日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

明倫中裁判

国民救援会の支援事件

山形・明倫中裁判  

事件の概要  

 1993年1月13日、山形県新庄市立明倫中学校の体育館マット室で放課後に、1年生の男子生徒が丸めて立ててあったマットに頭から入って、足だけが出ている状態で発見され、救急車で運ばれましたが死亡が確認されました。
 警察は、当時1、2年生の男子生徒7名が、被害者にマット室で殴る蹴るの暴行をおこなって、丸めてあるマットの上に乗って、抵抗する男子生徒を無理やりマットに逆さまに押し込んで放置し死亡させたとして14歳以上の3名を逮捕し、4名を補導しました。少年たちは無実を訴えましたが、警察の長時間の強制と誘導の取調べで、12歳から14歳の幼い少年たちは、うその「自白」をさせられました。マスコミは少年たちを犯人として断定し「いじめ殺人」と大々的に報道しました。

■裁判の経過
 しかし、少年審判では、7名のうち3名が、アリバイが成立するなどとして不処分(無罪)となり、これが確定しました。もう1名が児童相談所の指導措置となり、保護処分(有罪)とされた3名は抗告しましたが、仙台高裁で棄却し、最高裁での再抗告も棄却されました。少年たちと家族は、無実を訴えて保護処分の取消を求めましたが、棄却されました。
 その後、死亡した生徒の遺族が「犯人」とされた7名の少年たちと新庄市を相手に損害賠償請求の民事裁判を起こしました。一審の山形地裁は、6年におよぶ慎重な審理のうえ、「遺体には何らかの暴行が加えられた否かを確知することはできず、他人の力によってマットに入れられたと即断できない。遺体が発見されたマット室も何者かが暴行を加えたとするには整然としすぎているし、指紋その他の物的な証拠もない」、そして「少年たちと本件事件の結びつきはおろか、本件事件の事件性すら認定することができない」として、少年たちは「無実」であると判決しました。
 ところが、仙台高裁は不当にも、事実と証拠を無視して少年たちを犯人とした逆転不当判決を言い渡し、最高裁も少年たちの上告を棄却しました。

■誤った裁判のやり直しを求めて
 現在、少年たちの無実を明らかにするため、再審の可能性を追求しています。 

連絡先 山形明倫中裁判・無実の元少年たちを支援する会
    〒996−0301
     山形県最上郡大蔵村肘折 高山信男方

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