日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、弾圧事件・冤罪事件・国や企業の不正に立ち向かう人々を支える人権団体

処遇要請

刑事施設及び被収容者等の処遇に関する法律の
抜本的な見直しを求める意見書
         

江田 五月  法務大臣殿

2011年7月11日
                      日本国民救援会
                       再審・えん罪事件全国連絡会

はじめに
日本国民救援会と再審・えん罪事件全国連絡会は、冤罪事件の救援運動を通じて刑事施設における被収容者の処遇について、日本国憲法や国際人権規約にもとづき、被収容者に対する人権保障と人間としての誇りを尊重するように永年にわたって法務省をはじめ各刑事施設に対して要請を重ねてきました。もちろん、監獄法の100年ぶりの全面改正となった「刑事収用施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(以下、刑事被収容者処遇法もしくは新法と表記する)の成立過程においても、「意見書」等を提出し、日本の遅れた被収容者の処遇を、憲法や国際水準に合致した人道的処遇へ抜本的に改正するよう強く求めてきました。
刑事被収容者処遇法は、その附則第41条において施行後5年以内に、法律の施行状況について検討を加え、その結果に基づいて改正などの処置を講ずるとする見直し規定が設けられています。これにより本年5月には、施行後5年間の施行状況を検証し、法律の見直しのための検討が求められていたにもかかわらず、法務省は、国会への何らの検証資料提出・議論の提起もなさないままに、刑事被収容者処遇法の省令及び訓令・通達の改正等、表面的・実務的な処置に止めようとしています。
しかし、我が国の刑事施設の被収容者等の処遇の現状は、人権の尊重のみならず人道的な面からも大きく立ち遅れており、とりわけ、被収容者や家族、支援者から苦情の多い、外部交通権、医療問題、非人間的な処遇が行われている死刑囚の処遇等には重大な問題があります。そこで、私たちは、これらの問題を中心に具体的な事例を提示して、刑事被収容者処遇法の抜本的な改正を求めるものです。

1 総論
私たちは、被収容者に対する処遇について、「人権保障と人間としての誇りを尊重する」ことを原理として、「刑事施設の長」に与えられている広範な裁量権限と、これとあいまった多数の訓令・通達による行政運用に対する根本的是正をはじめ、刑事被収容者処遇法が掲げた「その者の資質及び環境に応じ、その自覚に訴え、改善更生の意欲の喚起及び社会生活に適応する能力の育成を図ることを旨として行う」との処遇の原則(第14条)を、具体的かつ実効的に推進する枠組みと保障をいっそう明確にするよう求めてきました。
刑事被収容者処遇法の指針とされた「行刑改革会議提言〜国民に理解され、支えられる刑務所」では、
「受刑者が真の意味での改善更生を遂げ、社会に復帰するためには、その処遇において受刑者の人間性が十分に尊重されることが不可欠であり、いやしくも行刑施設内において、受刑者の人権がないがしろにされることがあってはならない。
このような観点から、この提言においては、受刑者の権利義務及び職員の権限を法律上明確にすることを求めるとともに、行刑施設内の保安維持に重きを置く余り、受刑者の人間性を軽視した処遇が行われていないかという観点から規律等の在り方について広く見直しを求め、受刑者に対する救済を適切かつ迅速にはかるための制度を整備すること、受刑者の人権救済を適切に図るための制度を整備すること、受刑者に対する医療体制を整備し、充実すること、職員の人権意識の改革のための処置を採ることなどを求める。
さらに、この提言においては、受刑者に対する処遇効果を上げるための分類制度を設けるとともに、刑務作業のあり方について見直し、改善更生等に資するよう外部交通権を拡大することなどを求める。」
と、提言されました。
この提言を受けて、刑事被収容者処遇法においては、従来の累進処遇制を廃止し、現場での刑務官による多角的評価で受刑者等の優遇処置をするという制度を採用し(同法88条)、また、食事、運動、作業、接見、通信等の詳細な実施については、その刑務所の特質を反映させる趣旨で、当該刑務所長の裁量権を拡大しました。これには、従来の上からの規則、通達、指示、命令等による規律優先の処遇に変わって、現場の「人道的配慮」にもとづく人間的ふれあいの中での処遇であるためには、現場での裁量権の範囲を広める必要があるという理由付けがされました。
しかし、「現場」では「受刑者の人権」よりも「刑事施設の規律及び秩序の維持」が最優先とされ、当時私たちが危惧し、指摘したように刑務所長の裁量権が濫用されて、「行刑改革会議提言」の理念とは逆に、不当に受刑者等の権利が侵害されているのが実態です。受刑者等から見れば、生殺与奪の権限を刑務官に握られており、不満があっても懲罰を恐れて、従順にならざるを得ないという実情もまた広く存在しています。
これでは、「行刑改革会議提言」が主張したような「(受刑者が)人間としての誇りや自信を取り戻し、自発的、自律的に改善更生及び社会復帰の意欲を持つことが大切であり、受刑者の処遇も、この誇りや自信、意欲を導き出すことを十分に意識したものでなければならない」という、監獄法改正の基本理念からかけ離れたものになっているのではないでしょうか。

2 外部交通権の実態と法改正の必要性
⑴ 面会について
新法の前進面として、「行刑改革会議提言」を受けて、監獄法においては受刑者の面会及び信書の発受を恩恵的かつ制限的にのみ認められていたものから、外部交通を通じて、健全な社会との良好の関係を維持することは、受刑者の更生や円滑な社会復帰にも役立つとともに、受刑者であっても訴訟の遂行等法律上の重大な利害に関わる用務を処理するためにも外部交通は重要な手段として尊重されるべきとされました。
具体的には、これまで原則として親族しか面会できなかったが、親族外にも拡大され、交友関係の維持等のため必要であり、矯正処遇の実施に支障が生ずるおそれがないときは面会を許すことがされることになりました。(新法111条2項)。これによって確かに、当初は従前に比べて外部交通権が広く認められるようになったのですが、その後、刑務所長の裁量権によって厳しく面会が制限されている横浜刑務所の事例等も報告されています。
 〔眠颪厳しく制限されている横浜刑務所の実態
    横浜刑務所のゴビンダ・プラサド・マイナリさん(ネパール人無期懲役囚、再審請求中)の場合、新法施行後、最初の1〜2年は、支援者の面会を広く許可されていました。しかしその後、「面識のある者」という条件が付けられ、さらに、「面会目的がはっきりしていること」という条件が加わりました。
    2008年の秋、刑務所当局は「面会人数を1〜2名にしぼるように」と言いだしました。新法の趣旨に反するとして、当局と話し合いましたが、理解を得ることができず、2009年から新法の第111条2項に基づく面会人は、「無実のゴビンダさんを支える会」の代表者1名しか許可されなくなりました。他に面会が可能なのは、身元引受人として登録されている者1名であり、新法施行後2年程度は問題なく面会が許可され、かつ面会によって何らの支障も生じていない10年来の支援者多数が一切面会不許可とされています。
【ゴビンダ受刑者の面会状況の推移】
2005年5月〜2006年4月:家族・身元引受人面会のみ(月1回)
2006年5月24日:    新法により友人も面会可能(月2回)
2006年10月〜 :    ゴビンダさん3類に昇進(月3回)
2006年10月〜2008年3月:3類(月3回)
2008年4月〜9月:    3類から4類に降格(月2回)
*「友人」の範囲について、「面識ある人」、「面会の目的」など規制強化。
これまでは、未決時代から面会実績のあった支援者だけでなく、初対面の支援者も面会を許可されていた。
2008年10月〜 :    3類に復帰(月3回)
2008年11月〜 :    面会制限強化(身元引受人の他、第111条2項に基づく面会は支援者1名を当局側が一方的に指名。他の支援者の面会を一律不許可に) → 以来、今日に至る。
◆_I遊彩浬蠅面会人を制限する理由その問題点
ア 面会人が多すぎると、他の受刑者と不公平になる。
そもそも面会回数が制限されている(たとえば3類者は月3回など)のだから、それによって公平性は保たれており、その範囲内で訪れた人数によって公平性が担保できなくなるというのは理由にはなりません。
イ 「交友関係の維持」とは、社会にいたときからの交友関係(たとえば、学校の恩師、職場の上司など)であるから、逮捕・勾留後の支援者のような関係は、これに該当しない。
上記のような解釈をとるなら、日本に家族・親族・友人・知人のいない外国人受刑者の場合、事実上、外部の者との接触ができなくなる。外国人の場合、言葉の問題や文化的背景の違いから、日本人受刑者以上に大きなストレスを感じており、外の世界とのつながりを維持することが精神的に大きな支えになり、平穏な受刑生活を送ることで、施設の安全・秩序の維持にも資すると考えられます。個々の受刑者の「矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれ」がないかぎり、原則として面会を認めるべきです。
また、社会にいたときの交友関係が逆に犯罪性行を生んでいる場合(暴力団関係者、詐欺グループなど)もあり、むしろ身柄拘束後に知り合ったボランティアなどの支援者の支えによって更生の意志を培っている者も少なくありません。こうした実態を無視して一律に外部交通権を奪うことは、受刑者の更生や社会復帰に資するものではありません。
ウ 面会によってしか果たせない目的がなければ、面会を許可しない。「安否の確認」だけでは面会の必要を認めない。また、手紙で伝えられる用件は、手紙で済ませろという。
しかし、何よりも重要なのは「安否の確認」ではないでしょうか。また、手紙では本当のところが伝わりにくく、逆に直接顔を合わせれば、それだけで確認できるのが、安否情報です。これによって互いに精神的平穏を得ることができるのを、面会にわざわざ遠方から訪れている者を追い返してまで面会させないことは、正当な理由なく受刑者と訪問者の双方に対して非人道的な扱いを行っていることであり、とうてい正当性は認められません。とくに外国人の場合、手紙では伝わらないこともたくさんあります。外部の友人知人と顔を合わせて対話することは、受刑者が健全な人間性を保つために不可欠です。
 面会の拡大と法改正の必要性
上記のとおり、刑務所長の裁量権により外部交通権が不当に制限されるのは、新法111条の1項で、家族の面会については、「許すものとする」という規定に対して、2項の親族外の面会については、「許すことができる」とされているからであり、これを根拠に多くの場合において友人・知人・支援者の面会が不許可になっています。
受刑者にとって家族の面会同様、友人・知人をはじめ支援者と面会することは心情の安定に資し、社会復帰に有意義です。くわえて、冤罪を訴えて係属中の裁判をたたかい、あるいは再審を準備している受刑者にとっては、その防御活動・審理準備にかかせない基本的権利です。
したがって、新法の理念や憲法・国際人権規約にもとづいて、刑務所長の裁量権に委ねることなく親族外の面会についても法律で認めるように法改正が必要です。
⑵ 通信について
   監獄法では、面会と同様に通信の発受についても、原則として親族に限られていましたが、新法では、受刑者が信書を発受することにより、「刑事施設の規律及び秩序の維持を害し、又は、受刑者の矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがある者」等、禁止事由に該当しない場合は「許すものとする」ことになりました。新法では通信の発受の相手方について広く認めたのです。この点では、確かに監獄法に比べて通信の発受は拡大したと言え、歓迎すべきことでした。しかし、実際には多くの刑務所で事前に名簿登録の提出を義務づけて事実上の制約を課しているのです。これも法に基づかない従来の処遇の復活です。
   また、信書の検査については、必要がある場合に検査が行われることとされましたが(同法127条)、従来通りに厳しい検閲がされています。したがって裁量権を限定する法改正を行うべきです。
⑶ 面会、通信の最低保障の拡大など
   新法によって、面会、通信について、累進処遇法令の最低基準であった月各1回より、面会が月2回、通信が月4回へと最低保障が拡大されました(114条2項、130条2項)。しかし、これまで認められてきた特別面会、特別発信の制度がなくなったため、弁護士面会、弁護士発信などの回数が制約されるような問題も新たに生まれています。かつての特別面会、特別発信は最低条件の回数に含まれないように法律で明記すべきです。
   なお、面会については原則として刑務官の立ち会いと信書の検査もなくすように法改正を行うべきです。また、新法によって導入された電話での外部交通権についてはその実質化が求められています。

3 医療問題について
⑴  深刻な医療問題
   新法56条では、「社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の処置を講ずるものとする」と規定しています。
   ところが、被収容者からもっとも苦情が多いのが外部交通権とともに適切な医療行為が受けられない問題です。医療問題は、受刑者当人はもちろんのこと、残された家族にとっても、健康な身体で社会復帰できるのかという大事な問題であり、場合によっては生命の問題にも直結しています。
そもそも、「行刑改革会議提言」で強調されているように、被収容者の健康の保持とその疾病の治療は、拘禁を行う国の責務です。「被収容者に対しては、国は、基本的に、一般社会の医療水準と同程度の医療を提供する義務を負い、そのために必要な医師、看護師その他の医療スタッフを各施設に配置し、適切な医療機器を整備し、被収容者が医師による診療を望んだ場合には、合理的な時間内にこれを提供する責任を負うと考えるべきである」と、提言しています。
しかし、被収容者にとっては、医者の診察の前に刑務官の恣意的な判断で適切な医療が受けられずにいるのが実情です。また、家族に対しても診断や治療に関する情報が開示されず、外部から適切な医療・治療が行われているのか全くチェックできない極めて深刻な事態にあります。
   この点では、無実を叫びつつ獄中から再審をたたかいながらも、今年3月に亡くなった日野町事件の阪原弘さんと、静岡刑務所に収監中の痴漢えん罪西武池袋線小林事件の小林卓之さんなどの事例を報告し、一刻も早い医療問題の抜本的解決のための法改正を強く求めます。
 日野町事件の阪原弘さんのケース
    大阪高裁で再審請求の即時抗告審をたたかっていた日野町事件の阪原弘さん(75)は、2011年3月18日、広島市内の吉島病院において、心不全のため死去されました。
    阪原弘さんは、1984年12月28日、滋賀県蒲生郡日野町豊田で発生した強盗殺人事件(=日野町事件)で、2000年10月15日、無期懲役刑が確定しました。
ところで、阪原弘さんは1988年3月12日に起訴された後、滋賀刑務所に勾留され、大津地裁で公判が続けられている最中の1993年8月に胃癌が発見され、滋賀病院で胃を全摘する外科手術を受けました。その治療期間中(その期間は不明)は、刑務官が監視する状態でしたが、家族が病室に入り看護にあたることもできました。
大津地裁での有罪判決後、阪原弘さんは大阪高裁での控訴審、最高裁への上告中は、大阪拘置所に勾留されていました。
ところが、最高裁への上告中に阪原弘さんが、慢性気管支肺炎に罹り、加えて特発性間質性肺炎を発症したため、2000年5月30日、大阪拘置所からの申し出により、大阪高検、最高検を経て、最高裁が、病気治療のため、勾留の執行停止決定を行いました。それによって、阪原弘さんは大阪市内の明生病院に入院し治療が続けられました。その治療期間中の2000年9月27日、最高裁第三小法廷が上告棄却の決定を行ったことによって、阪原弘さんの有罪が確定しました。
しかし、阪原弘さんは、直ちに服役に耐えられる健康状態でなく、最高裁の判決が確定して以後、約4ヶ月間にわたって明生病院での入院・加療が続けられました。そして、2001年1月29日、阪原弘さんは大阪拘置所に収監され、その翌日に大阪医療刑務所に移され、その後、岡山刑務所、尾道刑務支所、そして、広島刑務所へと服役する刑務所の変更がありました。しかし、その移動理由は刑務所当局から開示されることはありませんでした。
阪原弘さんと家族の訴えにより、1999年1月30日、国民救援会が阪原弘さんの裁判闘争の支援を決定し、「滋賀・阪原弘さんを守る会」も結成されて、支援活動が始まりました。運動体としては、体調の優れない阪原弘さんの健康問題を当初から重視し、それぞれの拘置所、刑務所当局に対して、文書や口頭で、「阪原弘さんの健康保持に万全を期し、適切な治療を行い、場合によれば外部の医療機関での検査・診療を行うよう」再三にわたって、強く要求してきました。
    また、弁護団は阪原弘さんとの面会によって得た情報や、弁護士会照会によって刑務所から入手した資料に基づき、阪原弘さんの病状を逐次確認しつつ、刑務所当局に対して、その治療内容の開示、適切な治療を求める申し入れをたびたび行って来ました。
そうしたなか、2010年の春頃から、以前にも増して体調の優れない状態が続き、弁護人、家族が広島刑務所当局に対し、体調の徹底管理と必要な検査や治療、場合によれば外部の病院への転院を含めて検討するよう強く求めてきました。
しかし、広島刑務所は、阪原弘さんの体力が極端に低下し、危機的状態に立ち至っていることを認識しながら、適切な治療行為を行わず、2010年12月2日、面会に訪れた家族に「危険な状態にある」ことを告げながらも、なおも外部の病院に移しての適切な治療を行おうとせず、12月6日、遂に意識不明の状態となりました。この日、刑務所に赴いた弁護人の強い要求によって、やっと、外部の病院に移しました。
    しかし、時すでに遅く、阪原弘さんの体力は極度に衰弱し、重い肺炎に罹り、治療もままならない状態となっていました。その後、病院関係者、家族の必死の治療、看護によって、100日余りも、一進一退を繰り返した後、2011年3月18日、遂に帰らぬ人となりました。もっと早く、阪原弘さんを外部の病院へ移し、適切な検査と治療が行われていたならば、阪原弘さんをこれほど早く死に至らしめなかったのではないかと、悔やまれてなりません。
    以上のように、阪原弘さんの家族、弁護人、支援団体は、阪原弘さんが危篤状態になるまで、健康問題を放置していた訳ではありません。まさに、刑が確定する以前から、一貫して阪原弘さんの健康状態を刑務所当局に説明し、適切な健康管理と必要な検査・治療を行うよう、強く求め続けて来ました。にもかかわらず、刑務所当局は、私たちの申し入れに、真剣に向き合おうとせず、危篤状態となり、死の直前に至るまで放置し、最後には、やっかい者を外に放り出すようなやり方で所外の病院に移しました。
こうした経過をみるならば、阪原弘さんを死に至らしめた刑務所当局は、その責任を免れるものではありません。私たちは、強く抗議するとともに、阪原弘さんの死を無駄にすることなく、こうした不当な刑務行政のあり方を根本的に改め、受刑者といえども、一般社会における医療水準の治療が受けられる人間としての権利を保障するよう強く求めるものです。

痴漢えん罪西武池袋線小林事件の小林卓之さんのケース
2005年3月、痴漢の犯人に間違われて、冤罪を訴えてきた小林卓之さんは2010年7月25日、懲役1年10月の実刑有罪が確定し、現在静岡刑務所に収監され、再審をもとめてたたかっています。
小林さんは、事件「発生」時に既に全身性強皮症という難病に罹患し、かつ、裁判係属中における脳梗塞の既往歴もあり、収監後に深刻な病状悪化がすすみました。
「強皮症」は、難病(特定疾患)として指定されている疾病ですが、他の特定疾患に比べても症例数が少なく、総合病院と称する医療機関であっても専門医でなければ、診断・治療することができません。小林さんの治療には「強皮症」の症例経験を積んだ専門医による定期的な診察と投薬治療が不可欠です。現在、小林さん及び家族、弁護団、国民救援会などの度重なる要請の結果、投薬実施など一部改善も見られますが適切な医療を受けられていない深刻な状況が続いています。
小林さん及び家族と弁護団は、静岡刑務所の医務課長が内科医(腎臓専門)であるため、外部の「強皮症」専門医による継続的な診察治療を求めていました。ところが小林さんが、2010年12月3日に診察を受けた医師の専門は腎臓内科であり、「強皮症」については全くの専門外であって、適切な治療が期待できるものではありませんでした。さらに小林さんが同年12月28日に診察を受けた医師も、聴診器をあてた程度で診察を終え、「強皮症」の専門医であれば当然にわかるはずの、小林さんの病状において特に顕著であるレイノー現象やシェーグレンの症状等に一切関心を払わなかったのであり、小林さんの病状を十分に理解して治療にあたっているとは言えないものでした。同医師による「強皮症」への適切な診療も期待できるものではありませんでした。
現在、小林さんと家族が要望している収容前の担当医師による診療は実現していません。新法では第63条で指名医による治療が新設されたにもかかわらず、訓令や規則による厳しい要件や刑務所長の裁量に委ねられているため、その制度がほとんどが機能していないのが現状です。

⑵ 一刻の憂慮も許されない医療に関する法改正
このように、新法56条で「社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の処置を講ずるものとする」と規定していても、日本の刑事施設の深刻な医療問題は何ら解決できていません。それは、新法の規定では単に抽象的な理念にとどまり、それを実現する手だての体制を保障する規定が存在していないからです。
根本的には、日本弁護士連合会などが提言しているように、保安と医療を分離してイギリスなどで実施されているように刑務所の医療分野を厚生労働省に移管し、社会一般と同じく医療法に基づく運営と適切な医療を被収容者の人権として保障すべきです。そして、受刑者にも国民健康保険を適用するように抜本的な法改正が必要です。
   そして、当面は外部医療機関の活用とセカンドオピニオン制度の導入、刑務所内での医療行為の情報公開、新法では第63条で指名医制度の充実をはかることが求められています。

4 死刑囚の処遇の抜本改正を
死刑確定者、名張毒ぶどう酒事件・奥西勝氏などの拘置所における処遇は、これまで1963年(昭和38年)の矯正局長通達による「心情の安定」を根拠として、収容施設側による管理強化・矯正・権利制約の必要性を理由に、さまざまな人権無視の制限が続けられてきました。こうした処遇は、国内にとどまらず国際的にも厳しい批判にさらされ、自由権規約委員会や拷問等禁止委員会において度重なる改善勧告が日本政府にされてきました。
新法32条では、「心情の安定を得られるようにすることに留意するものとする」という規定がおかれましたが、これによって「昭和38年矯正局長通達」が廃止され、従来の考え方が改められるはずでした。新法の国会審議のなかで当時の小林義信・法務省矯正局長は、「『心情の安定』は、こちらが(施設側)主体的に(死刑)確定者の思いを援助していく、ということを考えておりまして、これを(処遇の)制限根拠規定にしようという考えはございません」と、答弁しました(平成18年4月14日、衆議委員法務委員会)。
そして、参議院法務委員会は、新法の成立に際して「死刑確定者処遇の原則に定められている『心情の安定』は、死刑に直面する者に対する配慮のための原理であり、これを死刑確定者の権利を制限する原理であると考えてはならない」と附帯決議を採択しました(平成18年6月1日参議委員法務委員会)。
しかし、現実においては、死刑囚は一般の受刑者と違い、「心情の安定」を理由に面会、通信などの外部交通権をはじめとして、その日常生活が厳しく制限されているのが厳然たる実情です。
これは、上記の国会での矯正局長答弁や附帯決議にも反し、「心情の安定」というのは死刑確定者の「内心」の問題であり、「心情の安定」を理由にして死刑確定者の権利を制限することは憲法19条に違反します。さらに冒頭に指摘したように、これまでも再三にわたって国連から改善勧告がなされている確定死刑囚の処遇を速やかに改正するように強く求めるものです。

5 刑事施設視察委員会の権限拡大と充実を
  刑事施設視察委員会は、「行刑改革会議提言」が打ち出した「開かれた刑務所」の目玉として、新法において創設されたものです。これまで閉ざされた日本の刑務所に風穴を開ける一歩とはいえます。
東住吉放火事件で和歌山刑務所に収監中の青木恵子さんは、寒い冬の期間の食事中には「水の代わりに白湯を出してほしい」と、願箋を何度出しても改善されませんでした。しかし、2009年1月31日付で弁護団から和歌山刑務所の視察委員会に対して「湯」の配給を求めて「処遇上の問題に関する報告と依頼」を提出したところ、4度目の冬にして昼食時、部屋での食事時にもポット1本分の白湯が配給されるようになりました。
  しかし、一方では、視察委員会の権限や体制・予算が乏しく、受刑者の不服や意見書の解決に至っていないケースも多々あります。それは、法務省が公表している「各刑事施設視察委員会の意見に対する処置等報告一覧」を見ても明らかです。また、この「一覧」を見ると受刑者の「意見書」提出数は偏在していることがわかります。刑務所によっては、ほとんど「意見書」が提出されていない所もあります。その刑務所の処遇が万全であればよいのですが、実態は意見書の提出の秘密性が確保されておらず、懲罰などを恐れて提出しにくいという状況があります。
例えば、長野刑務所に新法後収監されていた受刑者の体験によれば、
「実際に提案用紙をもらうためには、願箋を書かなければならず誰が提出したのか刑務官は把握している為、目をつけられる恐れがあり、現実は自由な提案が出来るとは言い難い。刑務所内では、刑務官の気持ちひとつで調査・懲罰となることは多々ある。
特に良く使われるのは、「担当抗弁」と言い、少しでも反抗的な言葉をつぶやいた、発したとの理由により調査・懲罰になる。懲罰により懲罰房に入ることよりも、処遇分類が下がることによる処遇条件が後退することを受刑者は恐れる(通信回数、TVの視聴面会回数等々)。当然、雑居では連帯責任となりTVが観ることができなくなる。よってその房の受刑者にいじめられる。負の連鎖が存在します。
また、仮釈放も遅くなる。処遇分類制度は、優良者を引き上げることより、懲罰的に使われていることも問題の一つです。アンケートも実施されるが、無記名であるが担当刑務官が収集するため、無記名が意味を成さない。視察委員会の視察は、事前に受刑者に日時を知らされ注意が促される。」
との実態が告発されています。
刑事施設視察委員会を本当に充実したものにするためには、こうした告発実態を実効的に改善保障する制度的措置が不可欠であるとともに、委員会の権限と予算の拡充による体制を強化する法改正が必要です。さらには、「行刑改革会議提言」で提唱された「視察委員会」とは別に刑務所から独立した「刑事施設不服審査委員会」の実現が必要です。

6 代用監獄制度を廃止する法改正を強く求める
  新法では、私たちが強く反対し、冤罪の温床であり国連からも再三にわたって廃止を勧告されてきた代用監獄制度を残すように法律で明記し、それを存続させました。新法では、「警察留置場」の章を立てて「警察留置場の管理運営」や「警察留置場における受刑者の処遇」という節などが設けられています。また、新法で新設された「刑事施設視察委員会」による「視察」をはじめとする規定等に対して多くの適用除外が盛り込まれてもおり、さらには、新たに留置場における被収容者に対する「防声具」の使用に関する規定まで設けられました。これらは、冤罪の温床であり、国際的な批判を受けている野蛮な恥ずべき施設である代用監獄の恒久化に道をひらくものとして、絶対に看過できない重大な問題といわねばなりません。代用監獄を恒久化する規定(新法第15条など)をいっさい削除し、その早期廃止を強く要求します。

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