と学習会  

■東京
 公安警察が、ビラ配りをする堀越明男さん(58)を尾行・盗撮した舞台となった東京・月島で、国公法弾圧堀越事件の中央区守る会が、1月22日、街頭宣伝と署名行動をおこないました。毎月欠かさずおこなっている行動で、2010年10月以来15回目となります。
 マイクを握った堀越さんは、「二審で画期的な無罪判決を勝ちとり、最高裁で最後のたたかいをしている。最高裁に良識ある判断をさせ、裁判所を大きく変える契機にしたい」と力強く訴えました。
 堀越さんの訴えを聞いて署名した50代の女性は、「政治は一部の政党の意思で動いていて、少数意見がなかなか通らない。この事件も、少数意見を尊重する党をつぶそうとするもので許せない」と話しました。
■広島
 「言論弾圧事件(国公法2事件)の勝利判決をめざす広島のつどい」を1月21日、広島市内で、広島県国家公務員労働組合共闘会議、広島県労働組合総連合、自由法曹団広島支部と国民救援会の4団体共催で開催しました。
 「つどい」では世田谷事件の宇治橋眞一さん(63)が講演し、「この事件で勝利することは、今後の言論問題など民主主義のたたかいにおいて重要な意味をもつたたかいなので、どうしても勝利判決を勝ちとらなければいけない」と支援を訴えました。
 つどいでは、1人が救援会に入会しました。(川后宏)
■岡山
 岡山県本部は「新春旗開き」を1月22日におこない、会員をはじめ、国家公務員、地方公務員、教員など31人が参加、宇治橋眞一さんが講演しました。
 参加者からは、「40年前の猿払事件をひっくり返すためにがんばる」などの意見が出され、1月22日現在、3321人分集まっている署名を、一日も早く目標の4000人分にすることを確認しました。
 この旗開きで、会員が2人増えました。(竹原正樹)

名張毒ぶどう酒事件 奥西さんを救おう! 全国で誕生日宣伝  

 三重・名張毒ぶどう酒事件で、奥西勝さん(86)の誕生日(1月14日)を中心に、全国いっせい宣伝がとりくまれ、26都道府県32カ所(1月25日現在)で一日も早い救出を訴えました。

大寒波のなか
 秋田 この冬一番の大寒波で氷点下のなか、「無実の人は無罪に」と声をかけ、1時間で約300枚のビラを手渡し、6人分の署名を集めました。あわせて地元でたたかっている秋田・大仙市事件の畠山博さんの支援も訴えました。
 山形 3人組の若者たちなどにすすんで署名してもらい、参加者が感激しました。
 青森 八戸支部が氷点下5度のなか4人で宣伝。ビラ120枚を配布。他に青森、弘前でも行動。

旺盛に宣伝を
 全国の都道府県本部と支部がハンドマイクを使って宣伝をおこない、ビラを配りました。
 北海道 道本部と札幌3支部10人が、手作りの横断幕を掲げて、宣伝行動をおこないました。
 東京 中央本部作成のビラと名張事件東京守る会作成のビラをセットしたポケットティッシュ1000個を配布。横断幕、のぼり旗、東京守る会チーム・ブルゾンを使用し、ハンドマイクで宣伝しました。
 奈良 中和支部が1月18日に行動にとりくみ、21日には県本部が共産党の新春のつどいで3事件の署名を訴え、113人分の署名を集めました。
 佐賀 佐賀、唐津、武雄支部が、宣伝カーで宣伝。ビラを配布しました。

対話も広がる
 茨城 水戸、笠間、日立支部が水戸駅で宣伝行動。「名張事件って何ですか?」という質問が多く寄せられ、ビラを380枚配布しました。
 大阪 天神橋商店街でハンドマイクを使って訴え。通行人の反応はよく、ビラ200枚を配布し、署名46人分が集まりました。名張事件を覚えている市民も多く「自分が小学校の時の事件だ」「まだ解決していないのか」などと対話。
 兵庫 JR元町駅前で宣伝。声をかけてくる人が多く、例年以上に市民の関心が高いことを実感しました。
 広島・呉 バスを待つ人に事件を訴えると、中学生の男の子が「そのビラ下さい」と駆け寄ってきたり、「ビラ2枚下さい」と中年の男性が声をかけてくるなど、関心の高さがうかがえました。

事件当事者も
 鹿児島 県本部、大隈支部、熊本県本部が宣伝。大崎事件の原口アヤ子さんも参加して、名張毒ぶどう酒事件のビラを一緒に150枚配布し、カンパも寄せられました。

東電OL殺人事件 「年賀状ありがとう」ゴビンダさん面会記  

 東電OL殺人事件で、無実のゴビンダさんを支える会の蓮見順子さんによるゴビンダ・プラサド・マイナリさん(45)との横浜刑務所での面会記を紹介します。
   *  *
 1月12日、今年初めての面会に行ってきました。午後の遅い時間に面会に行くと、刑務官から、ゴビンダさんはちょうど今お風呂に入ったところなので、少し待ってくださいと言われました。
 しばらく待っていると、つやつや、ぴかぴか、ピンク色のゴビンダさんが現れました。
 ゴビンダさんは、「年賀状は80枚ぐらい頂きました」とニコニコして報告してくれました。「みなさま全員にお返事が出せないのが残念です。ありがとうございましたと伝えてください」と言われました。
 6日間の正月のお休みには、映画をいくつか見せてもらい、おせちやお菓子を食べて、テレビを見たり、ラジオを聞いたりして過ごしたそうです。
 面会でゴビンダさんは、一番最初に家族の安否を尋ねます。私はインターネット通話で、カトマンズの家族と話すことができます。ビデオカメラで、顔を見ながら話せるので、お母様の健康状態などを、目で確認できて、ゴビンダさんに伝えることができます。
 ゴビンダさんにその話をすると、ちょっとうらやましそうな、寂しそうな表情をしました。情報が得られるのは嬉しいが、どうして自分はそういうコンタクトさえできないのだという思いがあるのかもしれません。
 ゴビンダさんは最後に、「みなさまによろしくお伝えください」と話しました。

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