日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

10年11月5日号

10年11月5日号  

検証・検察の不正義 〔室で事件作る  

 大阪地検によるデータ改ざん問題で、最高検は、改ざんと隠(いん)蔽(ぺい)に関わったとして検事ら3人を起訴。この問題に幕引きをする構えです。最高検が事件の検証に乗り出していますが、組織的な隠蔽体質を持つ検察自身に、適正な検証と問題解決は期待できません。警察・検察の違法捜査に社会が注目しているいま、郵便不正事件の捜査にはじまる一連の不祥事から浮かび上がる問題点を徹底追及して検察の不正義をただし、冤罪を防ぐ制度を確立することが必要です。

 「基本をおろそかにした検察の捜査のため、長期間にわたり多大な負担、労苦をおかけし申し訳なく思う」
 検察庁トップの大林宏検事総長が10月21日、会見を開き、郵便不正事件で無罪が確定した厚生労働省の村木厚子元局長に向けて謝罪しました。

 おろそかにされた「捜査の基本」とは何だったのか――この事件で検察は、客観的な証拠に目を向けず、自ら想定した筋書きに合わせて関係者に自供を迫り、事件を作りあげました。実在しない証拠を「ある」とウソをつき、それを前提に供述させる偽計や、被疑者の家族や友人を取り調べるなどと脅し、供述調書を作り上げました。逮捕された元局長も、取調室で自白を強要されました。
 「取調べを受けて初めて、調書とは、私が述べたことを書き記すものではないということを知りました」
 村木元局長は、10月19日におこなわれた取調べの可視化を求める日弁連の集会にあてたメッセージで自らの取調べを振り返りました。
 「いくら訂正を申入れても聞き入れられず、しかたなく署名したこともありました。私が全くやっていないことを書かれた調書に署名を迫られることも何度もありました。今回のような間違った逮捕・起訴が再び起こらないようにするためには、密室でのやり取りを事後的に検証する仕組み―取調べの全過程を録音するなどの可視化の実現が不可欠です」
 同じ集会で、パネリストとして参加したジャーナリストの江川紹子さんは、今回の事件について次のような見方を示しました。「(捜査で)事件を組み立てるということは、色々な証拠を組み合わせてストーリーを作ることですが、特捜部の場合は、一定のストーリーに合わせて証拠を探し、なければ供述調書を作ってしまう。データ改ざん問題も、それが一歩進んで物に手が出たということで、狆攀鬚鮑遒覘瓩箸いξれの一環に変わりありません。取調べが可視化されていれば、こんな事件は起きなかった。可視化は第一ステップだと思います」

 最高検は、大阪地検特捜部の幹部だった元検事2人を、改ざん行為の隠蔽を図ったとして、犯人隠(いん)匿(とく)の罪で起訴しました。元検事2人は全面的に否認。1人は、「最高検のストーリーには乗らない」と、自身の取調べの全面可視化を求めています。これに対し最高検の伊藤次長検事は、10月5日の会見で、「自分が取調べを受ける側になると、そのようなことを言うのは不自然。被疑者の権利を守る方法は一番よく知っているはずで、録音・録画の必要性はない」と発言しました。
 この発言を、日本共産党の井上哲士議員が10月21日参院法務委員会で取り上げ、法務省担当者を追及しました。
 「被疑者の権利を守る方法を知らない一般の人びとにとっては、真相解明のためには、可視化が必要だということを逆に(次長検事は)認めたことになるのではないか」

「自白」はこうして作られた隋宗縦泪吋∋件・上田里美さんに聞く  

 入院患者の爪を剥いだとして逮捕された上田里美さん。刑事は上田さんの無実の訴えを聞きません。やがて上田さんは、刑事が何を求めているのか想像しながら、○×テストの感覚で「自白」するようになっていました。

 取調べは土日も含めて毎日、朝から夕方までおこなわれました。日によって刑事さんは、「昨日こんなことがあったよ」と雑談を持ちかけてきました。刑事さんは男性でしたが年齢も近く、同じ年頃の子どもがいて、生きてきた時代が一緒だったこともあって話が合いました。
 刑事さんは、殺人や覚せい剤の罪で検挙した人の話をしました。逮捕して色々あったけれども、その後は改心し、自分を慕ってくれた人もいる。そんな話をしたあと、真顔になって言いました。
 「でもあなたは傷害だ。正直に言えば執行猶予もつく」
 私は、刑事さんは本当はいい人で、言うことを聞いていれば、ここから解放してくれると思いました。
 調書を作るとき、「刑事さんの好きなように書いていいよ、私はサインだけするよ」と言いました。しかし刑事さんは、「自分の口で言わなければダメだ」と言うんです。こうして刑事さんとの「共同作業」でできあがったのが、一審で有罪の根拠となった「自白」調書でした。
 そのとき私は、「自白」したという認識はありませんでした。刑事さんから怒鳴られたり、暴力を受けたことはありませんでした。嫌だという人間としての感情を捨てて、刑事さんに従順でなければ、この空間では生きていけないと自分から悟ったんです。

 その当時、当番弁護士だった東敦子弁護士をはじめ3人の弁護士が、逮捕の翌日から毎日接見に来てくれて、来るたびに「調書にサインしてはだめ」と言いました。でも、私には弁護士さんが味方なのか分かりませんでしたし、調書がどうであれ、裁判所で言いたいことを言えばいいと思っていました。
 話が合う刑事さんとの距離は縮まる一方、弁護士さんとの溝はどんどん広がっていきました。あるとき、弁護士さんに告げました。
 「もういいです。早くここを出たいので、もうこのままでいいです」
 弁護士さんは、不安げな顔で私を見つめていました。
 逮捕から2カ月経ったころ、日本看護協会がこの事件について見解を出すというので、顧問弁護士が面会にきてくれました。
 「どうして看護師になったの」というところから話が始まり、患者さんが気持ちよく過ごせる病院にしたいという話をしました。爪切りの話になり、私は患者さんが喜ぶこと、気持ちいいと思ったことを見るのが楽しいという話をしました。そのとき、何も考えず楽にしゃべることができました。言葉が素直に出てきたんです。
 夜、東弁護士が飛んできました。「上田さん、私は傷害事件のことばかり見て、看護ケアの大切さを訴える事件ということに気づかなかった。もう一回看護師として話をしてみませんか」
 看護師としての自分に戻っていい――心が軽くなり、一筋の光が見えました。
 10月4日、看護協会の見解が出ました。私の行為は、虐待ではなく経験知に基づくケアで、患者に良いケアを提供したいという責任感に基づいた行動だったと評価してくれました。

 「いままでのは作り話だったのか。あなたは嘘つきか」
 検察での取調べのとき、猛烈な剣幕で検事に怒鳴りつけられました。
 「嘘はついていません。いままでも『人として話せ』と言われたので、人としてどうかと考えて、誠実に答えてきたつもりです。今も問われたから、看護師の私として誠実に話しました」
 「どうして答えられないんだ。○か×か、AかBか言うだけだろう」
 私は言葉よりも涙が先に出ましたが、自分の感情を隠さずはっきり「嫌だ」と言いました。その後の取調べはすべて黙秘してたたかいました。
 季節が初夏から秋に変わったころ、ようやく保釈され、102日間におよぶ取調べの日々から解放されました。

 この事件を通して人のあたたかさを感じました。個人的なお付き合いの人や、看護協会のような組織の動き、弁護団の尽力や、署名を集めていただいた支援者の方たち、何千人もの人たちに支えられました。私ひとりの力には限界がありますが、共感することによって輪が広がることを実感しました。「人ってあたたかいんだよ」ということをこれからも伝えていきます。
 私の事件は、無罪という結果で終わりましたけれども、どうして無罪になったのかを伝えていくことが、私に残されている仕事だと思います。

茨城・布川事件で再審第4回公判 当事者2人が証言  

 43年前の強盗殺人事件の罪を着せられた桜井昌司さんと杉山卓男さんが、無実を訴えて再審の裁判をたたかっている茨城・布川事件で10月15日、水戸地裁土浦支部で第4回の再審公判が開かれ、桜井さん、杉山さんがウソの「自白」に陥れられた経過を法廷で証言しました。

 公判では弁護側、検察側の双方から桜井さん、杉山さんの2人に質問がおこなわれました。ウソの「自白」をした経緯について桜井さんは「何を言っても信じてもらえず、心が折れた。作り話だからいつかわかると思っていた」と涙をにじませながら話しました。また、これまで無実の証拠が隠されていたことについて、大阪地検特捜部の証拠改ざん問題にふれ、「無実の証拠を隠すことも有罪の証拠をでっち上げることも同じことだ」と指摘しました。
 杉山さんは「早く取調べを終わりにして裁判に持ち込みたかった」と語り、「裁判官ならわかってくれると思っていた。(不当な)判決が出たから、裁判官に恨みを持っていた」と話しました。
 弁護団は、検察に対して2人に無期懲役の判決を出させた違法な捜査、証拠隠し等の責任をとり、謝罪するよう求めました。杉山さんは「許すことができないから私に謝罪はいらない。悔しい思いで亡くなった桜井の両親に謝ってほしい」と述べました。
 記者会見ではあらためて証拠改ざん問題について、桜井さんは「多くの人が捜査機関が証拠を改ざんしているということをわかってくれたと思う」と話しました。
 裁判は次回11月12日に検察から論告求刑がなされ、来春には判決が出る予定です。

東京・痴漢えん罪西武池袋線小林事件の小林卓之さんが収監  

 膠原病で手指を動かすことが困難な小林卓之さんが痴漢の犯人とされ、最高裁で懲役1年10月の不当判決が確定した痴漢えん罪西武池袋線小林事件。「服役は小林さんの生命を脅かす」として、弁護団と支援者は、東京高検に対して刑の執行停止を求めていましたが、高検は10月19日に小林さんに出頭するよう求め、拘置所に収監しました。
 当日、支援者と弁護団50人が迎える中、小林さんを乗せた車が到着し、車から降りるのにも支援者の介助が必要な姿に、体調を心配する声や検察の非人道的な処置に対する怒りの声が漏れました。涙を流す支援者から「がんばれー」「刑の執行を停止せよ」とシュプレヒコールが湧き起こり、小林さんを激励しました。
 支援者と弁護団は、今後も刑の執行停止の申立てと再審請求の準備を続けることを確認しました。

鹿児島・大崎事件が第13回全国現地調査  

「共犯者」の「自白」によって無実の原口アヤ子さんが殺人事件の犯人とされ、鹿児島地裁に裁判のやり直し(再審)を求めてたたかっている鹿児島・大崎事件で、10月16日と17日に第13回全国現地調査がおこなわれ、76人が参加しました。
 原口さんは「一日も早く再審が始まってほしい。みなさまの支援をお願いします」と参加者に挨拶。事前学習会では、経過報告と8月の第2次再審請求で出した新証拠を説明。供述心理鑑定によると「自白」は体験にもとづくものではないと考えられることなどが明らかにされました。
 その後向かった現場では、事件当日の状況を説明し、翌日には「殺害」がおこなわれたとされる現場を再現。体液の痕などの実験をおこない、「自白」と客観的証拠が矛盾することが明らかにされました。参加者からは「話がわかりやすく、よかった」などの感想が寄せられました。

国公法2事件で最高裁に要請  

 ともに最高裁第2小法廷に係属している世田谷国公法弾圧事件国公法弾圧堀越事件の2つの弾圧事件で、10月21日、最高裁に2事件の大法廷回付と違憲無罪判決などを求める宣伝・要請行動をおこない、27人が参加しました。
 要請には2事件の守る会をはじめ、国民救援会、全労連、国公労連、自治労連、全教など各団体から代表が参加。「教育公務員も政治活動が制限されている。国際的水準に見合った判決を」、「公安警察の違法捜査断罪を」と口々に訴えました。世田谷事件の当事者・宇治橋さんは、「公安に迎合することなく、憲法を守る判決を」ときっぱりと述べ、堀越事件当時、最高検の次長検事として捜査の指揮を執った古田佑紀裁判官が世田谷事件を回避しないとしていることにふれ、「いさぎよく回避すべき」と強く求めました。
 11月16日に2事件の支援共闘組織が結成されます。2事件の守る会などは各地の労働組合、民主団体などを訪ね、署名のお願いなどの要請をおこなっています。

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