日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

11年10月5日号

11年10月5日号  

仙台筋弛緩剤冤罪事件−再審へ決意固める−20都道府県 180人参加  

 仙台・筋弛緩剤冤罪事件(北陵クリニック事件)で、無実の守大助さんを救い出そうと、「守大助さんの再審・無罪を勝ちとる全国集会」が、9月17、18日、仙台市内で開かれ、再審請求に向けて運動を強めようと決意しました。

 集会は、地元宮城の守る会、国民救援会中央本部、同宮城県本部の呼びかけで開かれたもので、北海道から九州まで20都道府県から180人が参加。全国26の支援組織のうち21の会が参加しました。

全国に守る会、大きく広がる
 宮城守る会の志賀事務局長は、経過報告のなかで、最高裁で上告棄却後、大助さんの両親、弁護団、守る会役員が全国25都道府県に足を運び、直接支援を訴えて歩いたことが全国26の支援組織の結成の大きな原動力になったと報告。各地の守る会の会員総数が2600人以上に達し、学習会・集会が181カ所で開催され2万3900人以上が参加していること、各地の支援組織で医療関係者が参加していることを報告しました。
 「支援者の支えがあって再審無罪を勝ちとれた」と話す布川事件の杉山卓男さんは、「全国の力と、当事者、弁護団、支援組織の3者が団結して再審無罪につなげてほしい」と激励しました。

全国連絡会の準備会発足へ
 集会では、全国連絡会の設立にむけて準備会を発足することが提起され、準備会を東北・関東の9つの守る会と国民救援会中央本部、同宮城県本部で構成することを確認しました。
 全国の各守る会から活動の紹介や、全国連絡会設立にあたっての要望や意見交換がおこなわれました。徳島の会からは、確定判決や上告趣意書などの学習会を重ねて、再審にむけて何が必要なのかを学びつつ、毎月の街頭宣伝や会員拡大にとりくみ、現在会員300人以上の会に発展していることが紹介されました。また、今年広島でおこなわれた日本母親大会で広島の会と協力して4000枚のビラを配布し、会場内に物産店「仙台・北稜クリニック事件」を出店した活動が紹介されました。その他、自分たちで竹の子を缶詰にして販売して財政活動をしている(青森・八戸の会)、地元特産の起き上がり小法師の入った絵はがきを作成して、ハガキ運動をおこなっている(福島・会津の会)など、各地の多彩な支援活動が報告されました。

運動つよめて、再審・無罪へ
 弁護団からは、再審請求にむけて弁護団会議を重ねて、現在大詰めの作業をおこなっていることが報告され、2日目はこの弁護団報告をうけて各地の支援者から再審請求にむけて熱心な質疑がおこなわれました。
 支援へのお礼を述べた守さんの両親は、「全国からたくさんの方が参加してくださり、勇気づけられた。事件から10年になるが、これからも頑張っていきたい」と話し、参加者全員で再審無罪を勝ちとるために、さらに運動を強めようと確認しあいました。
 守さんの幼稚園の担任で、集会に参加した宮城の上西雅江さんは、「全国からたくさんの人が集まったことに感動しました。各地の報告を聞き、他の冤罪事件が次々明らかになるなかで、いま一番大事なときだと確信しました。ご両親が元気なうちに大助さんを救い出したい」と感想を話しました。

「頑張って」宣伝に激励の声  

 集会に先立ち、仙台市内でおこなれた街頭宣伝には総勢42人が参加し、支援活動始まって以来の大宣伝行動となりました。各守る会代表11人がリレー演説。ビラは1241枚を配布しました。
 大助さんの母・祐子さんに声をかけた女性は、「息子と大助さんはそっくり。無実を信じています。頑張って」と話し、「知り合いに配ります」と言ってビラを20枚持ち帰りました。また、訴えを聞いている青年に祐子さんが話しかけると、「僕、大助さんと同じ名前なんです。仙台の拘置所にいる時、2回ぐらい励ましの手紙を書いたことがあります。頑張ってください」と答えるなど、多くの対話が生まれました。


被災地へ思いを届け!東日本大震災 救援会員がボランティア活動  

 東日本大震災から半年が経過した今も、支援を要する被災地で、復興ボランティアとして活動した会員のレポートを紹介します。

課題まだ山積み   埼玉・川口支部 長谷川孝司さん  

 8月3日から5日の3日間、宮城県名取市、仙台市宮城野区で農家のハウスからの泥出し作業をおこなってきました。東仙台ボランティアセンターのある宮城野区東仙台から仙台港方面に向かうと、それまでの都市郊外の景色とは一変し、津波の被害で1階を中心に大破した家屋や店舗がまばらに残る荒野に、仙台市が被災地であることを実感しました。
 カーネーション農家Oさんの温室からの泥出し作業。Oさん家族は、親夫婦、息子夫婦とその子どもが同じ敷地で暮らし、奥さんたちは子どもと一緒に温室で作業中に地震に遭い、どうしたものかとその場にいたところ、通りかかった人に「津波がそこまで来ている、車に乗ってすぐ逃げろ!」と車に乗せてもらい、近くの高速道路上に駆け上がり、その直後に辺り一帯を2方向から津波が押し寄せたそうです。その後も「これから先どう生きていったらいいか、カーネーション栽培はどうなるのか、住宅ローンも残したまま、さらに二重ローンを組まなければならない」などの現状を語っていました。
 また、「避難先から戻ると屋根の上まで瓦(が)礫(れき)に埋もれ、家が見えず、ぼう然とし泣けてきた」と当時の様子を話してくれました。
 仙台市の津波ボランティアセンターは、8月10日で閉所されるとのことですが、農地の瓦礫撤去や泥出しなど、被災地にはまだまだ手伝うことがたくさんあるというのが現地に行った実感です。
 犖に出せない被災者の思い瓩鉢牴燭役に立ちたいという全国の善意瓩魴襪屮椒薀鵐謄アセンターの存続を願い、復興にはまだまだ長く厳しい道のりがあると強く感じた3日間でした。(支部版より)

生々しい話聞き   石川・金沢支部 坪坂了子さん  

 9月2日から5日まで、総勢8人(70歳前半4人、60歳前半4人)で岩手県釜石市、大槌町へボランティアに行ってきました。
 今まで何かしなければと思いながらも体力に自信がなく、行っても迷惑になるのではないかと躊(ちゅう)躇(ちょ)していたのですが、諸先輩の気迫につられご一緒させてもらいました。
 支援活動は、支援物資(お米、野菜)を1軒ずつの小分けにしたり、その物資の青空市での無料配布や、埃のついた食器の洗浄、仮設住宅での聞き取り調査、被災地の視察などをおこないました。
 被災された方からは、津波が沖合から黄色い帯になり水門を越えてきて一目散に高台に逃げた。眼下に渦巻いているのを見てとても怖かったと話され、反対方向に逃げた方は助からなかったとも話していました。
 新しく建てた家が流され、政府の方針が決まらないと何もできないことや、津波に遭わなかった釜石の方は、停電のため翌日まで津波の被害を知らなかったことなど、生々しい話を聞くことができました。
 津波被災地の鉄骨・鉄筋の建物は骨組みだけになり、民家は土台の石だけが残っており、空き地にはひまわりやコスモスの花、雑草が青々と茂っていました。
 夜は、新潟、北海道から来られた支援の方と一緒に食事をしながら交流することができ、聞き取り調査の要望が実現されていることも知りました。
 とても有意義な4日間でした。ご一緒してくださった方がたに感謝です。(県版より)

震災後初の民パト−「堂々政策訴えて」と激励−宮城   

 8月28日投票で仙台市議会議員選挙がおこなわれ、泉・富谷支部と県本部が3日間にわたって民間パトロールをおこないました。
 震災の後ということで、自粛ムードが広がるなか、「大震災の後の選挙だからこそ堂々と政策を訴えて、有権者の選択を仰ぎましょう」と宣伝をし、選挙事務所など9カ所を訪問。激励をして、堂々とのびのびと選挙をやろうと話をし、選挙をたたかう心得が書かれたカードを渡すと、「非常にぴったりだ」と喜ばれました。
 9月11日投票の、塩竈市長・市議選挙、多賀城市議選では、選挙事務所を訪問し激励をすると、「救援会のお世話になる事はないから、辞めたんだ」と話す元会員さんがいました。その方に、「今度はお世話をしてほしい」と入会の訴えをすると、快く入会してくれました。また、その事務所にいた乾物屋の社長さんも、「物品販売で救援会にはお世話になっている」と一緒に入会をしました。


滋賀・日野町事件、第2次再審申立てへ=阪原さん家族が決意  

 滋賀・日野町事件で無実を訴えながら再審請求中に亡くなった阪原弘(ひろむ)さんの家族が、第2次再審請求を大津地裁に申し立てる意向を表明しました。
 9月13日におこなわれた弁護団会議で、家族と弁護団は、阪原さんの一周忌にあたる来年3月までに再審請求の申し立てをする方向で調整をすすめることを確認しました。これを受けて弁護団は、申立書の作成準備に入りました。
 支援運動をおこなう日野町事件対策委員会は、9月22日の会議でこれまでの活動を終了することを確認。今後は国民救援会滋賀県本部が中心となって、弁護団の第2次再審請求の準備活動と歩調を合わせながら、新しい支援組織の構築に向けた準備を始める方針です。
 日野町事件は、1984年に発生した強盗殺人事件で、阪原さんが犯人とされ無期懲役刑を受けたものです。阪原さんは、獄中から再審請求をおこないましたが、大津地裁は06年に再審請求を棄却。大阪高裁に即時抗告中の昨年12月、食道炎と肺炎を併発。体重は34キロまで落ち、面会にはストレッチャーで運ばれるほどに衰弱し、刑の執行停止を受けて外部の病院へ移送されました。家族のもとで手厚い看病を受け、一時回復の兆しを見せましたが、今年3月18日、肺炎のため亡くなりました。

「再び力を貸して下さい」 阪原さん家族がメッセージ  

 長い間、ご支援を頂きありがとうございました。父を亡くし、悲しみに明け暮れる間に早6カ月が経とうとしております。長い苦しい闘いの中で、皆様にご支援いただけたことだけが喜びであり、唯一の幸せでした。
 父の無念と、父を助けられなかった家族の悔しくて辛すぎるこの思いを、何処にぶつけていいか分からず悩みました。先日、弁護団会議に参加したところ、「もう一度、一緒にやりましょう」という温かい言葉に背中を押していただき、再審申し立てをおこなうこととなりました。
 再び皆様のお力をお貸しください。そしてもう一度、父のために闘う勇気と希望を家族に与えてください。     ※国民救援会京都府本部大会(9月17日)へあてたメッセージより

◆第195次最高裁統一要請行動−「信頼得る司法に」支援者が申し入れ  

 最高裁に係属して裁判をたたかう事件関係者が、2カ月に一度、共同で最高裁に要請をおこなう第195次最高裁統一要請行動が9月21日おこなわれ、9事件35人が参加し、宣伝と要請行動がおこなわれました。
 要請では、世田谷国公法弾圧事件の宇治橋眞一さんが、元検事だった古田佑紀裁判官の回避(審理から外れること)をあらためて申し入れ、「国公法弾圧事件の捜査指揮と起訴をおこなった当事者が、裁判官となって検察の主張を振りかざすのは正当性がない」などと訴えました。また、この日提出した署名を合わせ、累計で12万9767人分、3082団体分の署名を提出しました。
 その他、埼玉・ヘルパー窃盗冤罪事件の支援者も多数参加。支援者の一人は、「アメリカでは、裁判官の名を冠した空港まであり、裁判官が国民から信頼され親しまれている。日本の司法も国民から信頼されるようになってほしい」と訴えました。

◆福井・パナソニック若狭工場地位確認請求事件−派遣労働者の権利を認めず  

 パナソニックエレクトロデバイスジャパンの偽装請負を告発し、不当解雇された河本猛さんが正社員としての地位確認などを求めた裁判の判決が9月14日、福井地裁であり、坪井宣幸裁判長は河本さんの請求をすべて棄却する不当判決を言い渡しました。
 判決は、労働者派遣法は、行政が企業を指導・規制するためのもので、派遣労働者に何らかの権利・権限を認めていない。法的保護に値する利益と評価することはできないと解釈して、河本さんの請求を退けました。
 判決後の報告集会で河本さんは、「この判決をくつがえすだけの運動を展開して必ず勝利したい」と述べ、控訴する決意を表明しました。

大阪・オヤジ狩り事件国賠裁判、二審でも勝利を=10月28日 判決へ宣伝・要請  

 大阪地裁の所長が襲撃され金品を奪われた大阪地裁所長オヤジ狩り事件で、犯人とされた5人の青年たちが警察や検察の違法捜査の責任追及と謝罪を求める国家賠償裁判の二審判決が、10月28日、大阪高裁で言い渡されます。判決を控え、関西えん罪連絡会が9月12日、大阪市内で宣伝と要請行動をおこないました。
 宣伝には20人が参加。若者や女性、サラリーマンの方から「頑張ってください」と激励を受け、500枚のビラを配布しました。続く大阪高裁への要請では、原告5人の名誉回復と補償を命じる判決を出すよう求めました。
 事件は、逮捕された青年たちと犯人の体格が違うことが防犯カメラの映像で判明し、無罪判決が確定。警察・検察などに対して国賠訴訟を提起し、一審の大阪地裁では、逮捕して暴行し、自白を強要した警察の捜査は違法として、賠償を命じる勝訴判決を勝ちとりました。
 原告の一人、藤本敦史さんは、「無罪判決と一審の勝利は、全国のみなさんの支援と署名のおかげです。裁判に勝利して、冤罪が起こらない社会にし、獄中で苦しむ人に諦めずにたたかう希望を持ってほしいと思います」と訴えています。
【要請先】〒530-0047 大阪市北区西天満2−1−10 大阪高裁・坂本倫城裁判長

東京・沖田国賠 「最高裁で勝ちぬこう」 支援のつどいに101人  

 電車内での携帯電話の通話を注意したことが発端で、沖田光男さんが痴漢にデッチ上げられた事件の責任を追及している沖田国賠訴訟で、「警察・検察をただす会」の主催で「勝利をめざす支援のつどい」が9月16日、東京・立川市内でおこなわれ、101人が参加しました。
 元裁判官の秋山賢三弁護士は記念講演で、「痴漢冤罪」の近年の特徴を論じ、運動が世論と判決を動かしてきたとして、沖田さんを最高裁で勝利させる意義を強調。裁判官をヒューマニズムによって揺さぶり、共感を得るとりくみを強めようと呼びかけました。
 沖田さんは事件後の12年間を振り返り、「何もわからず始めた裁判だったが、人びとの無実の叫びがこの国の司法を変える力にやがてなる、たたかいのなかでそう確信するようになった」と、勝利への決意を表明しました。
 最後にソーラン節の替唄で支援運動のテーマソング「沖光音頭」をみんなで歌い、最高裁を勝ち抜く決意をひとつにしました。
【激励先】立川市羽衣町2―29―12 国民救援会三多摩総支部内 警察・検察をただす会 TEL042(524)1532


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