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松橋事件

松橋(まつばせ)事件  

事件の概要  

 1985年1月8日、熊本県松橋町(現・宇城市)で、男性が自宅で、首などを刃物のようなもので刺された姿で発見されました。推定死亡時期は1月4日から6日の間とされ、警察は5日の夜、被害者の自宅で飲食を共にした知人らのうち、この時、被害者と口論した宮田浩喜さん(当時51歳)に当たりをつけました。
 宮田さんの自宅周辺は警察官が常に監視し、8日から20日までの13日間中9日間、宮田さんが断った日も自宅に押しかけ、長時間の厳しい「任意」取調べがおこなわれました。宮田さんは持病の腰痛もあり、「否認のまま逮捕してくれ」と懇願するまで追い詰められ、20日に「自白」し、同日逮捕。その後、多数の「自白」調書が作られ、2月10日に起訴。熊本地裁はこの「自白」をもとに、86年12月22日に懲役13年の有罪判決を言い渡し、88年6月に福岡高裁が控訴棄却、90年1月に最高裁が上告を棄却し、有罪が確定しました。

検察が証拠隠し
 確定判決が認めた「自白」に基づく宮田さんの行動は左の図の通りです。宮田さんと犯人とを直接結びつける証拠は「自白」のみで、物的証拠もなく、目撃者など第三者の供述もありません。「凶器」とされている切出し小刀も、被害者の血痕等は全く検出されませんでした。警察は、この矛盾を解消するため、切出し小刀の柄の部分に血が染み込まないようにボロ切れを巻きつけ、犯行後にボロ切れは焼却し、切出し小刀は研いだと、宮田さんの「自白」を変遷させました。
 2012年3月、弁護団から再審請求がされるにあたって、衝撃的な事実が明らかになりました。
 まず、「凶器に巻きつけていたボロ切れ」です。焼却したとされたこのボロ切れは、宮田さんの自宅から任意提出され、熊本地検が証拠物として保管していました。ボロ切れはシャツを5片に分けたうちの1片で、当然警察は重要な証拠として、どのシャツから切り取ったのかを宮田さんに特定させていました。このボロ切れの存在が明らかになった以上、焼却したという「自白」がウソであることは明白で、かつ、それを知りながら検察が証拠を隠していたことが裏付けられたことになります。もちろん、このボロ切れには被害者の血痕もついていなければ、焼却したような跡もありません。
 また、弁護団は被害者に凶器とされた切出し小刀では創傷できない傷が存在するという法医学鑑定書を新証拠として提出しました。

警察が犯人に仕立て
 さらに、確定判決は、宮田さんが被害者を尾行中に近所のA宅に電気が点いていたという「自白」を「秘密の暴露」にあたるとしていますが、弁護団が再度、住民に聞き取りをおこなったところ、宮田さんがそのことを供述した1月25日より以前に、住民が警察官に電気が点いていたことを話していたことが明らかになりました。つまり、警察は聞き込み捜査によって既に知っていたことをあたかも「秘密の暴露」であるかのように偽装して、宮田さんを犯人に仕立て上げたのです。
 この他にも、現場に残された血痕や足跡など重要な捜査資料が裁判では開示されていません。弁護団は、宮田さんの無実を示す証拠が隠されているとして、検察に全ての証拠を開示するように強く求めています。
 2016年6月30日、熊本地裁は、「自白」は信用できないとして、再審開始を決定しました。2017年11月29日、福岡高裁は再審を支持し、検察の即時抗告を棄却。しかし、不当にも検察が特別抗告し、現在、最高裁で審理中。

〈要請先〉〒810−0043 福岡市中央区城内1−1福岡高裁 山口雅治裁判長

  • 激励先
     〒862−0954 熊本市中央区神水1−30−7 コモン神水 国民救援会熊本県本部気付

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