日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

10年1月25日号

10年1月25日号  

東京・世田谷国公法弾圧事件 裁判所が弁護側の証人調べを全て却下  

 東京・世田谷国公法弾圧事件の控訴審初公判が1月14日、東京高裁で開かれました。出田孝一裁判長は、弁護側が申請した証人調べと被告人尋問のすべてを却下しました。弁護団は異議申立てと同時に、不公平な裁判をする恐れがあるとして裁判官の忌避申立てをおこないました。東京高裁へ抗議を集中しましょう。

 法廷内には、弁護団の猛抗議と傍聴席からの非難が渦巻きました。
 公判の冒頭、弁護団が控訴趣意書に基づいて弁論をおこないました。一審は実害のない宇治橋さんのビラ配布を処罰し、警察の逮捕手続きの違法性にも目をつぶり弾圧を容認するもので、国連自由権規約委員会からも懸念が表明されていると述べ、控訴審では裁判所は人権の砦としての役割を果たせと弁論しました。
 つづいて弁護団は一審の問題点を明らかにするため、4人の法学者と、捜査を指揮した公安警察官の証人採用、被告人の宇治橋さんへの尋問などを求めました。出田裁判長は学者証人の意見書など書面の証拠は採用しましたが、弁護団が申請した証人尋問、被告人尋問はすべて却下すると宣告しました。高裁での実質的な審議をしないということです。弁護団が裁判長に却下の理由を説明するよう求めたところ、学者証人については意見書を証拠採用したので尋問する必要がない、公安警察官についてはすでに一審で同様の立証をしている、と答えました。

 弁護団はただちに異議と裁判官の忌避を申し立てました。主任弁護人の小林容子弁護士は、「事前の進行協議のなかで裁判所から3回の公判期日の指定があり、弁護団は何らかの証拠調べをすることを前提としていた。弁護団と裁判所の間の最低限のルールと信頼関係を裏切った」と述べ、裁判長以下3人の裁判官の忌避申立ての理由を説明するとともに証人の採否について再考を求めました。
 小部正治弁護士が立ち上がり、「裁判官にとってはひとつの事件かもしれないが、宇治橋さんにとっては一生がかかった事件。宇治橋さんに必要十分な弁護をさせろ」と語気を強めると、傍聴席から「そうだ」と声があがりました。
 裁判官らはその場で顔をつき合わせて協議をすると、弁護団の異議を却下。忌避申立ても「訴訟遅延を目的にしている」と述べて簡易却下しました。
 加藤健次弁護士が「私たちは決められた期日で審理をしようとしているのに、なぜ遅延目的になるのか。弁護人に責任転嫁するのはおかしい」と反論すると、弁護人が次々抗議に立ち上がり、法廷は騒然としました。裁判長は次回の期日指定もしないまま閉廷を宣言。しかし裁判官ら3人は席を立てず、弁護団とのやりとりが続きました。傍聴席からは「だまし討ちじゃないか」「ちゃんと審理しろ」と抗議の声が飛びました。

 公判後の報告会で宇治橋さんは、「被告人として準備していた意見が述べられないのは残念ですが、引き続きご支援をお願いします」と訴えました。
 なお同日、公判に先立って宇治橋さんと支援者は東京高裁に慎重審理を求める要請行動をおこないました。これまでに個人署名2万5073筆、団体署名1885通を提出しています。
 守る会では、この不当な訴訟指揮に対して抗議の集中を呼びかけています。「弁護団が申請する証人を採用しろ」「言論・表現の自由にかかわる裁判であり、審理を尽くせ」の声を送りましょう。
〈抗議先〉〒100―8933 千代田区霞が関1―1―4 東京高裁・出田孝一裁判長

数字で見る人権А〃彩浬  

「いつまでここにいるのか」――先の見えない無期懲役の獄中生活。布川事件の桜井昌司さんと杉山卓男さんは仮釈放されるまで29年間刑務所で拘置されていました。国民救援会の支援事件では12事件16人が獄中にいます。今回は刑務所を取り巻く数字についてとりあげました。

 法務省矯正局は12月31日の時点で刑事施設(刑務所や拘置所など)に拘禁されている人数、年末収容人員を毎年発表しています(昨年末はまだ発表されていません)。
 08年末の刑が確定した既決拘禁者(受刑者)の収容人員は6万8605人です。この年の刑務所の収容定員は7万292人なので、収容率は97・6%です。07年末の104・4%の収容率に比べると多少は緩和されましたが、依然として過剰収容は続いています。なお、07年末に収容人員が定員を超えている刑事施設は75施設(本所に限る)中48施設、6割を超えます。

 過剰収容の原因はさまざま考えられますが、その1つに仮釈放があります。
 仮釈放とは、更正への意欲や再犯のおそれなど、一定の要件を満たした受刑者について、早期に社会生活の機会を与え、更生や社会復帰を円滑に進めさせるための制度です。布川事件の桜井さん、杉山さんはこの仮釈放を受けて社会に出ていました。しかし、刑の執行が停止されたのとは違い、無期懲役の仮釈放は恩赦などがない限り、一生保護観察の下での生活を余儀なくされます。

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 近年、この仮釈放が認められる事例が非常に少なくなっています。グラフ,らわかるように、受刑者の人数が増えたにもかかわらず、仮釈放の数は変わっていません。このことが受刑者増にさらに拍車をかけています。また、仮釈放は刑期の3分の1(無期懲役の場合は10年)を過ごしたことが条件となっていますが、実際はほとんど刑期満了に近く、07年に刑期の70%未満で仮釈放を受けた人は5%以下です。

 政府は過剰収容の原因を「治安悪化に伴う受刑者の増加」として、刑法を改定し、有期刑の上限を20年から30年までひき上げ、厳罰化の流れを作っています。
 また、無期懲役の判決を受ける人も毎年100人前後いますが、無期懲役で仮釈放が認められる人はほとんど毎年1ケタまで落ちこみ、しかも、98年に仮釈放が認められた無期懲役の受刑者が刑務所にいた期間の平均が21年10カ月であるのに対し08年は28年7カ月となっています。

 実際の刑務所の中はどうなっているのでしょうか。03年まで法務省に勤務し、00年に刑務所の首席矯正処遇官という経歴をもつ龍谷大学法科大学院の浜井浩一教授は『犯罪不安社会』(光文社新書)で「現実には元気な受刑者はほとんど見当たらない。健康でありさえすればできるような作業に従事させるための受刑者も見当たらず、ほとんどの受刑者が何かしら作業上の支障をもたらす問題を抱えていた」と語り、高齢者、障害を持つ人、日本語を話せない外国人などが社会保障からこぼれ落ちた結果として罪を犯し、刑務所に収容されたと指摘しています(グラフ◆法

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 そこには政府が言うような「治安を悪化させた凶悪な犯罪者」の姿はありません。

 06年5月から施行された「刑事収容施設および被収容者の処遇等に関する法律」の110条では「適正な外部交通(注・面会・外出などの社会との接触)が受刑者の改善更正及び円滑な社会復帰に資するものであることに留意しなければならない」と定めています。冤罪を訴える人たちはもちろん、受刑者たちの多くは社会復帰のための手立てを必要としています。法律の精神と現場の実態にもとづけば、積極的な社会との交流、医療・法律・福祉等の専門家の助言を受けることが、受刑者の社会復帰を支え、促します。
 しかし現状は、面会・手紙のやりとりへの制限や受刑者の医療体制の不十分性などいまだ問題があります。国民救援会は、受刑者など被拘禁者の処遇の改善を求めています。

三重・名張毒ぶどう酒事件で地元三重の守る会と救援会が宣伝行動  

 最高裁での再審開始決定を求めてたたかっている三重・名張毒ぶどう酒事件。再審決定を勝ちとろうと、奥西勝さんの誕生日(1月14日)前の1月11日、奥西勝さんを救う三重の会と国民救援会三重県本部は、伊勢神宮内宮前のおはらい町で恒例のお伊勢さん行動をおこないました(写真)。今年は法律事務所の若い事務員にも手伝ってもらって目立つ横断幕を制作しました。この横断幕が目を引いたのか、反応はよく、1時間あまりで参拝者141人分の署名が集まり、用意したチラシ300枚も足りませんでした。
 署名に応じてくれたのは青年層が圧倒的でしたが、中には家族連れやご夫婦で応じてくれたりと例年にない反応でした。栃木から来た青年は、「インターネットで名張事件は知っている。本当にかわいそうだ。地元の皆さんが頑張っていただいているのを見て少し安心しました」。また、沖縄から来た青年からは、「全く赤の他人の皆さんがこのような行動をしてくれているので、奥西さんは幸せだ」などと励ましの言葉をいただきました。
 地域別に見ると遠方では那覇市の男性、大分や山梨、東京の女性など、全国各地からの様々な参拝者から署名を集めることができました。

地元・茨城で布川事件の再審開始決定報告集会開く  

 昨年12月に最高裁で再審開始決定が確定した茨城・布川事件の決定報告集会が12月25日、茨城県水戸市で開催され、150人が参加し、喜びを分かち合いました。
 あいさつした杉山卓男さんは「日本一の弁護団、守る会、請求人でなしえた結果です」と語り、桜井昌司さんは「自分の中にあった重荷が消える晴れやかさを味わっています」とそれぞれ喜びを語りました。

国公法弾圧堀越事件 控訴審の成果  

こちらで掲載しています。

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