日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

09年6月25日号

09年6月25日号  

栃木・足利事件 記者会見で菅家さんが語った思い  

「本当にありがとうございます。私は今日釈放になりましたけど、私は急に、犯人にされました。自分としては、まったく身に覚えがありません。私は無実で、犯人ではありません」
 夕方、支援者が出迎えるなか、千葉刑務所から釈放された菅家さん。間もなく千葉市内のホテルで開かれた記者会見に格子柄のブレザーを着て現れ、みずからの無実を訴えました。
 「外に出たときは、やっぱりお店屋さんが目に映りました。店が明るい、いっぱい店があるなぁと思いながら来ました」と喜びを語る一方、菅家さんを一方的に犯人だと決め付けた当時の警察について次のように話し、語気を強めました。
 「17年間、頑張ってきましたけど、当時私は真犯人にされて、もうずーっと我慢してきました。当時の刑事と検察官は、私に、それから私の両親に、それから世間の皆様に、謝ってほしいと思います。謝ってすむとは思っていません。決して許しません。『間違った』ではすまないんです。私の人生を返してもらいたいと思います」

 菅家さんの話から、警察の取調べの過酷さがうかがえました。
 「刑事たちの攻めはもの凄いです。平成3年の12月1日の朝、玄関の戸を叩くんですよ。そうしたら、警察が『奥へ入れ』と。それでそのまま奥へ連れて行かれて『そこへ座れ』と言われまして、『おまえは子どもを殺したな』と。『自分はやってません』と言ったんですよ。そうしたら、ひじ鉄砲でぶつかって来たんですよ、ドーンと。それから、もう一人の刑事がポケットから写真を出しまして、『この顔写真に謝れ』と。自分はやっていないので、首をかしげて、『やってない、やってない』と言ったけど、全部受け付けなくて。『今から警察に行くから』というのでそのまま連れて行かれました」
 警察は取調室の中で菅家さんに執拗に自白を迫りました。
 「体をゆすぶったり、『白状しろ、おまえがやったのは分かっているんだ』と。どうにもならなくなって、『やりました』と言ってしまった」「髪の毛を引っ張ったり、足で蹴飛ばしたり。『しゃべって楽になれ』と言われました」
 弁護団は、「なぜ誤った自白がなされ、関係者が見抜けなかったのか解明して、悲劇を繰り返さないため、徹底的にたたかう」と決意を述べました。

 獄中で何が心の支えになったのかと記者から問われた菅家さんは、「弁護団の先生方と、それから支援をしてくださった人たちのおかげで、今日までやってこられました。本当にありがたいと思っております」と述べ、「(これから先は)冤罪で困っている人たちを支援していきたい」と語りました。
 約1時間のあいだ、訥々(とつとつ)と話す菅家さんの表情は、喜びと戸惑いが入り混じった様子でした。面会を続けてきた国民救援会千葉県本部専従の岸田郁さんから花束を手渡されると、菅家さんは握手した手をぎゅっと強くにぎり返し、塀の外に出た喜びを伝えました。

 東京高裁は再審についての決定を6月23日に行うと弁護団に通知しました。
 弁護団は、誤判の原因を究明するため、関係者の証人尋問を要求していましたが、裁判所はこれを拒否。弁護団は、「臭いものに蓋をする決定になる」と批判しています。

参議院法務委員会で足利事件の質疑  

 6月11日、参議院法務委員会が開かれ、足利事件についての質疑が行われました。
 民主党の松岡、松野両議員は自白の強要、拷問の存在を暗に指摘し、警察での取調べの全面可視化を求めました。
 日本共産党の仁比議員は、「間違っていたではすまされない。DNA型の鑑定は犯人でないことを証明するためにしか使えない」とし、科学鑑定が有罪の証拠に使われることの危険性を明らかにしました。
 社民党の近藤議員は、菅家さんがアリバイのある他の事件についても「自白」していることを指摘し、「一歩間違えれば菅家さんは死刑になっていた」と問いただし、「これだけ事実が積み上げられるのに、全面可視化をしないのはひどい」と述べました。
 これらの指摘に対して法務省は、「あってはならないことだ」としつつも、「警察・検察は適正な取調べを行っていると信じている」などと述べ、最後まで捜査のあり方を省みようとしませんでした。また、検察庁は「最高検で(足利事件について)調査チームを作って調べる。それまではお答えできない」とし、最高裁は「審議中の事件なので答えられない」と回答しませんでした。

東京・葛飾ビラ配布弾圧事件 上告趣意補充書の内容を紹介  

 葛飾ビラ配布弾圧事件の弁護団が6月11日に最高裁に提出した上告趣意補充書の一部を要約して紹介します。

 本補充書では、「手紙」の一部を抽出して「テーマ」ごとに配列し、民衆の声を素材にそれぞれの問題に考察を加える。この(最高裁宛に届けられた)「ひとこと」が本補充書の「主人公」である。

●もう20年近く前になりますが、工場の門前で配布した職場新聞をパートの女性が10年近くしまっておきました。その後その女性は雇い止めされ事実上解雇されました。その後私たちのところに相談に訪れ、裁判で闘い、最終的には勝利和解しました。(東京都)
●ポストに入ったビラを1年も冷蔵庫に貼っておいて生活相談にこられた方がいました。一住民にとってビラは待たれている情報源です。(埼玉県)

 1枚のビラが人生を変え、生命を救うことがある。語られているのはその体験である。
 確かに、そんなことは決して多くはない。裁判官や検察官・弁護人には、そんな体験はまずないだろう。だがそれは、目を釘付けにして食い入るようにビラを読まざるを得ない境遇で暮らしてこなかったことの結果にすぎない。
 1枚のビラに託されたひとつのメッセージが、人生を変えることがある。たとえ万にひとつのものであっても、その可能性は断ち切られてはならない。
 これが、ビラが自由でなければならないことの根源的な理由ではないだろうか。

●私達の教会にとって、集会やバザーの案内ビラは最も大切な伝道の道具です。ビラ配布の規制は場合によっては私達の社会と隣人への奉仕の機会が奪われることにもなりかねません。(京都府)
●私と私のグループは知己で日頃高齢者や身体障害者と共に生きる街づくりを目指した福祉活動をしています。介護保険や自立支援法の学習会をする時お知らせや共同作業所等のまつりのお知らせのチラシも大きな手段です。安心して自由に配布できる社会を望みます。(東京都)

 政治ビラと商業ビラがよく取り上げられるが、ビラには「第3のジャンル」がある。まちのできごとや身近な情報を伝えあう「ミニコミ」の手段としてのビラであり、みんなのために配る地域ビラである。
 「政治活動はしない」「商業宣伝とは関係ない」という人も、このジャンルのビラの「つくり手」や「配り手」にはなるだろう。地域社会で暮らしていくうえで、不可欠の情報媒体だからである。「教会のバザーの案内」「地域のお祭りの案内」等々、ビラは多様である。高度の公共性をもったこの種のビラに、敵意をもつ人はほとんどいないだろう。
 「公共性をもった主体」が行政だけではないことなど、常識になっている時代なのである。

●ビラは私たちの声です。(東京都)
●一体ビラ配布がだれの権利を侵害したのですか?
 平穏にビラを配布することのどこが犯罪になるのでしょう。荒川さんは暴れたわけでも物を壊したわけでもありません。(埼玉県)
●日本は自由な考えでいられる国です。ビラを配られてもその内容が気に入らなかったら捨てればいい。配った人に罪はありません。(群馬県)

 荒川さんが行ったビラ配布が、かけがえのない言論・表現の自由の行使であることには異論はない。ではその言論・表現の自由の行使によって、いったいなにが害されたのか…。訪問客と同じようにマンションの廊下を歩き、新聞と同じようにビラをドアポストに投函しただけで、暴れたわけでも物を壊したわけでもない、イヤと言っている人に押しつけたわけでもない。
 なぜそれで、荒川さんの行為を犯罪とし、自由を圧殺することができるのか。人々は異口同音にそう語っている。

●私は75歳です。戦時中小学生でした。食べ物が充分にありませんでした。母にもっと食べたいと言ったら、日本は戦争をしているのだから我慢しなさいと答えました。私は「戦争なんかやめてしまえ」とどなりました。母はよその人に聞かれたらどうなるかを幼い私に泣きながら説明してくれました。(東京都)

 「手紙」には年齢を明記したものが多い。ほとんどが70歳を超えた戦前・戦中・戦後の時代を体験した世代である。
 ここで語られているのは自由が逼塞(ひっそく)した時代のことである。この事件で感じた理不尽さは、あのときと変わらないからである。

●私は、天皇を現人神と信じ、猴澆靴りません勝つまでは瓩搬僂┐紡僂┐觜長餬街饐女でした。終戦とともにすべてが一転。あれから世の中は又、少しずつ少しずつ逆行。憲法も平和も人権も危ない今日です。今こそ頼れるのは憲法の番人さんです。(高知県)
●私は95歳、妻は85歳でともに前大戦の犠牲者です。治安維持法が猛威をふるい、敗戦直前の義勇兵役法も国民のほとんどは知らず一億総玉砕を強要できました。この事件は戦争準備のため。日本と世界のため、戦争に反対し、最高裁に警告する。(静岡県)

 戦争を体験した世代が育った時代は、軍国少年・軍国少女になることが強要された、自由そのものがなかった時代だった。いまは表現の自由の尊重を掲げ、戦争の放棄をうたった憲法がある。だから、戦前・戦中・戦後を生き抜いた世代は、絶望はしていない。
 あの時代への逆行を懸念するこの世代が明日を託そうとしているもの、それが「憲法の番人」の最高裁である。

●国民の「知る権利」「知らせたい権利」を否定してしまえば暗黒政治になってしまいます。戦争を放棄した日本の名が泣きます。(千葉県)
●人生を息苦しくしないで欲しい。自由な空気を吸うことを最高裁判所に求めます。(神奈川県)
●人権、司法が守らなくてだれが守るんですか。(神奈川県)
●庶民の声を受けとめて下さい。(富山県)
●血の通った裁判を。(静岡県)

 ここで語られているのは、司法・裁判所に対する祈りにも似た希望である。
 多くの人々が、「最後の砦(とりで)」としての司法・裁判所に期待を表明している。最高裁は、この期待に応えなければならない。

地域社会との交流こそ必要

 マンションの管理組合関係者向けの情報紙『アメニティ』(05年3月5日付)に、次のような記事が掲載されました(右写真)。
 「かつて、……我が国の治安はとても高く維持されていました。実はそれは、地域社会の自主的な防犯意識や助け合い意識が育っており、……治安の水準が高かったといっても過言ではありません。……隣近所、地域社会との関わりを育て、大切にしていくことで犯罪を防ぐことはある程度可能なのです。……コミュニケーションのよいマンションには、ドロボーは寄りつかないといいます」
 荒川さんが配ったビラは、地域と議会をつなぐ「議会報告」や、区民の声を吸い上げる「区民アンケート」です。住民が地域社会とのかかわりを深めるためのビラは、社会にとっても有益なのです。

警察官もポスティングを活用

 伝えたい情報が住民の手元に必ず届くビラのポスティング。その利用価値は広く認められ、自治体でも、選挙公報を従来の新聞折込から各戸配布に切り替えています。東京では62市区町村中、69%にあたる43市区町村で各戸配布をしています。
 さらに、荒川さんを住居侵入で逮捕した当の警察自身もポスティングをしています。葛飾地域では、警察官が地域を巡回し、留守宅には右のようなビラを投函しています。警察も情報伝達のためにビラを活用し、みずからビラ配布を行っているにもかかわらず、荒川庸生さんのビラ配りを取り締まるのはまったく理不尽です。

兵庫・西宮郵便バイク事件で神戸地裁尼崎支部が不当決定  

 鵜飼晴行さんが冤罪を訴え、裁判のやり直しを求めている兵庫・西宮郵便バイク事件に対し、神戸地裁尼崎支部は5月29日付で、再審請求を棄却する不当決定を行いました。
 この事件は、2004年、当時、西宮郵便局に勤務していた鵜飼さんが、バイクで集配業務中に事故に遭って気を失ったところ、同じ事故に遭った別の男性をはねたとして業務上過失致死罪に問われたものです。鵜飼さんは、自らも被害者であり、無実だと主張しましたが有罪判決(禁錮2年6月・執行猶予4年)が確定、昨年9月に再審を申し立てたものです。
 事故の真相究明には被害者の傷の状況の検討が不可欠として、弁護団は病院にある被害者のレントゲン写真の照会を控訴審(大阪高裁)で求めましたが却下され、正確な受傷状況も不明なまま有罪が確定しました。その後、運転免許取消しを不服とした行政訴訟のなかで、レントゲン写真の入手が実現。法医学鑑定(山本鑑定)の結果、右下腿部(すね)に骨が真っ二つに離断する粉砕骨折があり、バイクとの衝突では生じ得ないことが分かりました。弁護団はこの新鑑定をもとに、車のバンパーが骨折の原因と考えるのが合理的として再審を求めていました。
 今回の決定は、「(控訴審は)その証拠資料としての内容も一応予測した上、これを取り調べなかったものと認められる」として、弁護団の山本鑑定は再審に必要な「新規性」を有しないとして訴えを退けました。しかし、被害者は病院で死亡しているため司法解剖が行われておらず、有罪判決確定前の法廷には、外部を撮影した写真しか提出されていませんでした。そのため控訴審は、右足の腫脹(しゅちょう)(腫れ)は転倒時に生じた可能性があると推定しているだけで、「粉砕骨折」の存在は、控訴審の想定をはるかに越えた事実です。
 レントゲン写真と山本鑑定は、再審を開くべき新規・明白な証拠です。
〈激励先〉〒650―0022 神戸市中央区元町通6―6―12 山本ビル 国民救援会兵庫県本部内

東京・世田谷国公法弾圧事件が決起集会  

 東京・世田谷国公法弾圧事件の東京高裁での無罪判決をめざす決起集会が6月8日、都内で開催され、約30人が参加しました。
 昨年9月、一審は、国家公務員の政治的行為を禁止した国公法を合憲とした最高裁猿払判決(74年)に無批判に従い、宇治橋眞一さんに対し罰金10万円の不当判決を言い渡しました。宇治橋さんはこれを不服として東京高裁に控訴しました。
 集会では、弁護団から控訴趣意書の趣旨(国公法は憲法と国際人権規約に違反する、宇治橋さんの行為は国公法で禁止する行為に当たらない、捜査は違法である等)が説明されました。
 あいさつに立った宇治橋さんは、「猿払判決は過去のものにしなければいけない。ともに頑張っていきたいと思います」と決意を述べました。

衆議院で憲法審査会の規定が強行採決  

 改憲に固執する勢力は、海賊対処法案で自衛隊の海外派兵・武器使用の拡大による実質的な改憲を狙い、あわせて明文改憲への動きを強めています。
 このもとで自民・公明両党は6月11日、国民の反対を押し切って、衆議院憲法審査会の規程(定員や議事の手続など)案を同院本会議で強行採決しました。
 憲法改悪の発議や国民投票に関する法律案などを審査する憲法審査会は07年に衆参両院に置かれましたが、「憲法改悪反対」「憲法を守れ」の国民世論の広がりの前に、規程を定めることができませんでした。
 衆議院憲法調査会の始動を許さない運動を強めるとともに、参議院憲法調査会での規程制定を許さない世論を広げましょう。

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