日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

11年2月15日号

11年2月15日号  

東京・世田谷国公法弾圧事件が上告趣意書を提出  

 言論・表現の自由を守るための最高裁での本格的なたたかいがいよいよスタートしました。1月31日、世田谷国公法弾圧事件の宇治橋眞一さんと弁護団が上告趣意書をそれぞれ提出。合わせて、これまでに集約した2事件の署名(累計8万3千人分)を提出しました。最高裁前での激励行動と国会内での集会には、38団体から95人が参加しました。

 「最高裁に世の中の声を示していきたい。言論表現の自由の大切さを訴え、広げていきたい」
 最高裁前に集まった支援者を前に、たたかう決意を述べる宇治橋さん。支援者から「いいぞ」「よし」と声援がかけられます。支援者に拍手で見送られながら、弁護団とともに最高裁正門から入場し、上告趣意書を提出しました。

 2005年に、東京・世田谷区内の集合住宅に「しんぶん赤旗」号外を配ったことが、国家公務員法に違反するとして、当時厚生労働省の職員だった宇治橋眞一さんが不当逮捕・起訴された世田谷国公法弾圧事件。昨年5月、二審の東京高裁で一審に続く不当な有罪判決を受け、最高裁に上告していました。
 その2カ月前、同じ国家公務員法違反で堀越明男さんが起訴された堀越事件では、二審の東京高裁で、一審の有罪判決を覆す逆転無罪の判決が出されています。検察側が上告したため、同種の事件で高裁での判断が分かれた形で、ともに最高裁にたたかいの舞台を移しました。
 こうした事態を受けて2事件の弁護団は、合流して統一弁護団を結成。支援組織も2事件の守る会や労組・民主団体が参加する国公法共闘会議を立ち上げ、最高裁で大法廷を開かせ、ともに違憲無罪判決を勝ちとろうと行動をともにしてきました。

 弁護団が提出した上告趣意書は2通。ひとつは国家公務員の政治活動を全面的に禁じた国公法と人事院規則は、憲法と国際人権規約に違反しており無効で、宇治橋さんと堀越さんを処罰することはできないとして、無罪判決を求めるもの。もうひとつは、国公法と人事院規則を権力がどのように悪用してきたのかを指摘し、公安警察の不当捜査の実態を暴露したものです。
 趣意書は、日本が世界に向けて遵守すると宣言した国際人権規約を、国際的な基準に基づいて正しく解釈し、国際的な人権の水準を尊重するよう要求。また、二審の有罪判決に対する世論の厳しい評価や、最高裁で国民の意識や時代の変化を反映した判決(国籍法違憲判決など)が出されていることをあげ、最高裁が、国民の法意識や社会情勢を読み取ることを期待されていると指摘しました。
 この日、国公法共闘会議が2事件の無罪判決を求める署名約4万2千人分をあらたに提出し、累計で8万3139人分、団体署名は2463団体に到達しました。また、堀越事件の弾圧を指揮した元最高検検事の古田佑紀裁判官に対し、世田谷事件の審理からも外れる(回避)よう求める要請ハガキは全国で5300を超えて普及されたことが報告されました。

 報告集会が衆議院第2議員会館で開かれ、宇治橋さんは、「葛飾ビラ配布弾圧事件では裁判官への手紙運動が大きく進んだ。勝利するためには、最高裁への署名と要請が必要だが、他に手はないかみんなで知恵を出し合いたい。自由な言論を犯罪にしてはならないということを確認しあいながら運動を進めたい」と決意表明。堀越さんも「堀越事件の無罪判決に挑戦するような世田谷事件の高裁判決に怒りを感じる。公安警察は革新政党や市民団体を敵視している。その捜査を指揮した検察官が最高裁判事をすることは許されない」と決意を語りました。
 集会には、愛知・岡山・群馬・千葉・神奈川など全国から支援者が駆けつけ、各地のとりくみを発言。最高裁での勝利をめざして決意を固め合いました。

報告集会の発言  

  • 愛知・東三河国公法弾圧を許さない会 尾崎金三郎さん

 最高裁では法廷で傍聴ができないので、やることは署名しかありません。私たち東三河の会では、これまでに1500人分を集めました。署名をどんどん積み上げなければと思っています。
 東三河の会では、集会や集いがあると聞くと机と署名用紙を持っていき、参加された人にその場で書いてもらうようにしています。
 今後は、事件を学ぶ学習集会も提起していきたいと考えています。当事者の2人、あるいは弁護士の先生を呼んで学び、一緒になってがんばっていきたいと思います。

  • 国民救援会岡山県本部・竹原正樹さん

 岡山県本部は、850人の会員です。署名は今日現在で会員数の約3倍・2491人分を集めました。
 県本部の常任委員会で事件について議論しました。なぜこの事件がおこされたのか、最高裁で負ければ国民の知る権利が奪われることになると話し合いました。その上で、心の中でいくら「弾圧だ」と叫んでも裁判所には通じない、この声を最高裁に届けるには署名しかないと確認しました。
 署名の目標は、会員比475%の4000人を設定。支部や会員のとりくみを県本部版で紹介し励ましてきました。
 冤罪をなくしたい、弾圧をなくしたいという思いで救援会に入ってくれた人の心に火をつけようと、なぜいま署名が必要なのかを会員に語り続けました。その結果、全支部が会員数の署名を突破しました。

  • 日本国家公務員労働組合連合会・門田敏彦さん

 同じ公務員の仲間として勝利を勝ち取るまで戦い抜きたいと考えています。日本のように政治的自由が剥奪されている国はありません。この事件は、組合としてもきっちり位置づけて考えています。
 地域主権改革と称して、民主党政権が国の出先機関を原則廃止するということが進められてきています。しかし、安全な暮らしを保障するという観点から大きな問題があります。こうしたことを一番よくわかっている国家公務員が、選挙や日ごろのビラでこの問題を訴えていくことが重要なのですが、国公法・人事院規則で制約を受けて喋ることができません。こうしたことのないように、この事件の勝利を勝ちとりたいと思っています。

国民救援会中央本部・鈴木亜英会長の挨拶  

 戦後の歴史を振り返ると、電柱ビラはりや選挙時のビラ配りなど、数多くの言論弾圧がおこなわれ、その都度ビラの自由を求めてたたかってきました。いずれのたたかいも勝利して、今やそれをもって弾圧することは困難な状況を私たちはつくりつつあります。しかし、集合住宅へのビラ配りや、公務員の政治活動の自由という点では、壁が私たちの目前に迫っています。この事件に勝利することによって、日本の社会に市民的な自由、政治活動の自由を押し広げて、明るい民主的な社会にしていくという任務が私たちにはあると思います。
 堀越事件の高裁判決は、国民の法意識の変化を指摘しました。裁判所は世論を気にしているのです。日弁連もこの事件の支援を約束しています。国連も自由権規約委員会が厳しい勧告を出しています。
 私たちの運動は、短期間の間に世論を、そして世界を変えてきています。このことを誇りに思うべきです。力を尽くして悔いのないようたたかい、みなさんと一緒に勝利したいと思います。

「私は無実です」――高知白バイ事件を新たに支援決定  

 国民救援会は1月16日、17日の第3回中央常任委員会で、新たに高知白バイ事件を支援決定しました。

 2006年3月3日、スクールバスの運転手・片岡晴彦さんは、「お別れ遠足」の送迎で22人の中学生と3人の教職員をバスに乗せて走行していました。遠足の帰り、飲食店駐車場から出てきたバスが、右折をしようと国道交差点を横断して反対車線手前で停車していたとき、右側から走行してきた白バイが突然衝突、片岡さんはその場で「現行犯逮捕」されました。
 事件から8カ月後、出頭した高知地検で、片岡さんが白バイ隊員を跳ね飛ばしたとする内容の調書が作られ、06年12月に「安全を確認する注意義務を怠った」として業務上過失致死の罪で起訴されました。

 スクールバスに乗っていた教職員と生徒25人がその現場を見ており、裁判でも証言しました。共通しているのは、「事故が起きたとき、バスは止まっていた」、「バスは急停車していない」ことです。加えて、白バイの後ろにいた車の運転手も白バイが100勸幣紊梁度で走行しているのを見た、と証言しています。
 一方、検察側の証人として、事故当時、現場付近で交通取締りをおこなっていた交通機動隊員が、「バスは時速10劼梁度で動いていた」と証言しています。しかし、その隊員は街路樹によって見えないはずの位置から「白バイが時速60劼覗行しているのが見えた」などと証言しており、きわめて信用性の低いものです。

 高知地裁、高松高裁、最高裁はバスに乗っていた複数人の証言を否定し、片岡さんに禁固1年4月の不当判決を言い渡しました(08年確定)。判決では白バイは「時速60辧廚如▲丱垢蓮峪速10辧廚覇阿い討い燭版定。バスのタイヤの「スリップ痕」が現場に残されていたことを根拠に挙げています。
 しかし、その根拠とされる「スリップ痕」は片岡さんが運転していたスクールバスのものではありません。事故の翌日、現場を確認しに行った教育長や中学校のある町長らは「スリップ痕はなかった」と裁判で証言しています。加えて高松高裁で証拠採用を求めた日本自動車事故解析研究所の石川和夫所長の解析書では、そもそも「スリップ痕」とされているものにはタイヤの溝が現れていないこと、後輪のスリップ痕が認められないことなどから、少なくとも片岡さんが運転していたバスのスリップ痕ではないと鑑定しています。
 また、仮に判決で認めた時速10劼覗っているバスがブレーキをかけたとしても、1mものスリップ痕が残ることは常識的にも考えられず、これも鑑定で証明されています。さらに片岡さんが運転していたバスは、急ブレーキでタイヤがロックされてスリップするのを防ぐシステムが使われており、それだけでもスリップ痕が残される可能性はきわめて低いといえます。

 片岡さんは2010年2月に出所し、昨年10月に再審請求をおこないました。新証拠としてバスに乗っていた生徒たちの証言、「スリップ痕」の解析書等を提出しています。片岡さんの同級生や町会議員などの有志が「片岡晴彦さんを支援する会」を結成するなど、運動も広がっています。
 片岡晴彦さんは無実です。運転していたバスは白バイが衝突するまで停止しており、業務上過失致死にあたりません。
〈激励先〉〒781―1911 高知県吾川郡仁淀町長者乙2494 片岡晴彦さんを支援する会

大阪地裁所長オヤジ狩り事件で警察側が控訴  

 大阪地裁所長オヤジ狩り国賠裁判で、無実の少年たちを暴行し自白を強要する違法な取調べをおこなったとして、大阪地裁で1500万円の損害賠償を命じられた大阪府(府警)が2月1日、大阪高裁に控訴の申立てをおこないました。
 国民救援会大阪府本部は勝利判決が出た1月20日から「控訴するな」の電報を集中するよう呼びかけ、要請を続けてきました。今後もひきつづき「控訴を取り下げろ」の抗議要請を続けると同時に、あらためて控訴審のたたかいに向けた集会の開催を予定しています。

静岡・袴田事件で日弁連が死刑の執行停止を法相に勧告  

 強盗殺人事件の犯人とされ死刑が確定し、裁判のやり直しを求めてたたかっている静岡・袴田事件の袴田巌さんについて、1月27日、日本弁護士連合会が江田五月法相に対し、死刑の執行停止と、精神疾患の治療を東京拘置所長に指示するよう勧告をおこないました。
 日弁連は、袴田さんと面接した3人の医師の意見書にもとづき、袴田さんは長年の拘禁によって妄想性障害にあり、「心神喪失」の状態だと判断。死刑の執行を停止し、刑事施設外の施設で治療をおこなうべきだと求めています。
 刑事訴訟法479条には、「死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によつて執行を停止する」とあり、これにもとづいた勧告といえます。

漫画家が葛飾支部に東京都の青少年条例批判のメッセージを寄稿  

 ドラマ化もされた「オトメン」などの人気漫画で知られる葛飾区在住の漫画家・菅野文さんが、青少年の育成を口実にアニメや漫画に規制を加える東京都の青少年条例(昨年12月可決)を批判するメッセージを国民救援会葛飾支部に寄稿しました。
 メッセージでは、「健全」な表現の場は、作り手を含めて自主的に考え、ルールを設けるもので、今回の条例は「権力が表現を規制する」暴挙だと指摘し、強く反対を表明しています。この条例には、漫画家や制作者を始め、出版社、日本ペンクラブなども反対しています。

連載・韓国 参与裁判から見えるもの  

 韓国参与裁判の視察を通して、日韓の市民参加の裁判制度の違いを知り、同時に司法制度改革の実施も、韓国の場合は国民の要求から生まれたことが分かりました。

 日本の司法改革は新自由主義的改革の一環として、国民不在の改革の側面を強く持っています。
 国民救援会も国民に開かれた司法をめざして、誤判や冤罪根絶を強く要請してきました。しかし、最終的には国民的論議の深化を待たずに実施となりました。韓国はどうだったのでしょう。
国民の要求で
 大阪地裁の現職判事である今井輝幸裁判官の著した「韓国の国民参与裁判制度」によると、「従来の刑事裁判に対する韓国国民の不信感が強かったために、国民自らが、刑事裁判に関与することを強く希望していた事実は非常に重要な要素と言える」と記されています。
 韓国の司法改革は国民からの要求で実施されたことがうかがわれ、結果、制定・施行された参与法に対する韓国国民の期待感は高いと述べられています。この違いはどこから来るのでしょうか。

 近くて遠い国、かつて韓国はそう呼ばれていました。日韓強制併合という歴史的事実は、植民地支配から脱した後も、長く日本との正常な関係を結ばせませんでした。
 軍事政権下、南北分断という緊張関係が、時を経てもなお新たな政治的背景を伴って、日本や日本文化に対する排外主義を不変のものとしていました。
 韓国内では30年を越えて学生や勤労者を中心に果敢に民主化闘争がたたかわれました。金大中政権が誕生、盧武鉉政権へと引き継がれ、不幸な歴史の清算へと着実な歩みが始まっています。
 国民からの司法改革要求も、同様の歴史的背景の結果なのだと実感しました。

 盧武鉉政権のもと04年、日本の植民地支配のもと独立をめざし弾圧された朝鮮人運動家らを弁護したことから、朝鮮独立運動に寄与した人物に与えられる「建国勲章」が、日本人で初めて布施辰治に授与されました。
 日本では昨年、各地で映画「布施辰治」の普及活動が進み、国民救援会もその普及に大きな力を発揮しました。
 布施辰治は自由法曹団結成に参加、弾圧の嵐に抗して民衆の弁護士としてまっとうしたその生涯は、今も日韓の司法界に輝いています。
 日韓の市民参加の裁判制度は、1年半後、ともに法律に定められた見直しの時期を迎えます。日韓双方の司法関係者が改革の方向を論議しようとの計画も始まっています。
 私たちも見直しの時期に向けて傍聴運動を繰り返しながら、改革要求の国民的論議の深化を図らなければならないと痛感しています。

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