日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

東電OL殺人事件

国民救援会の支援事件

東京・東電OL事件  

事件の概要  

(2013年4月21日・第23回裁判交流集会の東電OL殺人事件守る会の客野美喜子事務局長の特別報告より抜粋)

  1997年3月、日本に出稼ぎに来ていたネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリさんは、東京都内のアパートの空き部屋で、東京電力に勤める女性を殺害し、所持金を奪ったとして逮捕され、全面否認のまま強盗殺人罪で起訴されました。ゴビンダさんと犯行を直接結び付ける証拠は何一つなく、一審の東京地裁は、被告人を犯人とするには合理的な疑いが残るとして、彼を無罪にしました。ところが検察の執拗な求めに応じて、前代未聞の無罪勾留を認めたのと同じ東京高裁の裁判長が、わずか4か月で2年半かけた一審無罪をあっけなく覆してしまったのです。このような司法の不正義に怒りを覚えた私たちは、2001年3月、「無実のゴビンダさんを支える会」を結成、翌年から日本国民救援会の正式な支援を受けて、本人面会、家族の招日、ニュースレター発行、学習会の開催、現地調査、現場検証、裁判所への要請、署名活動、街頭宣伝など多岐に渡る活動を行ってきました。

  03年10月、ゴビンダさんは上告棄却により無期懲役刑が確定し、横浜刑務所に下獄しました。しかし、「もう一度私の無実を分かってもらえる裁判官に会いたい」との悲願から、05年3月、東京高裁に再審を請求しました。当初、検察も裁判所も弁護団の求める証拠開示や再鑑定に消極的でした。ところが09年6月、足利事件で菅家さんが新たなDNA型鑑定の結果、無実が明らかとなり釈放されます。これを契機としてゴビンダさんの再審請求審でも、次第に裁判所が積極的な姿勢を示すようになり、ついに11年3月から弁護団請求証拠42点について、新たなDNA型鑑定が始まりました。その結果は衝撃的なものでした。被害者の膣内精液が、ゴビンダさんとは別人の、未知の第三者のもので、そのDNA型が現場に残された陰毛と一致したのです。これにより、「被害者がゴビンダさん以外の男性と現場を使用することはおよそ考えがたい」と認定した確定判決の根幹が崩壊しました。焦った検察は、突然、追加鑑定を行うと言い出して、いままで隠していた手持ち証拠42点を開示しました。なんとその中には、被害者の遺体から検出された唾液の血液型がO型である、つまりB型のゴビンダさんとは別人のものであることを示す1997年4月3日付の科捜研鑑定書が含まれていました。つまり、初動捜査の段階から別人の犯行を示す証拠があったのに、これを隠したままでゴビンダさんを強盗殺人罪で起訴し、一審無罪に対して控訴までしていたわけです。
  2012年6月7日、これらのDNA型鑑定結果を新規明白な証拠として、東京高裁は再審開始と刑の執行停止を決定。ゴビンダさんは釈放され、迎えに来た家族と一緒に、お母さんのお元気なうちにネパールに帰国することができました。その後、検察は7月31日に異議申立てが棄却されてからもまだ、逆転を狙って独自鑑定を執拗に繰り返していましたが、その思惑は悉く外れ、ついに被害者の爪からも第三者のDNA型が検出されるに及び、有罪主張を断念するに至りました。10月29日の初公判は検察側、弁護側の双方が控訴棄却を求めて結審。11月7日の公判で控訴棄却、すなわち無罪の判決が言い渡されました。この判決をカトマンズの自宅で知ったゴビンダさんは、私たち支援者を通じて次のようなコメントを発表しました。「どうして私が15年間も苦しまなければならなかったのか。日本の警察、検察、裁判所は、良く考えて、悪いところを直して下さい」。

守る会の連絡先/署名等  

  • 連絡先
    無実のゴビンダさんを支える会 (解散)
    〒160-0004 東京都新宿区四谷2-10 八ッ橋ビル7階 現代人文社気付

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