日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

11年2月5日号

11年2月5日号  

大阪・地裁所長オヤジ狩り事件国倍裁判で画期的な勝利判決  

 無実の少年たちから「自白」を得るための違法な取調べを裁判所が断罪しました。大阪・地裁所長オヤジ狩り事件の国賠裁判で、1月20日、大阪地裁(吉田徹裁判長)は、警察の暴行と誘導を認める画期的な原告勝訴の判決を言い渡しました。

 裁判は、04年に当時の地裁所長が襲撃された事件で、強盗致傷罪に問われ、無罪判決などが確定した元少年たち5人が、取調べで暴行や脅迫を受け「自白」を迫られたとして大阪府(府警)や国(検察庁)などを訴えていたものです。判決は、警察の責任を認め、大阪府に対し約1500万円の賠償を命じました。一方、検察に対する請求は棄却しました。
 判決は、原告の元少年が児童相談所でつけた日記や、「怒鳴り声を聞いた」とする相談所職員の証言などから、「警察官による一定の暴行があったと認められる」と認定。さらに、どのように犯行をしたかについての「自白」が、被害者(地裁所長)の供述とおおむね一致していることから、「取調べにおいて不当な誘導を受けた」と認定しました。
 また、取調べに一貫して否認した岡本太志さんと藤本敦史さんについても、岡本さんがつけた「被疑者ノート」をもとに、警察の取調べが威圧的であったことを認定しました。さらにノートの「黙秘をしていると不利になる」という記載を「原告の黙秘権を侵害しかねないもの」と指摘。「違法な取調べを受け、違法に得られた供述を証拠として身体拘束された」として、賠償責任があると認めました。
 弁護団の戸谷茂樹弁護士は、従来ならば、「自白」が被害者供述と一致することをもって有罪認定の根拠とされてきたが、一致するから「不当な誘導」があったと認めたことは画期的と評価。暴力的取調べに対してはその全過程を可視化することが必要であることを示した判決だと話しました。

 裁判所には、22枚の傍聴券を求めて多くの救援会員や支援する会の人たちが駆けつけました。法廷の被告席に当事者である府や国、代理人(弁護士)は現れませんでした。
 判決後の報告集会で、原告を代表して藤本敦史さんは「弁護士のみなさんや支援してくれた方たちのおかげで今日の勝利がある。冤罪を生む警察の取調べが改善されるまで自分たちのたたかいは終わらない。これからも冤罪に苦しむみなさんとともに頑張っていきたい」と語り、他の原告ともどもお礼と心情を述べました。
 報告集会の最後に、断罪された被告大阪府が控訴を断念するよう、2月3日の期限まで、徹底して要請行動を強めようと確認しました。

事件概要
大阪市で04年2月、当時の大阪地裁所長が襲われた強盗致傷事件。当時13歳から16歳の少年3人が逮捕・補導され、暴行により「自白」を強要される。少年たちの供述をもとに、成人の藤本敦史さんと岡本太志さんが逮捕。裁判では、逃走する犯人が映っている防犯カメラの映像解析の結果、犯人とは体格が違うことが判明。少年の携帯電話のメールの記録でアリバイが明らかになり、成年2人の無罪が確定。少年3人も、刑事処分を受けない1人を除き、無罪にあたる決定が確定した。5人は、警察と検察の責任追及と謝罪を求めて国賠を提訴。裁判で、取調べを担当した警察官らは、「今でも犯人だと思っている」などと証言した。

国公法弾圧2事件で目標の5万人の署名を突破  

 国公法弾圧2事件の最高裁での違憲無罪判決を求める署名数が、国民救援会が目標とする5万人を超え、1月26日、5万597人に到達しました。全国105支部で会員数を超える署名を集め、こうした支部の奮闘が目標達成の大きな力となりました(会員数を突破した都道府県本部は18)。
 1月31日、2事件の合同弁護団が世田谷国公法弾圧事件の上告趣意補充書を最高裁に提出します。あわせて集められた署名を提出します。署名の力で最高裁での違憲無罪判決をめざす実質的なたたかいがスタートします。

三重・名張毒ぶどう酒事件で全国いっせい宣伝行動  

 奥西勝さんの再審開始をめぐって名古屋高裁で審理されている三重・名張毒ぶどう酒事件で、奥西さんの誕生日の1月14日を中心に、全国いっせい宣伝行動がとりくまれ、27都道府県35カ所(1月26日現在)で奥西さんの無実を訴える支援者の声が響きました。

 「これが最後という想いで、名古屋高裁で再審を決めてほしい、冤罪を一日も早く晴らしたいと思っています。私も85歳となり、先々が不安です。今年こそ、冤罪を晴らし救ってください」
 獄中の奥西さんから届いた悲痛な叫びに応え、一部の地方では雪の降りしきる中、奥西さんを何としても救おうと各地で宣伝行動がとりくまれました。

各地のとりくみ  

 再審の審理がおこなわれている名古屋高等裁判所がある愛知では県内の支部をはじめ、弁護団も含め85人以上の支援者が参加しました。「奥西さんは無実」、「裁判所はこれ以上奥西さんを苦しめるな」と口々に訴え、13枚の横断幕を宣伝をおこなった交差点一帯のいたるところに張り出しました。ビラ・要請ハガキを入れたティッシュを1時間で4320個配布、200人分の署名を集め、参加者からは「大きなアピールができた」、「みんなで力を合わせて、必ず奥西さんを取り戻そう」などの感想が出されました。
 奈良では奥西さんと同じ85歳の方が訴えを聞き、涙を流しながら署名をする姿などがあり、参加者は「感動的な場面だった」と振り返りました。
 富山の高岡支部の宣伝行動では、訴えを聞いた女学生から「早く裁判をやり直してほしい。同級生の仲間にも伝えます」と力強い言葉が出され、参加者も励まされました。
 大分では、「署名はしない」と去った男性が戻ってきて「ビラを読んで腹が立った。こんなことは許せない」と署名してくれたという報告がありました。
 福島の福島支部、郡山支部ではビラの受け取りが大変よく、足利事件布川事件などの再審裁判で冤罪事件が注目されていることや、捜査機関の証拠改ざんなどの問題で市民の関心が高まっていることを参加者が実感する宣伝となりました。
 秋田、宮城、茨城、鹿児島では、それぞれ地元で再審をたたかっている大仙市事件、筋弛緩剤冤罪事件、布川事件大崎事件とあわせて宣伝し、ともに署名を広げました。

宗教者129人が奥西さんの即時釈放を求めて共同アピール  

 いっせい宣伝がおこなわれた1月14日、愛知県内の11人の宗教者が呼びかけ人となり、129人の宗教者が名を連ねる共同アピールを名古屋高裁と名古屋高検に提出しました。
 要請したのは愛知県内の住職・石川勇吉さんをはじめとした6人の宗教者(写真)で、共同アピールは仏教、カトリック、天理教など宗派を越えたものとなりました。アピールでは早期の再審開始を求めると同時に、人道的立場からも、半世紀近くも獄中にいる奥西さんを即時に釈放すべきと求めています。

福井・女子中学生殺人事件で検察側証人が確定判決の誤り認める  

 福井女子中学生殺人事件の再審請求審で名古屋高等裁判所金沢支部は1月20日、弁護側、検察側双方の鑑定人の尋問をおこないました。尋問は1月7日の主尋問を受けて、争点となっている別の凶器の存在や、前川さんが犯行後に血だらけの体で車に乗ったとされているのに、車内から血液反応が出ていない理由をどうみるかについて、弁護側証人の日本大学医学部の押田茂實教授と、検察側証人の帝京大学医学部の石山夫名誉教授に対して、それぞれが反対尋問しました。
 弁護側の押田教授は、被害者の身体に残された刃物の傷の大きさから、確定判決で認定された2本の凶器以外にも凶器があったことを証言。血液反応についても、再現実験の結果、同じ条件で必ず反応が出ることから、前川さんを有罪とした裁判所の認定に誤りがあると証言しました。
 また、証言の中で検察側証人の石山氏は、確定判決が被害者といさかいになって激昂のあまり殺意をもって被害者をメッタ突きにしたと認定していることを否定し、被害者に対する「極めて強度の殺意」をもって、灰皿で殴り、電気カーペットのコードで首を絞め、包丁で刺すという順番で殺害したと証言し、確定判決の認定の誤りを認めたに等しい証言をしました。
 この日の証人尋問で証拠調べは終了し、今後、弁護側、検察側双方が2月28日までに最終意見書を出し、裁判所の決定を待つことになります。決定は、早ければ春から夏頃に出ることが予想されます。

 裁判後に開かれた報告集会には、冤罪事件の関係者を含め10府県から73人が参加。弁護団が尋問の概要を報告し、布川事件の桜井昌司さんが講演をおこないました。
 前川彰司さんの父・の前川禮三さんは、「くやしくてならないが、国民救援会や他の事件関係者から励まされて奮い立っている」と述べ、再審をたたかう決意を表明。参加者は、3月8日の裁判所要請に向けた署名と新たに再審開始要請ハガキにとりくむことを確認しました。
 1月7日に続いてこの日も、参加者は金沢市内で署名宣伝しました。

〈再審開始要請先〉〒920―8655 石川県金沢市丸の内7―2 名古屋高裁金沢支部・伊藤新一郎裁判長

宮城・自衛隊の国民監視差止訴訟で原告が証人尋問  

 陸上自衛隊の情報保全隊による国民の監視と情報収集の差止めを求めて107人が仙台地裁に提訴している裁判で1月17日、第19回口頭弁論が開かれ、原告で宮城憲法会議代表委員の安孫子麟さんと、青森県平和委員会事務局長の大宮慶作さんの証人尋問がおこなわれました。
 安孫子さんは、04年に憲法運動に関わる3団体が開催した集会について、協議して決定した8つのシュプレヒコールのうち新聞等で報道されたものが3つしかないのに、6つが内部資料に記載されていたことなどを指摘。「その場にいないと、こんなに正確には記録できない」として、監視されていたことは明らかだと主張。被告の国側が内部資料や監視行為に関する認否を拒否していることについて、「監視行為を国民の目から隠す行為。かつての憲兵隊のやり方を想起させる」と批判しました。
 大宮さんは、内部資料に記録されている13回の活動について、「その時の人数、ゼッケン、現場の状況がそのまま書いてある」などと証言。独自の監視活動が存在していたことを浮かび上がらせました。
 次回の証人尋問は5月9日です。

『キネマ旬報』の文化映画ベストテンで布川事件の映画が1位に  

 映画雑誌『キネマ旬報』による、2010年文化映画ベスト・テン第1位に、井手洋子監督のドキュメンタリー「ショージとタカオ」が選ばれました。
 布川事件の桜井昌司さん、杉山卓男さんが仮釈放された1996年秋から14年間、「フツーのおじさん」になるための2人の道のりを記録したものです。
(上映スケジュールの問い合わせは、ショージとタカオ上映委員会 TEL03―6273―2324まで)
 また、第5位には、国民救援会の会長を務め、戦前・戦後、弁護士として、民衆とともに人権を守るたたかいをつづけた布施弁護士の人生を綴ったドキュメンタリー映画「弁護士 布施辰治」が選ばれました。

連載・獄中に希望届けるメッセンジャー  

 昨年7月に始まった布川事件の再審裁判は、3月16日に判決が出ます。暗闇の中でやっていた最初の支援活動を思うと夢のようです。桜井さん、杉山さんの良い顔を見ていると感無量です。一緒に法務省や矯正管区を走り回って救援運動を教えてくれた柴田先生、おしめをした息子を連れて最初の現地調査に来てくれた山本先生、粘り強いたたかいで証拠開示を勝ちとった佐藤先生、そういった弁護団の努力もありました。よくここまで来れたな、と思います。

 当然無罪判決が出ると思っています。検察はあんなに長引かせて、証拠は出さない。2人の人格を弄んでいるとしか言いようがないし、腹が立って仕方ありません。2人は、29年間刑務所にいたことが、いろいろな意味でよかったと言っていますが、やはり辛い日々です。よくがんばったと思います。
 東京都本部の専従として他の仕事もある中で、布川事件の支援にかかわり続けることができたのは、事務局をはじめ多くの人の支えがあったからです。たとえば、元全国税の増田美津子さんという方には、10年間、都本部の仕事を手伝っていただきました。困難なときを支えてくれた歴代の布川事件守る会の事務局長、代表委員、そして社会復帰をめざして支えてくれた2人の身元引受人の松尾広次さん、新井英明さんをはじめ、保護者を引き受け、引き継いでくれた大勢のみなさん、布川事件をつないできた人たちというのは一人ひとりの支援者です。

 国民救援会は駆け込み寺だと言われます。もちろん何でも相談を受けられるわけではないですが、人権侵害を受けたり、事件の当事者になったりしたら、頼りにできるところ、支えになってくれるところがないじゃないですか。だから、「なくてはならない」以上の役割があると思っています。
 会員みんなが刑務所に入るわけにはいかないし、事件の当事者になるわけにもいかない。だから、本当の意味で事件の当事者の立場に立つことはできないけれども、近づくこととか寄り添うことはできます。当事者の思いを想像したり、寄り添ったりするだけでもいいんじゃないでしょうか。
 私の場合を振り返ると、高校生のときに白鳥事件の村上国治さんを知って、15歳のときから支援していました。会員になったのは高校を卒業した頃で、なんとなく「獄中にいる人は大変だなぁ」というような気持ちで近づきました。浅草の育ちだからお節介焼きなの。隣の人がちょっと困ってるのを見ると、つい手を出したくなっちゃう。今思えばそれが土台なんでしょうかね。
 私に財産というものがあれば、それを少しくらい残していこうかな、という思いで、今も東京都本部でアルバイトとしてお手伝いしています。この布川事件の話もそのひとつだと思って、お話ししました。(おわり)

連載・韓国 参与裁判から見えるもの  

 参与連帯。韓国民主化運動の流れの中で94年に設立された市民運動組織です。今回の旅では、こうした運動体とも交流を深めました。

 交流会では、参与連帯と同時に設立され、司法の民主化に重要な役割を果たしている司法監視センターについて、責任者である朴さんから話を聞きました。
 設立以来、国の権限乱用防止、国民のための権力行使を求めて公権力の監視の活動を続け、北朝鮮との平和的交流など、16年間活発に続けてきた活動が紹介されました。
 95年には司法改革キャンペーン、政治家高級官僚監視キャンペーンなどをおこない法案化に成功。00年、04年と腐敗政治家を当選させない運動を成功させるなど、司法監視センターは国民のための司法をめざし、参与連帯と同時に設立されました。

 95年には50件にわたる司法改革の方向性、改革課題を明確にし、署名や請願、デモなどもおこなってきました。市民との対話や討論、教育キャンペーン、そして傍聴の組織化やその後の意見交換も精力的におこなっているそうです。
 「司法監視」や「市民のための司法改革」といった定期刊行物を発行しており、司法制度改革の推進、市民参加の参与裁判の実施は司法監視センターの活動の反映だと誇らしげに語られたのが印象的でした。

 参与裁判制度開始後は、制度を形骸化させないための活動を市民とともにおこなっているそうです。傍聴の呼びかけや、ホームページでの広報、パンフの発行、そして傍聴後の意見交換会も16回実施しています。感想文を集約し改善への意見、制度改革の提案もおこなってきました。
 例えば参与裁判における国選弁護人が1人であったものを2人にしたことや、裁判官の評議迅速方針を改めさせたことなど評価される点もある一方、女性の参加のための育児サポートが必要であるなど改善を求める意見や、審理が一日では不十分などの意見もあるそうです。
 しかし国民的には参与裁判制度に対して肯定的意見が多数を占めているそうです。検察官や弁護士は市民にわかりやすくする努力をし、陪審員は手続きをよく理解し自らの意見もきちんと主張しており、より良い改革が図れるものと確信しているとまとめられました。
 戦前の日本帝国主義の支配下、そして軍事政権下、適正な手続きを踏むことなく処罰された多くの人びとを忘れないために、子どもたちにもしっかりと語り伝えている韓国。司法改革において「誤判や冤罪を生まない司法」は当然の課題だっただろうと、改めて実感しました。(つづく)

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