日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

11年1月15日号

11年1月15日号  

国公法弾圧事件で違憲無罪判決を求める署が4万5千人分集まる  

 国公法2事件の勝利に向けて、最高裁に違憲無罪判決を求める署名が、12月22日の時点で4万5千人分を超えました。1月末の世田谷事件上告趣意書提出の日までに、さらに署名を上積みして世論を大きく動かしましょう。

 署名は毎日のように中央本部に到着しています。12月22日集約の時点で4万5094人分となりました。そのうち、国民救援会が集約した分は4万1177人分で、年内の目標とする5万人分(ほぼ会員数)までもう一歩のところまで来ました。
 この間、各地の県本部や支部の奮闘により、会員数を突破した都道府県本部は13、会員数の半分に到達した県本部は24、会員数を超えた支部は64に達しました。

 全国に先駆けて会員数515人分の署名を突破した山形県本部では、その後も署名の集約が続き、現在会員数の203%に達しています。岡山県本部も839人の会員に対し、215%の署名を集約しました。
 これらの前進している県本部のとりくみを見ると、地域に根ざした支部の奮闘がありました。
 山形の酒田支部では、地域の医療機関の労組に署名の相談を持ちかけたところ、「私たちもビラを配るので、弾圧される可能性がある。この事件は、私たちにとって身近な問題になりつつある」と関心を示し、組合員や家族、友人などに署名のお願いを広げてくれて、2週間ほどの間に700人分を超える署名を集めました。
 岡山・倉敷支部の水島病院班では、地域の医療機関に救援会員がいて、病院の職員などに呼びかけて240人分の署名を集めました。病院内では、過去にも葛飾ビラ配布弾圧事件の荒川庸生さんを招いて学習会をしたり、名張事件のビデオ上映会をするなどの交流がありました。

 日常のつながりや関係を活かして、さらに署名を上積みし、1月31日の世田谷事件上告趣意書提出の日に向けて奮闘しましょう。

国公法共闘会議で初の要請行動  

 11月16日に結成された国公法弾圧2事件(国公法弾圧堀越事件世田谷国公法弾圧事件)の共闘会議による初の最高裁要請行動が12月15日、14人の参加でおこわなれ、各団体の代表が2事件での違憲無罪判決を要請しました。
 要請に先立って8時15分から始まった宣伝行動では、全労連、国公労連、全教、国民救援会、堀越事件、世田谷事件の両支援組織の各代表がマイクを握り、「2事件を大法廷に回付せよ」、「古田裁判官は、世田谷事件からも回避せよ」と訴えました。
 要請で全教の米田執行委員は、「過去、教職員は教育の名で生徒を戦争に参加させてきた。教職員はそのようなことがないように政府の動きをただす役割を持っている。政治的行為は当然の行為で、これを刑事罰で断罪することは許されない」と訴え、国公労連の阿部副委員長は、「公務員は国民のひとりとして憲法上の権利がある。きっぱりと違憲無罪判決を」と要請しました。

「古田裁判官の回避を」―最高裁で激励行動  

 国公法弾圧2事件の両弁護団は、1月31日に世田谷事件の上告趣意書を最高裁に提出します。
 2事件が係属する最高裁第2小法廷の裁判官のひとり、古田佑紀裁判官は、最高検在籍中に堀越事件の捜査を指揮しており、自ら審理を回避(審理からはずれること)しました。ところが、世田谷事件については一貫して回避を拒んでいます。
 2事件を大法廷に回付させ、違憲無罪を勝ちとるには、公正な裁判を期待できない古田裁判官の回避が不可欠です。1月31日の上告趣意書提出にともなう一連の行動に参加し、古田裁判官回避の声で最高裁を包囲しましょう。
最高裁上告趣意書提出行動 1月31日(月)午後1時 最高裁正面玄関
報告集会 同日午後2時 衆議院第2議員会館第1会議室(主催:国公法弾圧2事件共闘会議)

山形・明倫中裁判で再審めざし支援集会  

 山形県新庄市の中学校の体育館で、男子生徒が遺体で見つかった1993年の明倫中マット死事件で、犯行したとされた元少年7人の無実を訴えている「無実の元少年たちを支援する会」は12月5日、集会「終ったのか明倫中裁判」を新庄市内で開催し、再審をめざして活動を再開しました。

 73人が参加した集会では、支援する会の世話人で国民救援会北村山支部長の菅藤清一郎さんと支援する会会長の高嶋昭さんがそれぞれ講演。
 菅藤さんは、「事件翌日、警察が流した情報をそのまま流したマスコミ報道によって、生徒がマットに『す巻き』にされたという世論ができあがった。家裁審判の段階での弁護団の現場検証では、抵抗する人を持ち上げてマットに入れることは、ぐにゃぐにゃしたマットが不安定で立つことができないため不可能だった。警察のウソの筋書きを国民が信じ込んでいるのが残念だ」と話しました。
 高嶋さんは、「時々肝だめしという形でロール状に立てられた運動マットの真中の空洞に頭から逆立ちしてどれ位の時間耐えられるかという遊びもしていたという生徒の供述もある。司法解剖の結果は『他為を疑わせる積極的所見はない』つまり自殺か他殺かわからないと判定した。事件を初めから全面的に検討を加え、見直すべきだった。7人の少年の再審を勝ちとり、誇りをもって生涯を送れるようにしたい」と語りました。
 集会には、朝日新聞と山形テレビが取材に訪れ、大きく報道されました。

 支援する会は、05年に最高裁で不当判決が確定後、実質的な活動を休止していました。支援する会と救援会山形県本部の要請で、弁護団に県本部会長の佐藤欣也弁護士が加わり、現在膨大な資料を検証し、再審へ向けた検討を重ねています。

事件概要
1993年、山形県新庄市立明倫中学校で男子生徒が体操用具室に巻かれて置いてあったマット内で頭から逆さに入って窒息死した事件。警察は、傷害および監禁致死の疑いで同校の13歳、14歳の生徒7人を犯人として逮捕・補導しました。警察の不当な取調べによって少年たちは「自白」させられ、少年審判では3人が保護処分(刑事裁判での有罪にあたる)、3人が不処分(無罪)となり、確定しました。一方、死亡した生徒の遺族が起こした損害賠償訴訟は、一審で少年全員の関与を否定し、事件性はないとする事実上の「無罪」。しかし高裁で逆転不当判決。05年最高裁で確定。現在再審請求を準備中。

滋賀・日野町事件で阪原さん回復へ  

 昨年12月6日に、刑務所内で危篤状態となって外部の病院に移送された日野町事件の阪原弘(ひろむ)さんが、適切な治療と家族の看病によって、徐々に回復に向かっていることが、日野町事件対策委員会からの報告で明らかになりました。現在は肺炎も治まりつつあり、自力で呼吸ができるようになりました。酸素吸入も昼間はマスク型から鼻に装着するチューブ型に変わり、多少の会話もできるほどに回復しました。
 こうしたことから、これまで病院に詰めていた家族も交代で自宅に戻り、長期的に阪原さんの看病ができる態勢へと移行しました。
 しかし、刑の執行停止以降の治療費や個室料、家族の旅費と滞在費など、家族にとっての経済的負担が大きいことから、対策委員会ではひきつづき阪原さんへの激励と支援カンパを呼びかけています。

〈激励先〉〒732―0052 広島市東区光町2―9―24 ロードビル202号 国民救援会広島県本部

東京・痴漢えん罪西武池袋線小林事件の処遇が一部改善  

 昨年10月に懲役1年10月の刑が執行され、現在静岡刑務所に収監されている痴漢えん罪西武池袋線小林事件の小林卓之さんの処遇について、一部で改善が見られることが支援する会の報告で明らかになりました。
 小林さんは膠原病全身強皮症という難病や脳梗塞に罹患して加療中でしたが、検察官が執行を強行。支援者や家族などが、法務省や静岡刑務所などに対して刑の執行停止と医療にかかわる処遇の改善を要請し続けた結果、11月26日にようやく難病治療に必要な週3回の静脈注射の投薬が実施され、冷水での食器洗いの免除や、入浴の介助など、一部処遇の改善が見られました。
 しかし、12月3日に弁護団、家族と支援者が面会したところ、小林さんは収監前と比べて11キロも体重を落とし、病気を悪化させないための温水の使用ができないなど、問題点も数多く見つかっています。
 弁護団は、誤った裁判をやり直すための再審請求の申し立てを2月14日におこなう予定です。

〈激励先〉 〒420―0801 静岡市葵区東千代田3―1―1 小林卓之様

東京・痴漢えん罪練馬駅事件で最高裁が上告棄却  

 痴漢えん罪練馬駅事件で、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は昨年12月16日付けで上告棄却の決定をしました。これにより、懲役4月・執行猶予3年の判決が確定しました。決定理由は「上告趣意は、事実誤認の主張であって、上告理由にあたらない」とするもので、裁判官全員一致の判断です。
 事件は、07年に東京・西武池袋線の電車内で、「被害者」の女性の後ろに立っていた会社員のNさんが痴漢に間違えられて起訴されたものです。「被害者」女性は犯行を見ておらず、他に犯行を目撃した人もいません。一方、Nさんの手指からは犯行をしていれば付着する「被害者」の着衣の繊維が一本も検出されていないなど、無実を示す証拠も法廷に出されていました。

 満員電車内の痴漢事件については、防衛医大教授が起訴された事件で、最高裁が09年4月に一、二審を覆す逆転無罪の判断をしています。その理由のなかで最高裁は、被害者の供述が唯一の証拠である場合、男性側が有効な防御をおこなうことができないことから、特に慎重な判断をすることが求められると述べています。また、那須弘平裁判官は補足意見で、「冤罪で国民を処罰するのは人権侵害の最たるもの」と指摘し、「『疑わしきは被告人の利益に』の原則も、突き詰めれば冤罪防止のため」と述べています。
 こうした最高裁の判決があったにもかかわらず、国民救援会が支援していた痴漢冤罪事件は、練馬駅事件を含めて3事件が昨年続けて最高裁で棄却されました。いずれも物的証拠はなく、あいまいな「被害者」供述を鵜呑みにして有罪認定をしており、最高裁判決を自ら否定する決定が相次いでいる状況で、誤判を防止し、無辜を救済する刑事裁判の原則から大きく逸脱しています。

〈抗議先〉 〒102―8651 千代田区隼町4―2 最高裁第2小法廷・古田祐紀裁判長
〈激励先〉 〒112―0001 文京区白山4―33―21―706 山田方・痴漢えん罪練馬駅事件Nさんを守る会

「闘いバネに生きる」―Nさん  

 事件から3年8カ月、あまりに長いたたかいでした。自分の人生が大きく狂ってしまったことは残念でなりません。しかし、こういう結論になった限りは、今後どう生きるかについて向き合っていきたいと思います。
 多くの友人や支援者に励ましていただき、冤罪とたたかう人たちと出会い、力を合わせて励ましあえたことは、私の将来にとって大切なこととなりました。今後は、これまでのたたかいをバネに一所懸命に働き、苦労をかけた家族(妻と3人の子)に恩返しをしていきたいと思います。

三重・名張毒ぶどう酒事件で中国・九州・四国ブロックが要請行動  

 奥西勝さんが再審を求めている名張毒ぶどう酒事件で、12月17日に名古屋高裁・高検への要請行動がおこなわれ、中国・四国・九州ブロックの国民救援会を中心に17府県26人が参加しました。
 要請団は名古屋高裁に対し、「最高裁が迅速な審理をと言っているのに、検察の引き伸ばしに同調するな」と要請。名古屋高検に対しては、「ただちに異議申し立てを取り下げて、再審に入るべき」「どうしてこんなに無実の人を苦しめるのか」などと訴えました。
 今回あらたに名古屋高裁に3558人分の署名を提出し、累計4万3443人分となりました。

栃木県本部が菅家さんとともに宇都宮地裁・地検に対して要請  

 国民救援会栃木県本部は、昨年、再審裁判で無罪判決を勝ちとった足利事件の菅家利和さんとともに、12月22日、宇都宮地裁・地検に対して11人で要請行動をおこないました。
 要請は大阪地検の証拠改ざん問題を受けておこなわれたもので、地検に対し、検察の体質改善と誤判の検証などを求めました。地裁に対しては、自白の任意性・信用性を厳しく判断することなどを求めました。菅家さんは、取調べの全面可視化の必要性を強調しました。
 当日の街頭宣伝では、菅家さんもマイクを握り、300枚のビラを配布しました。

連載・獄中に希望届けるメッセンジャー  

 獄中の桜井昌司さん、杉山卓男さんと交わした手紙は約3千通ほどです。
 この通数がなぜ分かったかというと、手紙のやりとりを始めるときに、国民救援会の副会長でもあった山北孝之さんから、「番号を振っていた方が欠落していたときにわかる」という助言をいただきました。そうすれば刑務所に許可されず届かなかった手紙がわかり、後で理由を検証することができるからです。その番号を見て、届かなかったものも含めると結果的に約3千通になりました。

 ラブレターじゃないので、はじめはなかなか筆が進みませんでした。だけど、保護者になっていない支援者から、こういう手紙を入れてくれないかと頼まれて、やがてメッセンジャーになりました。はじめはカギカッコで全部書き写して、最後に「という伝言がありました」と付け足して出したところ、刑務所からダメだと言われました。それでも、支援者の声を伝えたくて、「手紙らしい」文章にするために試行錯誤して、認められたり、認められなかったりしました。
 再審開始が決定してから、マスコミが「思い出の手紙はありますか」とよく聞いてきました。きっと華やかな「3千通の手紙」を想像されているんだろうと思います。
 でもね、思い出の手紙はないんですよ。こちらも向こうも伝言を入れたりするので、一回の手紙がとても長いし、しみじみ1対1でやりとりしているわけではないですから。私の方は書かないとたくさんの支援者から伝言がどんどん来て急かされるし、向こうからは小さい字で、当時の制限ギリギリの長く細かい文章での返事が来て、忙しいやりとりでした。

 面会や手紙にはさまざまな制限がありました。そして、支援運動の広がりや度重なる要請で改善できたこと、改善できなかったこともありました。
 まず、写真を入れることはすべてダメでした。要請を続けた結果、保護者が写っている写真は入れることができるなどとなりました。面会についても、何度か刑務所に通った人は会わせてくれたときもあったのですが、所長が変わると保護者以外はダメだと後退することもありました。面会時間もはじめは15分、20分と短かったのですが、要請の結果、30分になりました。他にも、たまには差入れで男性向けの雑誌もいいかなと思ったのですが、刑務所の教育部長から「露骨過ぎるからダメだ」と言われたこともありました。

連載・韓国 参与裁判から見えるもの  

 韓国の参与裁判の視察に行った伊賀カズミ副会長。地方法院(日本の地裁)での裁判官との懇談を終え、実際の参与裁判の様子を傍聴しました。

 法廷では陪審員の選任手続きがおこなわれていました。これは、本来は非公開とされています。選任手続きの終了後に傍聴希望者が入廷。

 法廷は正面壇上に女性1人を含む裁判官3人、そして向かって左下に参与裁判に参加している市民である陪審員の席があり、選任された8人が2列に座っています。1人は予備陪審員、ただし最後まで誰が予備の陪審員かはわからないのだそうです。裁判官とともに並ばず独立の席を設けられているというのが陪審員たるゆえんです。まさに判断も独自におこなわれます。
 勤め先の中華料理店の金庫から現金を盗んだという男性が被告人として弁護人の横に着席しています。勾留請求は却下され、在宅起訴され出廷。勾留請求のうち約2割が却下されると聞き、日本の却下率(09年は0・9%)の低さを改めて実感しました。検察官は前歴から常習性ありとして、刑の重さが争点だと主張。対する弁護人は、前科はあるが今回は自首しており賠償も済んでいる、争点は常習性があるのかどうか、その上で刑罰をどうするのかを判断してほしいと陳述。そして裁判官は陪審員に対して、検察官の証明が十分かどうか、証拠に基づいて判断すること、自首による刑の免除、情状による裁量減刑もあるなどと説明しました。
 公判は休憩や昼食をはさみ、粛々と進みます。検察官は被告人の前歴について縷(る)々(る)述べ、モニター上に犯歴や本件被害場所、状況などを細かく映し出して説明し、常習性は明らかと重罰を訴えます。対する弁護側は、被害者である店主が、被害は賠償されており処罰は望んでいないと証言したこと、更生のために家族みんなが協力すると約束していることなどを主張しました。そして量刑調査官と呼ばれる量刑基準や家族関係等被告人の状況を調査する裁判所職員が、調査内容を報告しました。

 裁判官がたびたび、陪審員に対して検察官・弁護人のやりとりを丁寧に説明している様子が印象的でした。陪審員のみなさんも大方が熱心にメモをとって聞いていました。説明を受けながら、徐々に争点、判断内容が明らかになっているように思えました。
 午後5時30分。被告人質問の途上、次の予定のために退席時刻となり、結末に心を残しながら、法院を出発しました。
 翌日のソウル弁護士会との懇談の席上、この参与裁判の弁護人も参加されており、結末を聞くことができました。

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