第３章 憲法原理から見た刑事裁判と国民
国民救援会の裁判員制度へのとりくみ＞裁判員裁判ーその制度の仕組みと問題点
第３章 憲法原理から見た刑事裁判と国民
第１ 刑事裁判の原理・原則
１ 刑事裁判の根本原則
刑事裁判の根本原則は、事件の真相を解明し、誤判による冤罪被害者を出さないことです。
刑事裁判の手続とは、間違いなく罪を犯した者だけに限って刑罰を科し、絶対に冤罪で泣く人を出さない、「無辜の不処罰」に徹したものです。
憲法は、基本的人権、とりわけ自由権に高い意義を認めています。自由権の基本は、「国家権力からの自由」にあり、国家権力のなかでも一番強いのは刑罰権です。ですから、自由権の中心は「刑罰権からの自由」、すなわち「不当に刑罰を科されない自由」ということができます。刑罰権は裁判の手続を経ないと実現しません。刑事手続における人権は、基本的人権の前提となるもので、人権のなかの人権だといっても差しつかえありません。刑事裁判の根本原則は、このような立場からつくられたものです。
こうした原理は、近代文化国家の刑事法における理論的発展を反映したものであるとともに、わが国においては、先のアジア・太平洋戦争下における痛切な歴史的教訓によってもたらされたものであることはいうまでもありません。
２ 被告人は「無罪の推定」を受け、「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則
刑事裁判の手続とは、有罪判決が確定するまで無罪の推定を受けている被告人に対し、処罰を求めて検察官が提起した公訴（起訴）とその立証にもとづいて、裁判官が犯罪事実の存否について判断し、「合理的な疑いを超える確信」を抱くことができれば、有罪として適切な量刑を科すもので、弁護人は、検察証拠を弾劾し、被告人の防御権を行使します。
裁判所は、判決にあたって、「疑わしきは被告人の利益に」との鉄則にもとづき、「合理的な疑いを超える確信」を抱くことができなければ無罪としなければなりません。
そして国民が、裁判を監視・批判して、裁判官に良心の発露を求め、裁判官がこれにも応えることによって、裁判の公正と正義が保たれます。
３ 公平な裁判所と「当事者主義」
憲法は、刑事手続上における人権保障について、実に多くの規定をおいています。そこでは、被告人に「公平な裁判所」の迅速な公開裁判を受ける権利を保障する（３７条１項）とともに、弁護人依頼権を保障し、これを自ら依頼できないときには国に対して、弁護人を附す義務を課しています（同条３項）。
「公平な裁判所」とは、裁判所が、訴える検察官と訴えられる被告人の双方から等距離に立って、公平な判断を行うことの要請にほかならず、司法権独立の原則は、その制度的保障です。
そして、弁護人を附ける権利保障とは、検察官と被告人が、裁判のうえで対等の地位に立つことを宣言したものです。こうした裁判の基本構造を「当事者主義」といいます。
４ 適正手続の保障
憲法を具体化するものとしてつくられた刑事訴訟法もまた、戦前の刑事手続の反省と批判のうえにできたものです。「無罪と推定される」市民に対する刑事手続が、近代文化国家における国民・市民の正義と公平についての思想と感性にふさわしいものでなければならないことは当然です。
� 峅真佑癲∨［Г猟蠅瓩觴蠡海砲茲蕕覆韻譴弌△修寮弧深磴靴�は自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」という憲法３１条の規定は、単に処罰手続を法律に定めるという形式的なものなどではなく、法律の内容そのもの、法律の定める手続自体が実質的に適正でなければならないことを要求しています。
��刑事裁判の根本原則である事件真相解明
刑事裁判において、事件の真実を発見・解明する課題とは、本来、絶対的真理への無限の接近を意味します。しかし、裁判の証拠原則や具体的な公訴事実に対する審理というシステム原理から、実際には制約が大きく、その現実的な実質化は、検察証拠の弾劾に対する厚い手続き保障にこそあります。すなわち、刑事事件における被告人の防御権、弁護人の弁護権を行使するうえで、その中核となるものは、検察証拠の弾劾であり、事件支援運動における「真実」究明の中心もまた、検察証拠の弾劾です。このように、検察開示証拠の検討は、事件支援＝国民による裁判監視・批判の運動における中心的課題にほかなりません。
�７�法３１条の「適正」の程度・内容は、こうした原理に立った法廷闘争とともに、これと連動した国民による裁判批判・大衆的裁判闘争によって発展させていくべきものです。
第２ 刑事裁判の現状と冤罪・誤判を防ぐための要求
１ 刑事裁判の現状―冤罪を生む構造的原因
いまの刑事裁判の現状について、最高裁は「これまでの裁判は、検察官や弁護士、裁判官という法律の専門家が中心となって行われてきました。丁寧で慎重な検討がされ、またその結果詳しい判決が書かれることによって高い評価を受けてきたと思っています」（最高裁のホームぺージより）としています。
しかし、刑事裁判の現状をみれば、死刑再審無罪４事件をはじめ多くの冤罪事件が生まれ、いまも後を絶ちません。このように冤罪が起きる背景には、冤罪を生む構造的原因があります。
（１）捜査における冤罪の原因（見込みにもとづく密室での自白強要）
捜査において、地道な捜査や科学的捜査を軽視し、被疑者を真犯人と見込み、取調室という密室において、黙秘権をふみにじり、自白をするまで取調べを行い、その結果ウソの自白をさせてしまう、ここに冤罪を生む大きな原因があります。愛媛県警のパソコンから流出した「被疑者取調べ要領」はそれを裏付けるものです。「調べ室に入ったら自供させるまで出るな」「被疑者の言うことを聞いて、ひょっとしてそれが正しいなどと思ってはならない」「否認被疑者は朝から晩まで調べ室に出して調べよ。（被疑者を弱らせる意味もある）」
警察・検察は、自白をさせ、それを維持させるために、長期間にわたり代用監獄（警察留置場）に勾留し、家族や社会から隔離し、孤立させます。それを裁判所が追認していることは、勾留却下率や保釈率の低さをみれば明らかです。否認した被疑者を長期に拘束して、自白をさせる状況は、「人質司法」と言われ批判されています。
▽検察官の勾留請求に対する裁判所の却下率の推移
１９７０年 ３・７６％
１９７５年 １・６０％
１９８５年 ０・５４％
１９９５年 ０・５０％
２００５年 地裁０・７５％
簡裁０・１５％
▽地方裁判所における保釈率
１９７０年 ５５・８％
１９８０年 ３７・６％
１９９０年 ２７・９％
２００５年 １３・４％
（２）裁判における冤罪の原因（刑事裁判の原則を放棄した裁判）
�仝〇ヾ韻蓮�被告人に有利な証拠や無罪証拠を隠し、証拠の改ざんなどを行い、冤罪を生んでいます。
�∈枷輯韻蓮�科学的証拠よりも自白を重視し、法廷に出された証拠や証言よりも捜査段階での自白調書などを重視（「調書裁判」）して判決を出します。
また、裁判官は「その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束」されます（憲法７６条３項）。しかし実態は、最高裁の官僚的統制のもとで、「裁判官の独立」は侵され、最高裁のようすをつねに伺う「ヒラメ裁判官」といわれる裁判官も生まれています。その一例が、世田谷国公法弾圧事件の東京地裁判決（２００８年９月１９日）です。
「下級審裁判所である当裁判所としては、公平性、法秩序の安定性等の観点からも、同判決（最高裁の猿払判決）を尊重することが、その採るべき基本的な立場である」
裁判官の有罪志向（治安維持）も冤罪を生む原因です。大崎事件の再審開始決定を取り消した福岡高裁宮崎支部の決定（２００４年１２月９日）は、冤罪犠牲者を救済するよりも、司法の権威を守る立場に立っていることが明らかです。「…このような判断（＊再審開始を決定した地裁の判断）のあり方は、判決が確定したことにより動かし得ないものとなったはずの事実関係を、事後になって、上記のとおりそれ自体としては証拠価値の乏しい新鑑定や新供述を提出することにより、安易に動揺させることになるのであり、確定判決の安定を損ない、ひいては、三審制を事実上崩すことに連なるものであって、現行刑訴法の再審手続とは相容れない」
２ 国民の立場からの刑事司法改革要求＝国民救援会の司法制度改革要求
次に、国民の立場から刑事司法制度改革を求める国民救援会の司法制度改革要求を紹介します。
○「国民に開かれた司法制度へ―日本国民救援会からの提言案」（２０００年２月５日 国民救援会中央常任委員会司法制度改革問題委員会）
「裁判官の判決や事実認定は市民の常識からかけはなれたものがみられる。裁判官といえども神ではない。法律知識はあっても１人の人間の視点から事件をみるにすぎない。まして、国民と交わる機会もなく、また国民の目を通してみた事実認定を聞く機会もなければ、それは常識との著しい乖離を起こす。裁判は、予断と偏見を取り除いて証拠関係を正当に評価し、より精密な事実認定にいたることが求められている。さまざまな分野で社会経験を積んだ人々の多角的視点で意見をたたかわせてこそより正しい認定に到達するのも必然的な帰着であろう。そのため法律実務には素人である市民の目がどうしても必要である。」
※国民救援会が展開してきた永年の大衆的裁判闘争の経験から実証してきたこと
- 「事実認定」においては、具体的な生活実態に裏打ちされた「市民の健全な常識」の眼が、職業裁判官よりはむしろ優れていること
- 国民による裁判の監視・批判は、最高裁による官僚的統制を受けない故に正義を貫くことができること
- 国民の良心を広く組織して裁判官の良心発露を促す力になること
○「現在の司法改革論議に警告する―刑事司法を中心とした日本国民救援会の意見と提言」（２００３年７月 国民救援会）
「国民が司法へ参加する制度の新たな導入にむけた改革を民主的に遂行するためには、日本国憲法と国際人権諸規定に照らして、これまでの司法の誤りを歴史的に検証したうえで、具体的には、次の点を基本とするべきです。
- 裁判の当事者たる国民（個人）の人権保障を貫いて、充実した審理を行うことにより、裁判所が名実ともに「人権の砦」となるものであること。
- 訴訟手続そのものに直接国民が参加する制度の導入は、国民参加の実質をともなう、合理的で実効性が確保されるものであること。
- 法廷外にある国民の司法参加（裁判の公開＝傍聴・裁判資料公開など、請願・要請・裁判批判運動）を厚く保障し、絶えずその機会の拡充をはかるものであること。」
○「日本国民救援会の司法制度改革根本要求」（２００３年７月 第４５回中央委員会で決定）＝別表
３ 捜査全過程の可視化・記録化（録画・録音）
（１）可視化の意義
冤罪を生むもっとも重大な原因は、密室でとられるウソの自白です。これを防ぐために、取調べの録音・録画によって可視化することが必要です。可視化によって、取調べ内容の検証（供述調書の任意性が争われた場合、取調べの様子の事後検証）が容易にできます。
また、被害者や目撃者の調べや、鑑定など、捜査全体について、のちに検証できるような保障・可視化が必要です。
（２）可視化は世界の大勢（別表）■
（３）国連からも勧告
国連規約人権委員会の総括所見（２００８年１０月３１日）
「委員会は、警察の内部規範で定められている被疑者取調べの時間制限が不十分であること、真実を明らかにするよう被疑者を説得するという取調べの機能を阻害するとの理由で取調べにおける弁護人の立会いが認められていないこと、及び、取調べの電子的な監視の手法が散発的及び選択的に行われ、しばしば被疑者の自白を記録することに限定されていることを懸念をもって留意する。また、委員会は、主に自白に基づく有罪率が極めて高いことに懸念を再度表明する。この懸念は、このような有罪判決の中に死刑が含まれることで更に強くなる。
締約国（日本）は、虚偽の自白を防止し、規約第１４条に定められている被疑者の権利を確保するため、取調べの厳格な時間制限や法律を遵守しない行為への制裁につき規定する立法措置を取るとともに、取調べの全過程について体系的に録音・録画し、さらに全ての被疑者に、弁護人が取調べに立ち会う権利を保障すべきである。また、締約国は、犯罪捜査における警察の役割は、真実を発見することより、公判のための証拠を収集することであることを認識し、被疑者の黙秘が有罪であることを示すものではないことを確認し、警察の取調べにおいてなされた自白よりも現代的な科学的証拠に依拠するよう、裁判所に働きかけるべきである。」
（４）警察・検察の一部可視化の問題点
相次ぐ冤罪事件の発生によって国民の批判を受け、検察は取調べの一部可視化を試行し、警察も検討をしています。しかし、いずれも取調べの全過程の可視化には抵抗しています。
検察などがすすめている、自白部分のみ録画・録音するなどの一部可視化では、冤罪をさらに生み出すことになります。
４ 検察手持ちの全証拠の事前開示
（１）検察の証拠開示（手持ち証拠を弁護人に明らかにすること）の実情
検察官は、公判において、手持ちの証拠の全体像を明らかにしないばかりか、被告人に有利な証拠・無罪証拠を隠し、具体的に特定した要請を受けてもしばしばその開示を拒み、ときには積極的な隠匿までにも及んでいます。
（２）全証拠の事前開示の意義
検察の所持する証拠とは、ほんらい、公務として、事件の真実を明らかにして冤罪・誤判をつくらない裁判を行うために収集したものであり、主権者国民の共有財産です。
それ故、公判手続においては、被告人にとって有利・不利を問わず、また、歪められたり、改ざんされたりすることなく、ありのままの姿ですべてが提出されなければなりません（この原理は、警察段階で収集して検察に送付しなかった証拠についても貫徹されなければならないことは当然です）。
このようにして、初めて「被告人の基本的人権を適正・厳格にまもって事案の真相を明らかにし、誤判は絶対に防ぐ」という近代刑事裁判の目的が果たされるのであり、捜査機関による全面証拠開示問題は、刑事裁判の本質を規定するものです。
（３）国連からの勧告
国連自由権規約委員会の勧告（１９９８年１１月１９日）
「委員会は、刑事法の下で、検察には、公判において提出する予定であるものを除き捜査の過程で収集した証拠を開示する義務はなく、弁護側には手続の如何なる段階においても資料の開示を求める一般的な権利を有しないことに懸念を有する。委員会は、規約第１４条３に規定された保障に従い、締約国が、防禦権を阻害しないために弁護側がすべての関係資料にアクセスすることができるよう、その法律と実務を確保することを勧告する。」
（４）刑訴法の改定
刑事訴訟法の改定によって、次のように証拠開示が規定されました。
�仝〇ヾ韻�らの「証明予定事実」の提示、請求証拠等の開示
�⇔犒�証拠開示請求書
類型証拠開示請求とは、改定刑訴法の目玉の一つで、検察官が「証明予定事実」を証明するために証拠調請求をし、その証拠が開示された後で、その証拠とは別に、「特定の検察官請求証拠の証明力を判断するのに重要であると認められる」場合に、被告人または弁護人の請求によって、検察官が「当該開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度」を考慮して「相当と認めるとき」に、検察官によって開示されます。
��主張関連証拠開示請求
被告人側の主張明示の主張に関連すると認められるものについて、主張明示後における、証拠開示請求権（請求の要件は、関連性・相当性・開示請求）
検察官は、証拠開示請求に対し開示しない場合には、「開示しない理由」を告げることが義務づけられたのみです。他方、被告人側はみずからの主張を明示（手の内をみせる）しなければ、この請求はできません。
�ず枋蠕禅瓩蛤枷十蠅砲茲觝枋�
裁判所がその裁定にむけた判断のために必要と判断した場合、証拠または証拠の標目を記載した一覧表の提出を命ずることができます。この事前判断のために提出させた証拠や証拠の標目一覧は、裁判官以外は見ることはできません。
法務省は、法律の改定によって、証拠開示の対象が広がったとしています。しかし、全面開示にはほど遠く、現実にはその範囲は限定的なものです。
名張事件第10次再審（最高裁）署名用紙
