日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

11年7月15日号

11年7月15日号  

東日本大震災 力を合わせて被災者の支援を  

救援会が被災地・石巻市へ 神奈川 ボランティア派遣  

 国民救援会神奈川県本部では、県内で東日本大震災のボランティアを募って毎月派遣することを決め、第一陣として6月11日、3人が宮城県石巻市を訪れました。現地へ行った県本部常任委員の添田美智子さんに話をうかがいました。

 地震と津波の被災地・石巻市。行けども行けども瓦(が)礫(れき)の山でした。高い木の上に大きなお膳。このお膳を囲んで一家団(だん)欒(らん)があったであろうにと、自然の力の凄まじさを目の前に見せつけられました。
 6月11日から3日間、神奈川の仲間3人で石巻市のボランティアセンターに行き、被災地での支援活動に参加してきました。センターには80人余の人たちが集まっており、私たち3人はバザー班を担当しました。50人くらいのスタッフと共に広い敷地にブルーシートを敷き、野菜・食品・衣類やリサイクル品を並べ、それらを手渡しました。また、街頭でもミニバザーを開きました。
 バザーに来た方は、「家が流されて何もなくなった。こうして物をいただけるのはありがたい」と話されていました。幸い家が無事だった被災者のなかには、自宅に親族の被災者を避難させている方もいて、「息子の嫁に生理用品を」と話す方もいました。
 こういう場で物品を受け取るのに躊(ちゅう)躇(ちょ)するのは男性の被災者の方でした。こちらから「Tシャツどうですか、大きいのありますよ」、「スラックスお使いください、どうぞ」と声をかけるようにしました。受け取る方の自尊心を傷つけてはいけないですから。

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 バザーには800人くらいの人たちがお越しになり、ひとときの間、皆さん楽しそうにされていました。けれども、震災から3カ月経っても物品が足りない現状と、全国から届いた物品をさばく人手が不足している実情に胸が痛みました。被災地での仕事は、こうした生活支援のほかにも、仮設住宅で暮らすお年寄りの話し相手になることなどたくさんあります。私は75歳になる直前でしたが、高齢でもまだまだやれることがあると実感しました。
 ふだん私はマンションの清掃の仕事をしています。よく顔を合わせる居住者に現地の様子を伝えたところ、「旅行に行こうと思って積み立てたお金があるけど、被災地にカンパすることにした」と話していました。
 ボランティア活動と並行して、真に将来に希望の持てる生活の補償を得る運動を早急に進めていかなければならないと思いました。

原発なくそう 福島の集会に会員50人  

 6月25日、福島市の「街なか広場」で開催された「原発なくそう、もう一度自然豊かな福島県を」の集会に、県内から1000人余が参加しました。国民救援会福島県本部は、多くの人に深刻な実情を知ってもらい共同のたたかいを広げようと、県内外に参加を呼びかけ、宮城、山形、中央本部からの参加を含め県内8支部から50人を超える会員が参加しました。
 放射能汚染から子どもを守る運動にとりくむ母親、仲間が命を絶った酪農家や業者の代表などが訴え、原発からの撤退を求める運動など「5つの取り組み」が提起され、参加者は、駅周辺の商店街をアピールパレードしました。その後開かれた交流集会では、国民救援会から参加した代表10人が壇上から「憲法で保障された権利を政府に守らせるたたかいを」と訴えました。宮城県本部の代表は「宮城でもこうした集会を開きたい」と連帯のアピールをおこない、参加者の拍手を受けました。

山形・置賜支部 被災地に寄付 映画「布施辰治」を上映して  

 山形・置賜支部は5月21日に上映した映画「弁護士 布施辰治」の売上金を東日本大震災で被災した布施辰治の出身地である石巻市に寄付しました(写真)。
 置賜支部と上映実行委員会のメンバー(写真右側)は6月2日、石巻市役所を訪れ、亀山紘市長に10万円を手渡しました。亀山市長は、「私も映画『弁護士 布施辰治』に出演した。震災復興は市民の賛同を得ながらすすめていく。漁業だけでなく、農業復興にも力を入れていく」と述べました。

国民救援会とともに歩んで 群馬・きりのこ保育園職員不当解雇事件 関口好さん  

意識を高く持って  

 私は前橋市内の保育園で栄養士をしていました。ところが、園に労働組合をつくり私も加盟したことで園長から嫌がらせを受けるようになり、あるとき「給食の味が薄い」と言われ、園長の給食に塩を一さじ振りかけたところ、「危険行為だ」と責められ、一方的に解雇されました。
 私は組合とともに解雇撤回を求めて提訴しました。自分の仕事へのプライドと、子どもたちとこんな形で別れたくないという思いがあってたたかえました。それでも裁判中は重圧感に押しつぶされそうになりました。そんななかで国民救援会の仲間に出会いました。
 布川事件や松川事件の現地調査に行き、損得抜きで犠牲者を救う活動をする皆さんを見ていて、根本的な物の見方を教えられたような気がします。自分の裁判も恨みつらみで裁判をやっていくのではなく、意識を高く持ってたたかおうと決意しました。
 裁判は勝利和解し、職場復帰しましたが、給食の仕事には戻れず、おもちゃの消毒や保育室の掃除、パソコンでの書類作成などをさせられています。来年の3月に定年で、それまでに調理の現場に戻るのは難しいかもしれません。今の仕事では、保育園での自分の存在意義を見つけることができません。でも、子どもが私に「抱っこして」って求めてくるんです。自分がいることで、少しでも子どもたちが助かっているのかなと、穏やかな気持ちになります。
 子どもって素直で、目が澄んで綺麗なんです。子どもたちに接することで、自分たちが癒されていることを日増しに感じます。忙しいお父さんお母さんに代わって補えるものであれば、抱っこでも頬ずりでも愛情を持ってしてあげたい。食べ物で子どもの気持ちは変わりますから、給食も同じ思いで作ってきました。だから仕事を取り上げられたことはとても辛いです。
 でも救援会の皆さんに出会ったことで、今の自分があるんだと思います。自分の時間を使って人のために動くあのエネルギーって何だろうと。そういうのを見ていて、自分が保育園に戻って、いっそう子どもたちがかわいく見えるようになりました。救援会に出会えたことは、私にとって本当の財産になったと思います。

三重・名張毒ぶどう酒事件 布川に続く再審開始を  

高裁・高検などへ6都府県から要請  

 三重・名張毒ぶどう酒事件で6月24日、名古屋高裁・高検・拘置所に対し要請行動をおこない、6都府県から22人が参加しました。
 名古屋高裁へは1786人分の署名を提出し、累計で5万5837人分となりました。要請では「布川事件では裁判所が証拠開示のイニシアチブを取った。名張事件では裁判所は何をしているのか」、「奥西さんが獄死したら裁判所の責任。一刻も早く再審開始決定を」など参加者が口々に訴えました。
 名古屋高検では、「不正義の検察に異議申し立てをおこなう資格はない。ただちに取下げよ」、「奥西さんは85歳。ただちに釈放せよ」など訴えました。
 名古屋拘置所に対しては、冷房の実施状況をたずね、暑中見舞いなどを入れられるように要請。拘置所側からは「冷房は7月4日から実施の予定だが、法務省矯正局から15%節電の通達が来ており、設定温度、時間などはこれから決める」、「面会人はこれ以上広げるつもりはない」などの回答がありました。

167回の大須宣伝  

 6月28日には、通算167回目の大須観音前での定例宣伝行動をおこない、13人が参加しました。
 朝から猛烈な暑さの中、「無実の奥西勝さんを一刻も早く救出しましょう」と訴えました。「テレビでやっていましたね」、「早く助けてあげてください」、「絶対に冤罪に間違いありません」などと次つぎと署名に協力していただき、1時間の行動で57人分の署名を集めることができました。(愛知県本部版再審開始をめざすニュースより)

茨城・布川事件 喜び分かち合い 地元で報告集会と祝勝会  

 布川事件・桜井さん杉山さんを守る茨城の会と国民救援会茨城県本部は6月25日、再審無罪判決の報告集会と祝勝会を水戸市で開き、150人が参加し、2人の雪冤を喜びあいました。
 報告集会で、桜井昌司さんがあいさつに立ち、「無罪判決をうけて、顔がゆるくなったといわれます。国民救援会の人と出会って、『こんなに誠実な人がいるんだ』と知り、自分の生き方を振り返ることができました」など、44年間のたたかいをふりかえり、支援へのお礼を述べました。
 無罪判決について谷萩陽一弁護士が報告し、「判決は、2人を犯人とする客観的証拠はいっさいないとしており、灰色でなく完全無罪判決だ」と判決の意義を解説しました。
 集会につづいて祝勝会が開かれました。だるまに目を入れ、鏡開きをおこない、支援者が次つぎと自らの思いを語りました。歌手の佐藤光政さんも参加し、歌って、飲んで、あらためて無罪判決の喜びを共有しました。
 なお、当日は杉山卓男さんが体調を崩したため奥様が参加し、支援へのお礼を述べました。

守大助さんを守る神奈川の会弁護団を招き学習  

 「北陵クリニック事件・守大助さんを守る神奈川の会」は6月19日、宮城から再審弁護団の阿部弁護士を招いて事件学習会をおこない、32人が参加しました。
 「神奈川の会」で開く事件学習会は今回が3回目。事件を学ぶことを徹底しようと議論して、再審請求の争点に絞って学習しました。
 質疑応答では1時間以上にわたって活発に質問や議論が交わされ、「事件やいま準備されている再審請求の争点が良く分かった」などの感想が出されました。

B型肝炎訴訟 国が責任認め謝罪 解決向けスタート  

 国が実施した予防接種のため、B型肝炎に感染した被害者が国の責任や対策を求めて起こしたB型肝炎訴訟で6月28日、原告団は和解解決のための「基本合意書」に調印しました。調印後に原告団と面談した菅直人首相は、国の責任を認めて謝罪しました。
 「基本合意書」では国の責任が明記され、患者が偏見・差別を受けることなく暮らせるように啓発・広報に努めることや肝炎医療体制の整備・推進、再発防止のための第三者機関の設置等が盛り込まれました。
 既にB型肝炎をめぐって06年に最高裁で国などの責任が認められた判決が確定していましたが、国が何ら対策を打たなかったため、謝罪と救済を求めて新たに提訴されたものです。国民救援会北海道本部の守屋敬正会長は「727人の原告のうち16人が亡くなり、一刻も早い国の対策を求めた結果での和解。これは解決に向けてのスタートで、今後は確認内容を国にしっかりと実行させるとりくみが必要」とひきつづき運動を進める決意を述べました。

愛知・鳥居建仁公務災害認定訴訟公 務災害と認める全国の支援に感謝  

 学校祭の開催中に脳内出血で倒れ、高次脳機能障害を起こし、現在も半身まひの症状が残る中学校教員の鳥居建仁さんが公務災害の認定を求めた愛知・鳥居建仁公務災害認定訴訟で6月29日、名古屋地裁(田近年則裁判長)は鳥居さんの訴えを全面的に認め、「公務外」とした地方公務員災害補償基金の認定の取消しを命じる判決を言い渡しました。
 判決は、「自主性が期待される教職員の仕事は、どこまでが校長の職務命令にもとづく公務かあいまい」と指摘した上で、部活動や日曜日に部員を指導するための「地域クラブ」の活動についても、「職務の一環」と認定。過重な時間外労働と発症の因果関係を認めました。
 鳥居さんは判決後、「がんばってきたことが認められ、嬉しい」と涙を流し、支援者に感謝の言葉を述べました。国民救援会愛知県本部の竹崎義久事務局長は「多くの事件を抱える地元・東三河支部が、真(しん)摯(し)に支援を訴えてきたことが実った勝利判決。全国の皆さんからの署名にも感謝したい」と述べています。

「よみがえれ!有明訴訟」確定判決を否定し開門請求を認めず  

 諫早湾干拓事業の排水門の即時開門を求めて地元漁民等が提訴した「よみがえれ!有明訴訟」で6月27日、長崎地裁が開門を認めない不当判決を言い渡しました。
 判決は、諫早湾内の原告が主張していた漁獲量減少と排水門の閉め切りの因果関係を否定し、事業の公共性を理由に開門請求を認めないものでした。諫早湾干拓事業の排水門開門をめぐっては昨年12月、福岡高裁で漁業被害との因果関係を認め、開門を命じる判決が確定していました。
 裁判傍聴などで支援を続けてきた国民救援会長崎県本部事務局の井上昭八郎さんは、「8年の審理の末に開門を命じた福岡高裁の確定判決を真っ向から否定するもので、到底納得することはできない」と怒りをあらわにし、すでに確定している福岡高裁の開門命令を一日も早く実行させるためにさらに支援を広げる決意を述べています。

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