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高知白バイ事件

高知白バイ事件  

事件の概要  

 2006年3月3日、スクールバスの運転手・片岡晴彦さんは、「お別れ遠足」の送迎で22人の中学生と3人の教職員をバスに乗せて走行していました。遠足の帰り、飲食店駐車場から出てきたバスが、右折をしようと国道交差点を横断して反対車線手前で停車していたとき、右側から走行してきた白バイが突然衝突、片岡さんはその場で「現行犯逮捕」されました。
 事件から8カ月後、出頭した高知地検で、片岡さんが白バイ隊員を跳ね飛ばしたとする内容の調書が作られ、06年12月に「安全を確認する注意義務を怠った」として業務上過失致死の罪で起訴されました。

無実示す複数の証言

 スクールバスに乗っていた教職員と生徒25人がその現場を見ており、裁判でも証言しました。共通しているのは、「事故が起きたとき、バスは止まっていた」、「バスは急停車していない」ことです。加えて、白バイの後ろにいた車の運転手も白バイが100勸幣紊梁度で走行しているのを見た、と証言しています。
 一方、検察側の証人として、事故当時、現場付近で交通取締りをおこなっていた交通機動隊員が、「バスは時速10劼梁度で動いていた」と証言しています。しかし、その隊員は街路樹によって見えないはずの位置から「白バイが時速60劼覗行しているのが見えた」などと証言しており、きわめて信用性の低いものです。

不可解な「スリップ痕」

 高知地裁、高松高裁、最高裁はバスに乗っていた複数人の証言を否定し、片岡さんに禁固1年4月の不当判決を言い渡しました(08年確定)。判決では白バイは「時速60辧廚如▲丱垢蓮峪速10辧廚覇阿い討い燭版定。バスのタイヤの「スリップ痕」が現場に残されていたことを根拠に挙げています。
 しかし、その根拠とされる「スリップ痕」は片岡さんが運転していたスクールバスのものではありません。事故の翌日、現場を確認しに行った教育長や中学校のある町長らは「スリップ痕はなかった」と裁判で証言しています。加えて高松高裁で証拠採用を求めた日本自動車事故解析研究所の石川和夫所長の解析書では、そもそも「スリップ痕」とされているものにはタイヤの溝が現れていないこと、後輪のスリップ痕が認められないことなどから、少なくとも片岡さんが運転していたバスのスリップ痕ではないと鑑定しています。
 また、仮に判決で認めた時速10劼覗っているバスがブレーキをかけたとしても、1mものスリップ痕が残ることは常識的にも考えられず、これも鑑定で証明されています。さらに片岡さんが運転していたバスは、急ブレーキでタイヤがロックされてスリップするのを防ぐシステムが使われており、それだけでもスリップ痕が残される可能性はきわめて低いといえます。

地元で広がる支援

 片岡さんは出所した後、2010年10月に再審請求をおこないました。新証拠としてバスに乗っていた生徒たちの証言、「スリップ痕」の解析書等を提出しています。片岡さんの同級生や町会議員などの有志が「片岡晴彦さんを支援する会」を結成するなど、運動も広がっています。
 ところが、2013年に裁判長が交代になり、新たに裁判長となった武田義徳裁判長は事実調べを打ち切って10月末までに最終意見書を提出せよとの強引な訴訟指揮を行い、これに対し弁護団は忌避を申し立てました。忌避は棄却されました。
 しかし、2014年12月16日、高知地裁(武田義徳裁判長)は、片岡晴彦さんの再審請求を不当にも棄却。2016年10月18日、高松高裁は、片岡さんの即時抗告を棄却する不当決定。片岡さんは最高裁に特別抗告しました。

守る会の連絡先/署名等  

  • 激励先 〒781―1911 高知県吾川郡仁淀町長者乙2494 片岡晴彦さんを支援する会
  • 署名 file高知白バイ最高裁署名

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