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憲法理念に反する公訴時効の再延長・廃止・遡及適用に反対する

【意見書】

憲法理念に反する公訴時効の再延長・廃止・遡及適用に反対する  

2010年3月16日
日本国民救援会
会 長  鈴 木 亜 英

はじめに
⑴ 法務省は、3月12日、「人を死亡させた罪」に対する刑とその公訴時効の「見直し」について、刑法および刑事訴訟法の該当部を改定する法案を国会へ提出しました。その内容は、ゞ盗殺人罪や殺人罪のように法定刑に死刑があるものは刑の時効(刑の言い渡しを受けた者に対する一定期間経過による執行免除)と公訴時効を廃止し、△修谿奮阿了効期間についてはいずれも延長する※とともに、8訴時効については、法施行前に発生した犯罪で時効が完成していない進行中の事件にも遡及する、というものです。
 

※ 刑の時効については、無期の懲役・禁錮にあたるもの(強姦致死など8罪)について現行20年を30年に、10年以上の懲役・禁錮にあたるものについて現行15年を20年にするというもの。また、公訴時効については、無期の懲役・禁錮にあたるものについて30年、20年の懲役・禁錮にあたるものについて20年、それ以外の懲役・禁錮にあたるものについて10年と、いずれも現行の2倍に延長する内容となっています。

⑵ 今回提出に至った改定法案づくりの作業は、一部犯罪被害者団体などの要望を受けて始められたもので、底流には「国民の意識の変化」を強調する意向があります。そして、今回の「見直し」は、2005年1月1日に施行された、死刑にあたる罪についての公訴時効をそれまでの15年から25年に延長することなどの改定に続くものです。
⑶ 国民救援会は、以下の理由から、憲法の理念に反する刑の時効廃止・延長と公訴時効の再延長、廃止、遡及適用に反対します。本意見書は、法案が、公訴時効の見直しに合わせて刑の時効も見直したものであることにかんがみて、公訴時効の問題について述べて、刑の時効問題にこれを援用するものです。

1 法案は、公訴時効制度の本質的な性格が、被疑者・被告人に対する人権と適正手続き保障という、憲法上の要請にもとづいたものであることを捨て去っている
憲法上の要請にもとづいた、刑事訴訟法に規定する刑事裁判の目的は、被告人に対する無罪の推定原則の下に、検察証拠の弾劾を中心とした事案の真相発見と、冤罪・誤判をつくらないことにあります。そして、このような目的と原則にもとづいて規定されている公訴時効制度は、被疑者・被告人に対する人権と適正手続き保障という憲法上の要請と表裏一体の関係にある刑事政策・運用というのがその本質的性格です。
⑴ 憲法37条は、被告人のための迅速裁判を保障しており、この意味するところは、被告人という不安定な地位から迅速に解放することにあることはいうまでもありません。この問題では、起訴後15年間にわたって審理が中断したことについて、憲法違反を指摘した免訴の判決事例があります(愛知:高田事件1972年12月20日大法廷判決)。これは、公訴提起時と判決による被告人としての不安定な地位の開放までの時期に大きな時の経過がある場合は、被告人の利益に解釈して、その人権を保障したものです。
⑵ 一方、刑事訴訟法に規定する公訴時効の問題は、犯罪が行われ、その犯人が被疑者であるとされる場合に、犯罪実行時と公訴提起時に大きな時の経過がある場合は、被疑者の利益に解釈し、国家の訴追権を消滅させることによって、その人権を保障したものであり、場面を変えて迅速裁判の原理に応えた措置といえます。(公訴時効が完成した後に誤って起訴した場合は、免訴の判決となるのが刑事訴訟法の規定です。)
⑶ いずれも、このような時の経過を経たうえでの裁判は、「さらに審理をすすめても真実の発見ははなはだしく困難で、もはや公正な裁判を期待することはできず、」冤罪・誤判の危険性を増大させるばかりか、「いたずらに被告人らの個人的および社会的不利益を増大させる結果となるばかり」となる(前記大法廷判決)ことが明らかであるからとの考え方にもとづいたものです。
  これは、公訴時効制度の目的が第一義的には冤罪・誤判の防止にあることを確認したものといえます。
⑷ また、このような考え方にもとづけば、犯罪予防のための刑事政策上からも、道理ある整合性が求められることになります。仮に本人が実際に犯罪を行った事実があったとして、その人物がその後自力更生し、永年にわたってまじめな社会生活を送って社会に貢献し、刑事裁判における刑罰の目的の一つとされる本人の再犯防止(特別予防)についても、その可能性など考える余地がない情況になっている場合、ある日突然にこれを立件・起訴して、裁判での審理・判決を経て刑の執行に服させることに、合理的な意義を見出すことはできません。これは、ヴィクトル・ユーゴーの世界的名作『レ・ミゼラブル』の主人公であるジャン・ヴァルジャンの悲劇を想起するまでもなく、今日の人類が到達した人権思想なのです。また、刑罰のもう一つの目的とされる一般予防(社会的な警告による一般国民の同種事件の再犯防止)においても、前記の冤罪・誤判の危険性や特別予防における無意味性と併せて考えると、「社会の記憶」が薄れてしまったような事件で公訴を提起し、有罪判決により刑に服させることにしても効果は期待できません。
こうして、公訴時効期間のいたずらな延長は、犯罪予防という刑事政策上からもその効果が期待できないものです。実際、刑事訴訟手続きにおいても、こうした場合も想定して、検察の訴追裁量、すなわち起訴便宜主義(248条)の制度を規定しており、実務において運用されています。

2 公訴時効制度の延長・廃止は立法裁量を逸脱している
⑴ 公訴時効期間については、2005年に延長してから5年しか経過しておらず、その効果や問題点についての検証もなされていません。そのような現段階で、さらに延長等を行うことは、国民に対する充分な説明根拠も示さないままでのやみくも、いたずらな延長・廃止とならざるを得ません。このような情況のままでの公訴時効期間の延長・廃止は、刑罰の本質や執行実態、犯罪の実情と予防などについての国民的論議を経ないままで、安易に重罰化・厳罰化の風潮を促進するだけのものという批判を免れることはできないというべきです。
  公訴時効期間の延長・廃止は、先の総選挙で国民から明確に拒絶された、小泉・安倍内閣による乱暴きわまりない政策推進(戦争政策、格差と貧困の拡大を確信的に推進し、これと密接に連動させた治安の強化、重罰化・厳罰化。)を引き継ぐものとなり、これでは政権交代の意味がないことにもなってしまいます。
⑵ そもそも、被疑者・被告人に対する憲法上の保障を、「国民の意識の変化」という漠然とした概念の劣位において、いたずらに延長・廃止することによって不利益変更する方策などは許されません。法案づくりの準備において議論されていた「悪人を逃がすな」「犯人の逃げ得を許すな」という理由づけも、推定無罪の大原則を忘れたものといわねばなりません。このようなときこそ「たとえ9人の真犯人を逃すことになっても、1人の無辜を処罰することなかれ」との刑事裁判の原則に関する箴言を思い起こす必要があります。
また、犯罪被害者の救済・支援(社会復帰)問題は、まず政治上の経済的・精神的支援の課題であり、刑事手続きにおいては捜査機関による合理的な情報提供措置の運用・制度を整備する問題であって、刑事裁判の目的や、その目的達成の一つの方法として定められている公訴時効制度とはまったく関係のないものです。
⑶ 公訴時効期間のいたずらな延長は、時の経過で証拠も散逸し、事実の発見・解明にも支障を来すことになり、冤罪・誤判の危険性を増大させます。とくに廃止の場合には、冤罪・弘前大学教授夫人殺人事件のように、時効完成後に真犯人が名乗り出たことにより救済されるという可能性をまったく奪ってしまいます。(時効廃止により、真犯人が名乗り出ないままに死亡した場合を想定しても同じことです。)
⑷ 国家の刑罰権実現という位置づけも、憲法上の被疑者・被告人の人権保障要請と、これにもとづいた刑事裁判の目的を前提とし、基礎としなければならないことは当然です。現在の裁判実務においても、犯罪実行後有罪判決までの時の経過は、量刑を決める場合に、時効満了期間に近づいているほど有利な情状が大きくなるという運用がなされています。これは、時効完成1日前の起訴にもとづく有罪判決における量定では法定刑のフル適用を行い、時効完成後はその1日後であってもゼロ処罰という差が生じるという極端な不合理を解消するための合理的なものです。

3 公訴時効の遡及適用は憲法に違反する
憲法39条は「朔及処罰の禁止、一事不再理」を規定し、また、憲法31条は近代刑罰論における基本原則である「罪刑法定主義」(どのような行為が処罰されるか、その場合どのような刑罰が加えられるかは、行為前の成文法によってだけ定めることができるという原則)を定めています。
⑴ すでに述べてきたとおり、公訴時効は被疑者の利益のためにも存在する制度であり、生命・身体の自由を奪うことについては最大限の人権尊重を必要とする憲法上の理念からは、こうした憲法上の規定が適用されなければなりません。「犯罪そのものに対する遡及ではないから」との理由で、これを合理化する議論がありますが、憲法原理に対する「かじりとり」の類の俗論であり、憲法原理を実質化していく「不断の努力」に背くもので、許されることではありません。
⑵ したがって、公訴時効の朔及適用は、立法裁量によって恣意的に行えるような性質のものではなく、許されないことといわねばなりません。このようなことを許せば、後になって「大事件」が起こり、時効直前になって捜査機関などが大騒ぎしたうえで、これを理由として朔及適用を新たに可能とするような、時の政権による恣意的・ご都合主義の立法が簡単に可能となってしまうからです。

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