日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

名張毒ぶどう酒事件・奥西勝さんの死去にあたっての声明

名張毒ぶどう酒事件・奥西勝さんの死去にあたっての声明  

2015年10月5日
日本国民救援会
会長 鈴木亜英
 昨日12時19分、三重・名張毒ぶどう酒事件の無実の死刑囚・奥西勝さんが八王子医療刑務所で亡くなりました。89歳でした。奥西さんは事件発生以来、54年間無実を叫び続け、移送されて3年余の間に4回の危篤を乗り越え、病床から最後まで無実を訴え続けました。
 国民救援会は、奥西さんの無実を確信し、一日も早い再審・無罪を勝ち取り、奥西さんを生還させるために、長きにわたり救援運動をすすめてきた人権団体として、死去の報にふれ深い悲しみにおそわれています。同時に、無実の奥西さんを「殺人犯」の汚名を着せたまま、監獄において死を迎えさせた国家権力に対し、筆舌に尽くしがたい憤りと怒りでいっぱいです。無実の奥西さんを獄死させたことは、国家による殺人であり、国民救援会はこれに断固抗議するものです。
 1961年三重県名張市で、懇親会に出された、毒物が入れられたぶどう酒を飲んで5人が亡くなり、その犯人として奥西さんは逮捕されました。警察は、人権を無視した長時間の取調べをおこない、自白を強要しました。検察は、歯型の虚偽鑑定を出し、無実の証拠を隠しつづけ、関係者の供述を変えさせるなどして有罪を主張しました。裁判所は、科学的な鑑定を無視し、自白を偏重し、奥西さんに死刑判決を言い渡しました。このように、名張事件は、まさに国家によって作られた冤罪であり、奥西さんはその犠牲になって亡くなったのです。国家による殺人と呼ばずして何と言うべきでしょう。
 名張毒ぶどう酒事件は不当な捜査・起訴は明らかであり、裁判のなかでも、一審は無罪、2005年には一旦は再審開始決定も出されている事件です。過去の裁判のなかで奥西さんを無罪とし救い出すことができた事件です。しかし、検察・裁判所は、そのたびに奥西さんの人権よりも国家の威信を重視し、起訴して有罪にしたからには絶対に無罪にしないとの立場から死刑判決を維持しつづけました。
 私たちは、帝銀事件の平沢貞通さんのような獄死を二度とさせないとの思いで、弁護団、全国の支援者のみなさんと共に、宣伝や署名活動、裁判所や検察への要請を繰り返しおこなってきました。また、特別面会人を通して奥西さんの状況が伝えられ、年賀状や絵手紙などを届け、獄中の奥西さんを励ましてきました。名張事件を映画にした「約束」は全国で実に7万人を超える人が観賞し、不当な司法への憤りが広がりました。それだけに、残念でなりません。
 警察、検察、裁判所に対し、私たちは奥西さんとご遺族への謝罪を求めます。遅きに失したとはいえ、いまからでも奥西さんの再審をおこない、名誉を回復することを求めます。そして、このような国家による殺人が二度とおこされないよう、猛省することを求めます。
奥西さん、どんなにか悔しかったでしょう。苦しかったでしょう。察するに余りあります。そのようなもとでも、不屈にたたかいつづけた奥西さん、本当にご苦労様でした。私たちは正義のために闘いつづけた奥西さんに深甚の敬意を表します。いまは、どうか、安らかにお眠りください。
国民救援会は今後、奥西さんの汚名を晴らすために奮闘するとともに、袴田巖さんをはじめいまも同じような冤罪で苦しんでいる人を救い出し、二度と冤罪で苦しむ人が出ないように奮闘する決意です。それが奥西さんの遺志を継ぐものであると確信します。

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