日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

11年5月25日号

11年5月25日号  

東京・中央メーデーで国公法弾圧2事件の当事者が違憲無罪訴える  

 「公務員の政治活動は自由」、「最高裁は大法廷に回付し、違憲無罪の判決を」。晴れ渡った5月の空に元気な声が響きました。最高裁でたたかう世田谷国公法弾圧事件の宇治橋眞一さん、国公法弾圧堀越事件の堀越明男さんは2万1千人が参加した5月1日の東京・中央メーデーで力強く支援を訴えました。
 「署名はどこ?」とペンを片手に聞いてくる人、「地方選挙の弾圧学習会ではありがとう」とにこやかにビラを受け取る人など反応も良く、その場で国民救援会に2人が入会してくれました。
 中央メーデーには中央本部と都本部、各事件の守る会から約40人が参加。布川事件名張毒ぶどう酒事件東電OL殺人事件大崎事件など東京にある守る会のメンバーもマイクを握り事件の支援を訴え、国公法弾圧2事件と合わせて288人分の署名が集まりました。

福井女子中学生殺人事件 前川禮三さんインタビュー  

「息子の無実を晴らす最後の機会」――殺人事件の犯人とされた息子・前川彰司さんの裁判をやりなおすため、動かぬ体を奮い立たせて支援の要請に奔走する父・禮三さん。再審を開くかどうかの決定が夏にも出されようとしているいま、禮三さんの思いを伺いました。

 狃子中学生が刃物でメッタ刺し瓠宗州隠坑牽暁、福井市で凄惨な殺人事件が起きました。
 「県内で起きた珍しい大きな事件。どのマスコミも取り上げていました」。彰司さんの父・禮三さんは振り返ります。
 翌月、シンナー遊びをしていたグループのつながりから、彰司さんのところに警察が聞き込みに訪れました。「食事会をやった日だ」。事件が起きた日、彰司さんの姉夫婦を招き、自宅で食事会が開かれていました。警察には、近所の中華料理屋に頼んだ料理、会話したことまで包み隠さず話しました。彰司さんには完全なアリバイがあったのです。さらに、彰司さんは被害者の女子中学生とは全く面識がありませんでした。
 「警察はこの時点で、息子が事件と関係がないことはわかっていたんです」と禮三さんは話します。
 犯人が見つからないまま半年が過ぎました。その頃、彰司さんと同じ中学の1年先輩で、覚せい剤取締法違反などで逮捕された暴力団関係者が、「事件の翌朝、自分のマンションに前川彰司が訪れた。胸や靴には血が付いていた」などと警察に言い出しました。自分の罪を軽くしてもらうためのウソでした。しかし、捜査に行き詰っていた警察はこのウソに乗り、彰司さんを犯人にする「捜査」が始まりました。
 「家庭では、『何もやましいことがないんだから、堂々としていろ』と言っていましたし、妻も『警察が尾行しているなら悪いこともできなくてちょうどいい』なんて言って笑っていました」
 事件当日に食事をしていた家族は彰司さんが無実であることを一番よく知っていました。

 しかし、87年3月29日、彰司さんは突然逮捕されます。警察の暴力的な取調べに耐え無実を訴え続けますが起訴され、裁判が始まりました。
 法廷でウソの供述をした暴力団関係者の尋問がおこなわれました。血が付いていたと主張する場所、彰司さんを匿ったという人物、事件の確信ともなる血の付いた服を捨てた場所さえも変遷。その変遷の理由もありませんでした。
 「素人でもウソだと見抜ける証言だった」と禮三さん。この人物が、同棲していた女性に留置場から宛てた手紙(別掲)には「殺人事件の事が、俺の情報で逮捕されれば減刑してもらえる」などと書かれてあったことも明らかになりました。
 一審は、このウソの証言についてはっきりと「信用できない」と指摘し、殺人について無罪の判決を言い渡しました。ところが二審は、証言は「信用できる」とまったく逆に評価。彰司さんに懲役7年の逆転有罪判決を言い渡しました。
 禮三さんは二審判決について、「検察は新しい証拠を1つも出していません。無罪を確信していたので、判決日には職場の仲間と20人ほどでパーティーを開こうと準備していました。それが全く同じ証拠で正反対の結論になるとは思ってもみませんでした」と振り返り、肩を落としました。

 禮三さんはその後、同じ北陸・石川県の山中事件の無罪判決で、国民救援会のことを知り、支援を要請しました。彰司さんの母・真智子さんは、禮三さんが退職するまで支援の訴えに走りました。「自分が取調べで彰司のアリバイをもっと強く主張していれば」。息子を奪われた、行き場のない悔しさを支援の訴えに注ぎました。
 名古屋高裁金沢支部に再審請求する1カ月前の04年7月、真智子さんは亡くなりました。「彰司は絶対やっていない――それが妻の遺言でした」と禮三さんは涙をにじませます。
 「国民救援会には言葉にできないほど感謝しています。暑い日も吹雪の日も、街頭に出て、あるいは署名に協力してもらうために、支援を訴えていただいています。また、彰司の刑が確定してからは、金沢、岡崎の刑務所への面会に、県本部の金子さんが一緒に付いてきてくれました。ここまで支援してくれる人って他にいるでしょうか」
 そう話す禮三さんも、幾度も裁判所・検察庁に要請に向かい、「家庭をメチャクチャにされた。誰が償ってくれるのか」と思いの丈をぶちまけました。

 いま、ようやく裁判所が動きを見せています。08年、支援者と弁護団の奮闘で、検察が隠していた証拠のうち、66点が開示されました。弁護団はこの開示された新証拠もふまえて、彰司さんの無実を強く訴えました。今年1月、弁護側と検察側双方の証人尋問がおこなわれ、検察側の証人でさえも、確定審での有罪判決の認定が誤りであったことを認めざるを得ませんでした。
 「本人も気にしているのでしょう。10日に1回私の元に届くハガキには私の健康を気遣う言葉とともに、必ず再審請求の審理について尋ねてきます」
 3月には双方の最終意見書も裁判所に提出され、いつ決定が出されてもおかしくない重要な段階を迎えています。北信越ブロックの国民救援会は1月、3月と要請行動をおこない、4月27日に金沢で開かれた集会にはのべ130人を超える支援者が駆けつけました。禮三さんも体調が悪い中、5月8日におこなわれた長野県本部委員会で県本部の五十嵐事務局長とともに支援を訴えました。6月には第3回目となる全国現地調査がおこなわれます。
 「私はこの再審請求に命をかけています。生きているうちに息子の無実を晴らす機会はこれで最後かもしれません。皆さん、助けてください。その一心です。私の力だけでは、無実を訴える思いは裁判所に届きません。全国から多くの人の思いがうねりとなって裁判所を飲み込む力となるよう、今一度ご支援いただきたいと思っています」

現地調査のお知らせ
日 時 6月11日(土)午後1時〜5時
場 所 福井県教育センターホール4階
参加費 3000円
申込み 国民救援会福井県本部 筺Γ藤腺悖娃沓沓供複横供烹僑僑坑

東日本大震災 各地からの震災募金600万円超える  

 被災した方たちの力になろうと、全国各地から救援募金が集まっています。5月11日現在、600万円を超える募金が寄せられました。ご協力ありがとうございます。この中から、県本部を通じ被災した会員に見舞金を届けました。

励ましになれば 佐賀・仁井満子さん  

 福島の原子力発電所の問題が大変なことになっていますよね。私は女学生のとき軍需工場で働いて勉強ができなかったので、算数も物理も分からないんですが、いま地震や原発について色々と勉強しています。本当に大変な方たちがいらっしゃるなかで、私に出来ることは何かと考え、困難な状況にある方たちの支えになれればと思っています。被災された方を少しでも励ますことができればと願っています。

闘う拠点再建を 岐阜・飛騨支部  

 国民救援会の仕事は、今が大事な時期です。一刻も早く活動を立て直してほしいと願って、会員から頂いた会費の中から救援募金をしました。
 飛騨支部は、約30年前の選挙の際に弾圧を受けたことから結成されたという経緯があります。国民救援会の県本部や支部はたたかいの拠点ですから、早く機能を復旧していただかなければいけないと思っています。
 私たちが募金できる額は少ないですが、これが全国から届けば一定の力になるのではないかと思います。

宮城・仙台筋弛緩剤冤罪事件の守大助さんがお見舞いのお手紙  

 仙台・筋弛緩剤冤罪事件(北陵クリニック事件)の守大助さんから、被災者を見舞う手紙が届きました。一部を紹介します。

 大震災から一カ月が過ぎようとしています。多くの方より心配の便りが届いております。私は支援者の方が震災で苦しんでいるのに、何も役に立つことができなく、悔しい思いです。医療従事者が足りなく大変な状況なのに、駆けつけることができません。一日でも早く、被災地の皆さんが元の生活に戻ることを毎日祈ってます。
(編集部注‥守さんは准看護師として従事していた)。

心遣いをありがとう 生活再建の糧に 宮城・桜井達郎さん  

 自宅は、あの日の津波で全て流されてしまいました。家族5人、着の身着のままの状態で避難所に入り、救援物資でしのぐ生活が続いてきましたが、この5月15日に仮設住宅に入ることができ、生活再建の第一歩を踏み出した状況です。
 仮設住宅では、電化製品は支給されますが、収納家具や什器類は各人で揃える事になるので、何かとものいりとなります。避難所では食事の心配はなかったのですが、これからの生活は個人ごとになってきます。
 メーデー会場で、国民救援会宮城県本部の吉田事務局長から震災のお見舞いをいただきました。生活再建にむけて、頂いたお見舞金を大事に活用させていただきます。ありがとうございました。

被災地からの報告  

困難な人の支えに 岩手・久慈支部  

 全労連などで組織している全国災害対策連絡会が、救援物資の取り扱いを一時休止したことから、国民救援会中央本部では、各地から送られてきた物資を被災地の支部と協力し、被災者のもとへ届けています。
 岩手の久慈支部では、支部独自のとりくみとして物資の受け入れと分配をおこない、生活用品などを被災者へ届けました。
 支部では、被災した支部の会員から要望を聞いてリストを集約し、中央本部に送付。タオルやシャンプーなどの生活用品のほか、女性用の下着や乾麺、コーヒー、小学生用のランドセルなどが要望されました。
 支部に届けられた物資は会員を通じて近隣の被災者にも配られました。支部事務局長の小田島さんによると、被災者から「こんなにもらっていいんですか」「要望どおりのもので嬉しい」などとお礼があったそうです。
 救援会員で野田村議の宇部武典さんは、自宅が津波の被害に遭い、避難生活を強いられていますが、支部から届けられた物資を受け取り、近隣の数世帯にも配布しました。
 議員ということもあり、村民の悩みを聞く機会も多い宇部さん。「多くの方から『がんばろう』と言われるが、瓦(が)礫(れき)の始末は頑張れるけれども、新たに家を建てるのは自力ではできず、先が見えない」「公の力がないと、ますます村がさびれていく」といった話を村の人から聞きます。被災した村民たちの厳しい状況が続いています。

対話で被災者支え 福島・畑中ひろ子さん  

 福島県の原発災害は、いまだ深刻な状況です。原発30キロ圏内にある広野町では、町役場が全町避難を決定。住民が散り散りに避難しています。住民を訪ね回っている救援会員で広野町議員の畑中ひろ子さんに、住民の生活の様子や思いを聞きました。

 震災直後の防災無線で、「住民の方は、西か南に出来るだけ遠くへ逃げてください」という放送が流れたんです。その結果、住民があちこちの避難所にバラバラに避難することになってしまいました。
 住民が避難先でどう過ごしているか気がかりで、様々な団体から寄せられた救援物資を届けながら、住民のみなさんとお話をして回っています。皆さん、一番関心があるのは、「自分の家にいつ帰れるのか」ということです。けれども住民のなかには、テレビで原発問題をやっていても、放射能がどれほど深刻な問題なのかを認識できていない人もいます。
 避難生活をしている人たちは、時間が過ぎるばかりで苦痛です。私は震災前から町民の方と友達のように接し、話を聞くことを心がけてきました。心許せる関係にならなければ、生活の要望は出てこないと思います。ましてこういう震災の状況ですから。お話できてよかったと言われ、冗談も出て笑顔になれれば、苦しい避難所生活が救われると思い、話を聞くことにつとめようと思っています。

国民救援会とともに歩んで 岡山・山陽本線痴漢冤罪事件 山本真也さん  

 身に覚えのない痴漢の疑いで逮捕され、何を言っても信じてもらえない中で、捜査機関の「囁き」がありました。
 「罪は軽いんだから認めろ、会社もクビにならない」
 一番に思ったのは3人の子どものことです。学校生活に影響がないか、新聞報道はどうかと心配でした。悩んだ末、仮にウソの「自白」で罰金で済んでも、その後の自分の人生はすごく惨めなものになる。自分は胸を張って生きていきたいという思いを強くし、必死に無実だと貫き通しました。

 国民救援会から支援決定をいただいてから、同じ冤罪被害者と励ましあい、全国の色々なところに伺って支援を訴えさせていただきました。どんな場所でも常に救援会の方が支援していて、暖かく接してもらい、声をかけていただき、たたかっていく上で「自分は間違ってない」と背中を押してもらえました。たたかっているのは自分や家族だけではないと、最後まで頑張り通す力になりました。

 裁判は一、二審で有罪。上告趣意書を提出して1カ月足らずで上告棄却という異例の速さでした。5日後に会社を懲戒解雇。二重のショックでした。
 その一方で、200%の力を出し切って最後まで堂々とたたかえた、ということが自分の中ではむしろ誇りになっています。残念な結果になりましたが、晴れ晴れとした気持ちです。多くの救援会の方、友人や同僚、支えてくれた支援者の方と一緒にたたかえたことは、自分の人生の大きな財産だと感じています。
 様々な冤罪事件の被害者と交流すると、必ずと言っていいほど、国民救援会の会員の姿が見えました。その姿に冤罪の犠牲者がどれほど救われているか、当事者として強く実感しています。会員が増えることは、冤罪に苦しむ方にとっても大きな力になります。

鹿児島・大崎事件で原口アヤ子さんが意見陳述  

 5月11日、鹿児島地裁で第2次再審請求審をたたかっている大崎事件・原口アヤ子さん本人の意見陳述がおこなわれました。
 意見陳述で原口さんは、事件があったとされる10月12日の夜の行動、そして見たこと聞いたことを詳しく述べ、原口さんが「事件」に関与していないことを述べました。
 意見陳述は非公開でおこなわれました。弁護団によると、原口さんは「殺すなんていう恐ろしいことはしていないのです」と無実であることを訴え、「私に残された時間は少ないです。一日も早く再審開始がなされ、無実の罪が晴れることを願っています」と切々と訴えました。
 また、無実の罪で懲役10年の刑を言い渡されてから後に、冤罪事件被害者としてどれだけ悲惨な人生を歩んだのかを語り、「親として、2人の娘とその家族の人たちに肩身の狭い思いをさせ、苦労させたことを心苦しく思います」と心境を訴えました。
 非公開の意見陳述の間、支援者は鹿児島市一の繁華街・天文館で宣伝署名行動をおこないました。宣伝・署名行動には、約30人が参加し、九州各県からの参加者代表がマイクをとり、原口さんの無実と鹿児島地裁宛の署名を訴えました。1時間半ほどの行動でしたが、ビラ500枚を配り、署名が191人分集まりました。

 午後からは、意見陳述報告集会がおこなわれ約70人が参加しました。報告集会は、最初に昨年の第2次再審請求申立時に鹿児島で放映された大崎事件の特集報道を上映し、その後、弁護団報告として、原口さん本人の意見陳述の内容と大崎事件について3人の弁護士が報告しました。
 弁護団の報告の後、国民救援会の九州各県と首都圏の会の代表がそれぞれの支援活動について発言し、最後に、原口さんが、日ごろから支援者の皆さんにお世話になっていること、しかし、冤罪を晴らさない限り、自分は死ねないことを訴え、これからもぜひ支援してほしいと強く訴えました。

三重・名張毒ぶどう酒事件で農薬の鑑定人が決まる  

 三重・名張毒ぶどう酒事件で名古屋高裁(下山保男裁判長)は5月10日、奥西勝さんがぶどう酒に混入させて5人を殺害したとされる農薬(ニッカリンT)の「成分分析」をするための鑑定人を決定しました。報道によると、鑑定人は研究機関の学者で、早ければ9月ごろに鑑定結果が出る見通しです。
 再審開始をめぐり審理がおこなわれている名張事件は、事件現場の飲み残しのぶどう酒から検出された農薬が、奥西さんがウソの「自白」で使用したとするニッカリンTとは別のものだとする弁護団の主張が最大の争点となっています。昨年4月、最高裁は再審決定を取り消した名古屋高裁の異議審決定を科学的知見に基づかないと、審理を名古屋高裁に差し戻しました。
 奥西さんの特別面会人の一人、国民救援会中央本部の稲生昌三副会長は決定を受けて次のように話しました。
 「最高裁から名古屋高裁に審理が差し戻されてから、検察は主張を変転させてきた。鑑定人による「分析」結果が、弁護団の主張に沿うものとなった場合は再度主張を変えて、当時のぶどう酒も再製造し、当時のクロマトグラフィーによる鑑定方法でおこなう意向を示唆している。検察は、「成分分析」の結果がどう出ようと、際限ない引き伸ばしをもくろんでいる。少なくとも、「成分分析」の結果が出た時点で検察の主張が破綻することは明らかである。奥西さんの再審を開始すべきことはいっそう明瞭になる。裁判所は、破綻した理屈をこじつける検察の主張を退け、一刻も早く奥西さんの再審を確定し釈放すべき。そのために私たちは、要請や宣伝行動をいっそう広げ、いまこそ世論の力で再審を開かせるよう力を尽くしてたたかう」

北海道・萬世閣労組裁判で残業代等の支払い命じる勝利判決  

 北海道・萬世閣ホテル労組の組合員が訴えていた賃金の不払いをめぐる裁判で、札幌地裁(竹田光広裁判長)は4月25日、原告3人の訴えを認め、会社と浜野浩二社長に未払い残業代や慰謝料の支払いを命じる判決を言い渡しました。
 北海道で観光ホテルを経営する萬世閣は、従業員に残業代を支払わず、労働基準監督署に相談をすると報復として解雇をするなど、社長のワンマン経営のもとパワーハラスメントがされてきました。2009年、人権侵害などの解決を求め札幌地裁に提訴し、国民救援会北海道本部が支援をしてきました。
 判決では、萬世閣が従業員の待遇改善を求めた眦弔気鵑氾邉さんを不当に解雇、組合員の西村さんを差別し、定年後の再雇用を違法に拒否したことを認め、眦弔気鵑蕕料缶名〜覆箸覆蠅泙靴拭
 記者会見で眦弔気鵑蕕蓮◆屬Δ譴靴と酬茲任后廖嵋[Ы綣蕕隆覿箸棒犬泙貶僂錣辰討曚靴ぁ廚覆匹判劼戮泙靴拭
 判決に対して会社側は4月26日、不当にも札幌高裁へ控訴をしました。

東京・痴漢えん罪西武池袋線小林事件で支援する会がピクニック  

 痴漢えん罪小林事件支援する会は4月29日、東京・井の頭公園でピクニックをしました。
 「ピクニック」とは、郊外などで個々人が軽食などを持ち寄り、おしゃべりしながら楽しむこと。この日は15人の参加で、参加した人のなかには、竹の子などの煮物や炊き込みご飯などを作ってきてくれる人もいる豊かな屋外ランチとなりました。
 事件支援は暗い気持ちになりがちです。小林事件では、毎年春にお花見をしていましたが、今年は大震災がありできなかったことから、あらためて新緑の公園に出かけました。
 小林さんの娘さんも参加し、静岡刑務所にいるお父さんや自宅で療養するお母さんの病状などを語り、参加者も一日も早く小林さんを獄中から取り戻すため頑張ろうと楽しく交流をしました。

埼玉・矢田部過労死事件で国側が控訴  

 埼玉・矢田部過労死事件で、矢田部暁則さんがくも膜下出血で死亡したのは労災であるとして、東京地裁が労働基準監督署による不支給決定を取り消した判決に対して、被告である国は5月2日、東京高裁に控訴の申し立てをしました。
 4月18日の勝訴判決以降、支援する会、いの健センター、国民救援会などは「控訴するな」の申し入れと要請行動を続けてきましたが、控訴期限である5月2日、厚生労働省の担当官は原告であるご両親に対して、控訴した旨の連絡をしてきました。

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